住まいの「終点」ではなくなった庭付き一戸建て。最後の憧れは、駅前マンション。
「駅前のマンションならば、3割程度はシニアが購入する」
そう言われ始めたのは、21世紀に入ってからのこと。例えば、駅のすぐ近くでマンションを分譲すると、その駅から徒歩15分以上の一戸建てに住むシニアが大勢買いにくる。歩くのが苦になるほど駅から離れ、それも坂道の多い住宅地などに住んでいて、生活に不便を感じるようになった世代だ。
駅から遠い一戸建てでも、車でアクティブに生活していたときは問題がなかった。しかし、高齢で免許を返上するようになると、不便さが身にしみるようになってくる。
毎日、駅前のスーパーまでバスに乗って買い物に行くのがおっくう。クリニック通いも元気な日にしかできない、と落語のような状況が生まれてしまう。かといって、身近に知り合いがいない都心マンションに移る気もしない。そんなとき、これまでの行動半径内にある駅前マンションが魅力的となり、駅前でマンションが分譲されると、購入を検討するシニアが増えてきたわけだ。
駅前マンション購入検討者の平均年齢が53歳
21世紀に入って18年が経つ現在、駅前マンションを購入するシニアはさらに増えているのではないか。そんなことを感じたのは、昨年暮れに横浜市内の大船駅前で販売を開始したマンションを取材したときだ。
「ブランズタワー大船」というマンションで、最多価格帯が7000万円台。大船駅と直結して、徒歩1分。下層フロアに大型商業施設もある超高層マンションなので、分譲価格は高い。横浜市と鎌倉市の境にある大船で、武蔵小杉並みの価格設定である。
それでも、12月に行われた第1期分譲で113戸が売れてしまい、最高で6倍の抽選になった住戸も出た。
いったい、誰が買うのかと取材したら、購入検討者の8割が神奈川県在住者、そして平均年齢は53歳と高い。つまり、地元のシニアが多く関心を寄せているわけだ。そこから、「湘南モノレールを利用する西鎌倉エリアの一戸建てに住むシニア」の姿が思い浮かんだ。
駅から遠く、不便な一戸建てからの移住
西鎌倉エリアには、平成バブルのとき、都心の住まいを高値で売却した人たちが多く移り住んだ。
あの当時、都心からの移住先として人気が高かったのは埼玉県の浦和方面と神奈川の湘南方面。2つの地区で、ゆったりした広さの注文住宅を建てる、というケースが目立った。都心の狭苦しい生活からの反動で庭付き一戸建てに憧れたが、都内の物件にはとても手が出なかったからだ。
といっても、湘南の場合、鎌倉や逗子は土地の値段が高く、売り物も少なかった。そこで、脚光を浴びたのが西鎌倉エリア。鎌倉市内で藤沢寄りの場所だった。
その西鎌倉エリアは、必ずしも生活便利ではない。大船駅から湘南モノレールに乗り換える必要があり、モノレールの駅から遠い一戸建てが多かったからだ。
しかも坂が多い。商店も少なく、買い物や外食は大船や藤沢まで出かけることになりがち、という場所である。
その西鎌倉在住者が、便利な大船に憧れ、大船でも最も華やかで最先端の場所に建つ「ブランズタワー大船」を検討した……そのような推測が生まれたわけだ。
西鎌倉エリアの一戸建てを中古として売った場合、土地面積50坪程度でも4000万円前後という水準。最多価格帯7000万円台の同マンションに買い替えるにはお金が足りない。が、親からの遺産や貯金があれば、何とか手が届きそう……なのだが、そのような買い替え派は少ない。
一戸建てからの買い替えではなく、「駅前マンションを買い足し」
これまで取材した駅前マンションの場合、「一戸建てを売っての買い替え」より目立つのが、買い足し派だ。
一戸建てを残したまま、預金と退職金でマンションを買い足す。そう聞くと、ムダな買い物をしているように思われがち。ところが、実際に駅前マンションを買うシニアにムダ遣いの意識はなく、むしろ、堅実な資産運用の手段としてマンション購入をとらえている。その背景には、「低金利」と「駅前マンションの資産性の高さ」がある。
現在のような超低金利の時代、現金を定期預金に預けても、利息はゼロに近い。それより、駅前マンションを買ったほうがお金を有効に活用できる。
まず、生活は圧倒的に便利になる。駅直結で商業施設併設なら、道路を渡らずに駅に到達できるし、雨の日も傘を差さずに買い物できる。商業施設内にクリニックや銀行が入っていれば、ホテル暮らしをしているように快適だ。
その駅前マンションは中古になっても値段が下がりにくく、むしろ値上がりしているケースが多い。だから、将来、介護付き高齢者施設に移るときにも有利に処分できるだろう。損はなく、便利に暮らせる分、銀行にお金を寝かしているよりも得が大きいと考えているわけだ。
買い足し派の場合、それまで住んでいた一戸建てを子世帯に住ませることが多い。子育てしている間ならば、庭付き一戸建ては大いに役立つ。そして、夫婦共に車の運転をする若夫婦ならば、駅から離れた一戸建て生活も苦にならない。
そもそも、かつては1億円程度した一戸建てを今4000万円とか3000万円で売るくらいなら、子世帯に活用してもらったほうがよい。そんな発想で、駅前マンションの購入を検討するシニアが増えているわけだ。
昭和の時代、庭付き一戸建ては住宅すごろくの「上がり」、終点と考えられた。しかし、今は終点ではなく、「子育て時期にふさわしい」中間地点の住まいと考えられるようになった。
最後の住まいとして憧れを集めるのは、駅前マンションなのである。