欧州に嵐の予感 マッドチェスターすぎるギリシャ財務相
ドラッグ・ディーラーのようなコートを着た男
「マッドチェスター」という言葉をご存知だろうか。造語なので英語の辞書にも載っていない。
英マンチェスターとマッド(狂った)を合わせた造語で、1980年代後半から90年ごろにかけマンチェスターを中心に起こったダンス・ビートとドラッグ文化のサイケデリックなサウンドを特徴とするロック。マンチェスター・サウンドとも呼ばれる。
パブ(大衆酒場)に出かけるような青シャツをズボンからだし、ドラッグ・ディーラー(薬の売人)みたいなコートを着た男が欧州の主要都市を闊歩し、マッドチェスターをかき鳴らす。
ポケットに手を突っ込む、カジュアルなちょいワル親父。日本で言えばまさに「矢沢永吉」が欧州連合(EU)主要国の財務相や欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁と丁々発止渡り合っているようなイメージだ。
英紙ガーディアンもそのいでたちに注目。2日にロンドンで会談したオズボーン英財務相と対比してみせた。オズボーン財務相のヘアスタイルはシーザーのようで、スーツをきちんと着こなしている
リバタリアンでマルキスト
この男は間違いなく欧州の台風の目だ。ギリシャ総選挙で勝利し、政権の座についた急進左派連合(SYRIZA)のチプラス首相が送り込んだ反緊縮の刺客、バロファキス財務相。
53歳。リバタリアンでマルキスト、そしてブロガー。国家の干渉に対して個人の不可侵の権利を擁護する自由論者のマルクス主義者が、チプラス首相とともに、欧州の政治に新しい旋風を起こそうとしている。
ポケ手にノーネクタイ、シャツ出しは「俺たちは反体制、ギリシャ国民の代表だ」という強烈なメッセージを発する。
英国の名門ケンブリッジ大学で研究したこともある政治経済学者だけに、サイケデリックな雰囲気とは裏腹にバロファキス財務相の経済財政政策は考え抜かれている。
欧州中央銀行(ECB)の量的緩和に合わせて、欧州はドイツのメルケル首相が主導する緊縮策に終わりを告げるのが正解なのだ。
強烈過ぎるバロファキス語録を見てみよう。
2400億ユーロのギリシャ救済策について
「ギリシャ国民に押し付けられてきたことは、祖国を借金植民地に陥れるある種の財政水責め拷問だ」
ユーロ圏残留を財務相自身、望んでいることについて
「問題はいったんユーロ圏に入ったら、(米人気ロック・バンド)イーグルスの『ホテル・カルフォルニア』の歌詞のように、いつでも好きなときにチェックアウトできるが、決して立ち去ることはできないのさ」(米CNNに対し)
ギリシャの財政再建と構造改革を監督する欧州委員会、国際通貨基金(IMF)、ECBの3者によるトロイカについて
「腐った土台の上に建てられた委員会だ」
カール・マルクスについて
「正直なところ、カール・マルクスは子供の頃から今日に至るまで私の世界観の骨組みをつくった」
負債3160億ユーロの行方
シンクタンク、オープン・ヨーロッパによると、2015年、ギリシャの負債見積りは総額3160億ユーロ。
内訳はユーロ圏が一番多く62.3%。IMFは13.6%。ECBは9.2%。3者で85%超を占めている。
チプラス首相とバロファキス財務相がこの借金をどうしたいかと言えば、名目の経済成長率に金利を連動させる国内総生産(GDP)連動債と、償還期限のない永久債とに交換する腹づもりだ。
財政再建と構造改革がセットになった今の水責め・救済策を白紙にして、GDP連動債と永久債に切り替える。交渉している間は短期の財務省債券を発行して100億ユーロのつなぎ資金を調達したい。
こうECBのドラギ総裁に申し出たところ、一蹴されてしまった。
バロファキスはヴォルデモート卿か
その心は、ECBに泣きつく前にトロイカと話をしなさいということだ。
しかし、ドイツではメルケル首相よりタカ派のショイブレ財務相がバロファキス財務相を待ち構えている。ドイツがどう見ているかと言えば――。
これはひどい。
中立系の主要日刊紙フランクフルター・アルゲマイネはバロファキス財務相を、魔法使いハリー・ポッターの最大の敵ヴォルデモート卿の写真と並べてしまった。でも怖いほど似ている。緊縛ならぬ緊縮の女王メルケルはハリー・ポッターというわけか。これがドイツの本心だ。
ギリシャには財政規律と構造改革は必要だが、対GDP比で177%まで積み上がった政府債務は再編してやる必要がある。フローを健全化させることを条件に、ストックのバランスシートは軽くしてやらなければならない。
チプラス首相とバロファキス財務相の戦略をどうみるか、バロファキス財務相はヴォルデモート卿なのか――。
ゲーム理論の専門家
ギリシャ債務危機を検証した『グリコノミクス』の著者で元英政府エコノミスト、ビッキー・プライス女史を直撃した。プライス女史はギリシャ出身だ。
――チプラス首相やバロファキス財務相の交渉姿勢はあまりに強硬すぎませんか
プライス女史「バロファキス氏はゲーム理論のエキスパート。ブラフを使いながらどこで妥協するか。自分たちが手に入れたいものを十分に考えている」
――GDP連動債の考え方はどうですか
「成長連動債は有意義な提案だ。問題はいかに早く成長が回復するか。残念なことにこの四半期は交渉の先行きが見通せず、かなり悪くなる。失業率も少し上昇している。交渉を急がなければならない」
「今は金融システムを維持するための銀行支援が必要だ。銀行が破綻しないよう、生き延びさせることが短期的には重要だ」
――ドイツは折れますか
「ギリシャは緊縮策の継続を望んでいない。プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字分4~4.5%(GDP比)を毎年返済して行くともっともっと緊縮が必要になる」
「成長に合わせて返していくことにすればセンチメントも変わる。ギリシャ国債も量的緩和の対象になれば金利も下がってギリシャは国債市場に復帰できる。好循環が起きる」
「オバマ米大統領も緊縮策は機能していないと言っている。著名な米コロンビア大学のスティグリッツ教授も同じ考えだ」
――1千億ユーロ規模の債務削減が必要との指摘もありますが
「GDP比で170%を超える債務は持続できない。2020年を目標にしている124%なら持続可能だ。政府債務が(いったん150%台まで落ちたのに)どうして170%台に逆戻りしたかと言えば、景気が後退したからだ」
「ギリシャだけでなく他の国でも緊縮財政を緩和することが求められている。SYRIZAは欧州全体の緊縮策を揺さぶっている。緊縮財政の緩和は実施されることが必要だ」
――交渉が暗礁に乗り上げたら
「ギリシャで再び総選挙になる可能性が大きい」
(おわり)