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「トランプ大統領」で「金正恩訪米」はあり得るか

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
トランプ大統領候補と金正恩委員長

米大統領選で共和党候補指名が確実となった実業家ドナルド・トランプ氏は6月15日、アトランタでの選挙集会で金正恩朝鮮労働党委員長が訪米するならば「会談の用意がある」と発言した。

トランプ共和党候補は対立候補の民主党のヒラリー・クリントン氏が「独裁者を擁護するのか」と批判したことに対して「金正恩氏と会うため自らが訪朝することはない」と釘を刺しながらも「話し合うのがなぜだめなのか」と反論した。

仮にトランプ大統領となった場合の米朝史上初の首脳会談は金正恩委員長の訪米が前提条件となるが、その実現の可能性についてはトランプ氏自身も「可能だとは思わない。多分だめだろう」と多くの期待は掛けてない。また直談判で核兵器開発の放棄を説得しても「成功の可能性は極めて少ない」と悲観的だ。

それでも「金正恩氏が米国に来るのなら会う。会議テーブルに腰掛けてハンバーガーを食べながら、もっといい核交渉を行う」と1カ月前に「金正恩と北朝鮮核問題について対話することに何ら問題はない」と公言したことを撤回する考えはなかった。

トランプ候補の発言を北朝鮮の政治局員である楊亨變最高人民会議常任副委員長は「誰が大統領になろうと関心はないが、(トランプ氏の発言は)悪くはない」と歓迎の意向を表明していた。

北朝鮮の対外宣伝ウェブサイト「朝鮮の今日」にいたっては論説で、トランプ候補を「長期的な視点を持っている賢い政治家」と評する一方で、ヒラリー・クリントン候補については「退屈」だと評し、「米国の有権者はクリントン氏を選ぶべきでない」と不快感を露わにしていた。

では、ドラルド・トランプ候補が大統領になれば、金正恩委員長は訪米するだろうか?米朝首脳会談は実現するだろうか?

極論を言えば、その可能性は高いとは言えないが、少なくも50%はある。最大の理由は米朝首脳会談、米朝国交正常化が北朝鮮歴代政権の大いなる悲願となっているからだ。

米朝間では過去2回首脳会談の可能性があった。いずれもヒラリー・クリントン候補の夫であるビル・クリントン大統領の時代で、1度目は金正恩氏の祖父である金日成政権下の1994年。

当時の金日成主席の訪米計画は米韓関係者らの橋渡しによるところが大きかった。この年の4月に訪朝したウィリアム・テーラー米戦略問題研究所副所長らに対して金主席自らが訪米の意欲を示し、米CNNが米TVメディアとして初めて金主席との会見模様を全米に流したことで話題となった。さらに、金主席に会見した在米韓国人ジャーナリストの文明子(ムン・ミョンジャ)氏に金主席が「英語の勉強をしているところだ」と述べたことから「金日成訪米」は一層現実味を帯びることとなった。

金主席が訪米に積極的な姿勢を示したことで米朝の仲介に動いたのが2年前の大統領選挙で金泳三大統領に敗れ、浪人の身であった金大中氏(当時アジア太平洋平和財団理事長)、その人である。

金大中氏は1994年5月に訪米し、ナショナル・プレス・クラブ(NPC)で講演を行った際、金日成訪米について触れ「訪米の招待状を出したらどうか」と提案。これを受ける形でNPCが金主席に講演依頼の招待状を出すに至った。

金主席は自身の最後の誕生日となった1994年4月15日に行った米CNNとのインタビューで「核兵器の運搬手段もなく、国土も狭く、核兵器を実験することもできない」と核保有を否定し、2か月後のジミー・カーター米元大統領の訪朝(6月15日)の際に原子炉の凍結及び南北首脳会談に同意していた。

米朝交渉が進展し、関係が正常化されれば、金日成訪米もあり得ない話ではなかった。一部には平壌で金泳三大統領との南北首脳会談を終えた後に2回目を米国で行うことも検討されていた。金主席が米朝国交樹立のため訪米し、その際に金泳三大統領も訪米するというシナリオだった。しかし、それも、カータ―訪朝から1か月もしない7月8日に金主席が心臓麻痺を起こし、急死したことで無となった。米朝首脳会談も、南北首脳会談もいずれも頓挫してしまった。

そして、北朝鮮最高指導者の2度目の訪米計画は金正恩氏の父、金正日政権下でクリントン大統領の任期最後の年の2000年。

この年の10月、北朝鮮軍トップの趙明禄朝鮮人民軍総政治局長が訪米(9日)し、次いでオルブライト米国務長官が平壌を訪問(25日)した後、クリントン大統領は米朝関係の正常化に向け自身の訪朝を推進した。だが、11月6日に行われた大統領選挙で当選したブッシュ氏が反対したため、訪朝は白紙化してしまった。

クリントン大統領は12月21日の朝、4度目の挑戦で大統領になっていた金大中氏に電話をかけ「退任前に(米朝関係正常化の)チャンスが欲しいが、北朝鮮訪問はほぼ不可能だ。そのため、来年1月に金正日をワシントンに招待したい」と伝えたという。これに対し、金大統領は「金正日がワシントンに行って何も得ずに戻るわけにはいかない。事前に成功を保障しておく必要がある」とアドバイスしたとされる。

米国務省は12月22日、金正日総書記宛てのクリントン大統領の親書を北朝鮮の国連代表部に手渡した。親書は「われわれ二人(クリントン氏と金総書記)が会えば(関係改善)問題の解決が可能になる」として金総書記にワシントン訪問を求めた。

しかし、後任のブッシュ大統領が大統領選挙期間中から「米朝ジュネーブ核合意」をはじめクリントン政権の対北外交を痛烈に批判していたこともあってレイムダックに陥ったクリントン大統領を相手に首脳会談をしても意味がないと判断した金総書記はクリントン親書を受け取った2日目には「関心がない」と回答。これにより米朝首脳会談は実現に至らなかった。

金正恩委員長は海外留学経験もあり、初歩的な英語及び仏語は喋れるようだ。父親よりも、開放的で、父親と違い何よりも飛行機嫌いでもない。自家用専用機を保有し、自ら操縦桿を操るほどである。

トランプ氏が大統領になれば、もしかすると、祖父も父も叶わなかった米朝首脳会談を実現するためならワシントン訪問、あるいは国連総会出席を名目にニューヨーク訪問もあり得るかも。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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