五輪の食材、食品ロスはないのか?大会組織委員会に聞いた
2021年7月23日開催予定の東京五輪まで、あと50日となった。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、2021年6月2日、国会で「普通は(開催は)ない。このパンデミックで」「そもそも五輪をこういう状況の中で何のためにやるのか。それがないと、一般の人は協力しようと思わない」と発言した(1)。6月3日にも「パンデミックの所でやるのは普通ではない」と語っている。
専門家をはじめとした世論は厳しい。開幕直前のIOCの大規模式典は中止が決まり、閉会式当日予定だった首相主催の五輪懇親会も中止が決定。だが、大会自体はアクセルを踏み続けて突入しようとしている印象だ。
2020年から繰り返される緊急事態宣言(2)により、企業も個人も振り回され続けている。ある食品メーカーの幹部は、2020年の最初の緊急事態宣言により、納品先の企業が休業したため「数千万円が食品ロスになった」と話した。
別の食品メーカーの経営陣も、2021年になってからの繰り返しの緊急事態宣言により「もう数千万円捨てている。せめて一週間前に言ってくれれば対応できるのに、2日前に言われても急過ぎて対応できない」と、政府の対応に苦言を呈する。
東京五輪で食品ロスは発生しないのか?大会組織委員会に聞いた
筆者と一緒に食品ロス削減の活動を続けている一人は、選手村(3)の食堂でボランティアを行うため、2021年5月末、選手村の食堂を視察してきた。すでに数千席ある食堂には複数の食品ブースが設置されており、食材の搬入から調理までの工程も決まっている。だが、ここで見た内容については、決して口外しないようにと指示があったそうだ。
果たして東京五輪で食品ロスは発生しないのだろうか。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(4)に取材を申し込んだところ、「いただいたご質問について、お答えできる内容が限られることから、今回はメールでの回答とさせていただく」ということだった。
Q.大会で必要になる食材はすでに準備しているのでしょうか?
食材は飲食提供を受託している事業者において調達を行っており、準備状況は事業者ごとにいろいろな段階があるものと受け止めています。
Q.もし予定していた選手の一部が来日できないなど、人数が減ってしまう場合、食材はどのように調整して無駄なく使い切るのでしょうか。
事業者の判断の部分ではありますが、発注をキャンセルできるものはキャンセル、既に発注済みのものは他の用途への転用など、無駄にしないための様々な対応を行うことになると考えています。
Q. 万が一、大会が開催できないような事態となった場合、食材はどこへいくのでしょうか。
事業者において無駄にしないための様々な対応を行うことになると考えています。
Q. 食材を無駄にしないためのデッドライン(締め切り)は何月何日でしょう。いつまでに開催・一部開催・中止などが決まれば、食材を捨てないで済みますか?それとも、たとえ当日に中止になっても、食材を冷凍するなどで対応できるのでしょうか。
事業者ごと、食材ごとに期日はまちまちだと考えています。また、例えば冷凍品であれば、賞味期限は長期にわたりますので、他の用途への転用は比較的しやすいなど、食材の特性などによっても対応は異なるものと考えています。
Q. 大会中に余った調理済み食事はどのようになりますでしょうか。スタッフや選手など、関係者による持ち帰りは可能ですか。
できるだけ食品ロスが出ないよう、各メニューの喫食量を踏まえた調理などを行うこととしています。なお、衛生上の観点から、喫食場所からの持ち帰りは推奨できません。
Q. 選手村のビュフェでとりすぎて余らせないようにするためのナッジ(5)の手法を用いたPOPなどは、予定どおり置かれますか。
食品ロスを減らすための呼びかけなどは引き続き重要と考えています。一方、POPなどを置くことについては、コロナ対策下での飛沫防止板の設置、消毒、清拭などへの影響などの視点からも検討していく必要があると考えています。
Q.そのほか、食材の準備や食事の提供で思うことがあればお話しください。
