全国旅行支援は幕引きの時期 ~ 現場から聞こえる疲弊の声
・予算が残った県では4月まで延長も
コロナ禍で痛手を受けた旅行業界支援のために、2020年7月にスタートしたのが「Go To トラベル」だった。2020年度と2021年度の補正予算を合わせて、総額1兆3500億円という巨額の支援制度となった。しかし、コロナ禍の拡大によって中止を余儀なくされ、2021年も再開できなかった。
余った一部の予算は、地域観光事業支援(都道府県民割)として都道府県に配分された。さらに、使い残った2020年度補正予算の5600億円分を、都道府県に配分した。これが「全国旅行支援」で、2022年に開始され、年末年始の一時中断を挟んで、2023年1月から順次再開された。
観光需要喚起策としては、コロナ禍の一服感が広がったこともあり、観光客の順調な増加に寄与してきた。しかし、ホテルや旅館などの現場では、混乱も多く、疲弊しているとの意見を耳にする。
・フロントは大混乱
年末の都内のある大型ホテル。チェックインをするフロントには長い列ができていた。親戚の結婚式に上京した50歳代の夫婦は、「とにかく一人一人にかかる時間が長い。約束の時間もあるし、とにかく先にチェックインだけできないのかとイライラした。中には、旅行支援ではないのだから、先にしてほしいと言い出す客もいて、雰囲気は最悪だった」と言う。
都内の別のホテルでは、チェックインと全国旅行支援のクーポン券発券を別のカウンターで行うようにしていたが、宿泊した男性は「混雑時には、両方で長い列ができてしまって、二回並ばされることに起こり出した客もいた」と言う。
いずれにしても、普段のチェックイン手続きに、全国旅行支援の利用のための手続きが加わって、現場の従業員の負担は大きくなった。
・普通にやっても時間がかかるのに
全国旅行支援の利用の場合、フロントでワクチン接種証明と身分証明書の提示が求められる。さらに、全国旅行支援利用の承諾書とクーポンの受け取り証明にも記入が必要だ。自治体独自の補助が上乗せされている場合には、さらに別の書類の記入も必要だ。
「通常のチェックイン手続きに加えて、旅行支援やクーポンの説明をし、お客様に追加の書類の記入をしてもらわなくてはいけない。」北陸地方のあるホテルに勤務する女性は、そう説明する。
さらに、「普通に手続きが進んでも時間が余計にかかるのに、お客様によっては、さらに時間がかかる」とも言う。「ワクチンの接種証明を忘れたとか、中には事前の申し込みができなかったのは、そっちが悪いんだから、ここで旅行支援を受けさせろなどと、無茶を言うお客もいた。悪質クレーマー急増です」とも言う。
・クーポンの利用説明でも一苦労
「クーポンのままでも使えますが、アプリにダウンロードして使う方が、利用できる店舗が多くなりますと説明するのですが、ここからが大変。」首都圏のホテルに勤務する従業員は、そう苦笑いする。「特に高齢者の場合、子や孫からわけのわからないアプリをダウンロードするなと言われているとか、なかには、どうしてこんなややこしいシステムにしているのだと怒り出す人もいます。」
観光客の多くを占める高齢者は、そもそもスマートフォンを持っていても使いこなせているわけではない。アプリをダウンロードして、メールアドレスを登録して、QRコードを読み取って、という手続きが判らず、フロントに長時間滞留することになる。
・販売現場でも
「添乗員さんに、ここに来るまでのバスの中で説明してきてよと頼みました。」そう言うのは中部地方の地場産品の産直所の支配人だ。支払いに全国旅行支援クーポンを使おうとすると、この産直所の場合、アプリに登録しなくてはいけない。ところが、大きな難関があるのだという。
「アプリを使うためには、電話番号とメールを登録する必要がある。しかし、高齢者の多くがメールアドレスを持っていない。売り場のレジで、フリーメールを登録させるところからやらなきゃいけない。その間、販売員が一人の客につきっきりになるし、説明にも時間がかかる。観光バスが二台、同時に着いた時など、滞在予定時間を大幅に超過していた。」
観光客は高齢者が多いのだから、もう少し高齢者が使いやすい方法にすべきだったのではないかと、その支配人は指摘する。そして、全国旅行支援については意義は認めるが、「人員雇用にも限界があり、このやり方で、本格的にインバウンド客が増加した場合、対応が難しくなる」と懸念する。
中部地方のホテルの女性従業員は、「宿泊者に高齢者が多く、こちらの説明を理解できず、中には激高して、カウンターで怒鳴る方もいて、他にも悪質クレームの連続で、アルバイトが辞めてしまって、シフトに支障を生じました」と言う。
国内観光客には高齢者が多いことは判っていたはずなのに、なぜ高齢者が利用できるようにしなかったのか疑問が残るのは確かだ。
・なんでこんなにバラバラなのか
自治体によって、クーポンの利用方法や利用期間が違ったり、独自に支援金額を上乗せしたり、別のクーポンを出したりした。こうした自治体によって異なるために、宿泊客の理解をさらに難しくした。
自治体によって異なっていたのは、予約の受け付けについてもだった。全国旅行支援を利用した60歳代の男性は、「旅行代理店やネットの予約サイトでも、出てくる情報がバラバラ。こちらのサイトでは販売終了していても、別のサイトでは販売が始まっていなかったり。なんでこんなにバラバラなのか」と言う。
ここまでバラバラになったのは、事業の仕組みが変更されたからだ。Go To トラベルは、政府・観光庁が実施した事業だった。一方、全国旅行支援は、国から予算を給付され、都道府県がそれぞれ独自に実施した事業となった。そのために、開始期間、実施方法などが異なった。その上、自治体によっては別途、上乗せの独自予算を計上し、クーポンや割引を行ったことも、混乱に拍車をかけた。役所側の都合によって、せっかくの支援制度が現場の負担増加を生む結果となったのだ。
・従業員確保に深刻な問題を生じさせる
ある有名温泉地の旅館経営者は、「高級旅館の場合、常連客が戻ってきており、旅行支援の利用でフロントでの混乱が続出し、雰囲気が悪くなるのを避けたいと考える従業員や経営者が増えた」と言う。
また、別の地域のホテル経営者は、「Go To トラベルの不正利用問題もうやむやだし、業界を支援する政治家のごり押しではないかという批判も経営者仲間の集まりでも嫌みを言われる。お役所仕事で使い残した資金があるからと、これ以上ばらまくのは、むしろ旅行業界のイメージダウンに繋がるのではないか」とも言う。
さらに、コロナ禍からの復興が進む局面で、旅館やホテルの従業員不足とアルバイトの時給上昇が経営の負担になっている。「ここまでの旅行客増加は感謝するが、フロント業務を混乱させる今のままでは、現場の従業員確保に深刻な問題を生じさせる」と指摘する。
・全国旅行支援は幕引きの時期
全国旅行支援は、コロナ禍からの観光再興には一定の役割を果たした。すでに多くの観光地では、日本人観光客が戻っており、外国人観光客の姿も見られるようになってきた。
全国旅行支援のさらなる延長を主張する観光業関係者もいるが、今回、各地の旅館やホテルの経営者、従業員、観光地の観光産業の関係者と話をすると、多くが国内観光客、インバウンド観光客の復興傾向を実感しており、全国旅行支援の単なる延長ではなく、次の段階に進むべきだと言う意見が多く聞かれた。
コロナ禍からの復興が始まったここからは、各企業の経営努力が試される。役所の都合と政治的な駆け引きで判断するのではなく、現場の状況や意見を取り入れながら、全国旅行支援の幕引きを検討する時期にある。