飲食の提供に当たっては、選手の栄養、多様性、食品衛生、持続可能性に加え、新型コロナ感染防止対策など各種の要素を考慮する必要があり、これらの課題に対応した飲食提供が実現できるよう取り組みたいと考えています。
以上、東京五輪大会組織委員会の回答を紹介した。
飲食提供の委託企業エームサービスからは回答なし
選手村の飲食提供の委託先は2018年12月13日、事業所給食受託大手のエームサービス株式会社(東京都港区、山村俊夫社長、正社員7,793名、全社員45,135名)(6)に決定している(7)。そこでエームサービス株式会社に、大会組織委員会へ質問した内容と同じものを送ったが、4日経っても返答はいただけなかった。
2012年のロンドン五輪では食品ロスが2,443トン発生
2012年のロンドン五輪では、食品ロスが2,443トン発生した(8)(9)。ケータリング会社が、廃棄の様子を撮影した映像は、長期間、BBC(英国放送協会)の公式サイトに掲載されていた。
2016年のリオ五輪では余った食材で困窮者への食事提供
ロンドン五輪の反省を踏まえ、2016年のリオデジャネイロ五輪では、余った食材を使って生活困窮者へ食事を提供する「Reffetto-Rio(レフェットリオ)」のプロジェクトが開催された(10)。これはイタリア語で食堂を意味するrefettorio(レフェットリオ)と五輪の開催地であるRio(リオ)をかけて作られた言葉だ。
リオ五輪の前の年に開かれた2015年には、イタリア・ミラノで食の万博が開催された。このとき、イタリアの世界的シェフ、マッシモ・ボットゥーラ氏が中心となって、万博で余る食材を使って生活困窮者の食事を提供するrefettorio(レフェットリオ)を開設した(11)。リオ五輪での活動も、この続編といっていいものだ。ボットゥーラ氏のレストラン「オステリア・フランチェスカーナ」は、2016年世界ベストレストラン50で世界一に選ばれている。
食に対して愛情のある姿勢を
2020年2月末、政府から突如として発せられた休校要請は、翌月3月分の学校給食の食材をすでに準備していた現場に食品ロスと混乱をきたした。2020年の緊急事態宣言もそうだし、2021年に入ってから繰り返される緊急事態宣言も同様だ。冒頭で紹介した食品メーカーの「数千万円食材を捨てた」という発言は氷山の一角だろう。
食事を提供するためには事前に食材を用意しなければならない。その食材は、肉にしても魚にしても命のあったもの。命を奪って食事を準備しているのに、それを捨てるのは、命を二度殺すということだ。食材やその生産者、食事を準備する人や組織に対して慈しみの心を忘れた態度では、食品ロスの発生は、五輪に限らず、いつまで経っても止むことがないだろう。医療関係者も困窮者も飲食店も泣いている。なのに、何がなんでも開催しようとしていること自体、人に対する愛情や慈悲の心が感じられない。それでも、どうしても開催するならば、せめて食材を捨てないでほしい。
参考情報
1)尾身氏「普通はない」発言、自民幹部反発「言葉過ぎる」(朝日新聞、2021.6.3)
4)公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
5)ナッジ理論を利用した食品ロスの削減 学食のケーススタディから見えてくるもの(井出留美、2021.6.2)
7)東京2020選手村飲食調達先にエームサービス(日本食糧新聞、2018.12.21)
8)ロンドン五輪は2443t廃棄、食品ロスと闘う東京五輪 日本は「責任、安全、真夏」どう対策(井出留美、2020.2.13)
9)スポーツを通じた持続可能な社会づくりへの挑戦 ~2020年オリンピック・パラリンピックを越えて~「ロンドン・リオ視察から見た東京大会への提言」崎田 裕子氏資料
10)2016 Rio Olympics’ food waste programme(Sustainable Innovation in Sport 2018, 2016.7.12)
11)『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』池田匡克、河出書房新社