サマータイム 欧州は8割以上が「廃止」に賛成 どうする日本 どうなる東京オリパラ
[ロンドン発]独地方紙のウェストファーレンポストは28日、欧州連合(EU)関係者の話として7~8月に実施したパブリックコメント(意見公募)で80%以上がサマータイム(夏時間)の廃止を支持したと報じました。
460万件のうち300万件はドイツから寄せられた意見で、ドイツでは反対派が73%でした。パブリックコメントは住民投票でもなく、法的拘束力もありません。
しかしパブリックコメントは過去最高でも55万件しか集まったことがなく、460万件の声を軽視するわけにはいきません。EUの執行機関、欧州委員会は廃止の是非に向けた本格的な検討に着手、早ければ来年の欧州議会選挙の前にサマータイムが廃止される可能性が出てきました。
廃止支持が圧倒的多数となったのは、サマータイムを導入した最大の理由である省エネ効果が乏しく、体内時計が年に2回強制的にずらされることによる睡眠障害や食欲障害、事故の増大、心臓発作など健康被害があると考える人が増えたためとみられます。
この結果は、2020年の東京五輪・パラリンピックの暑さ対策として夏の間、標準時を2時間早めるサマータイム導入が議論されている日本にも大きな影響を与えそうです。
「お昼を無駄遣いするな」
ロンドン中心部から電車で1時間弱のペッツ・ウッド駅の近くにある「ザ・デイライト・イン」というパブに散歩がてら出かけてきました。看板には太陽の顔と2つの時計が描かれています。パブの中は広くて、とても落ち着いた感じでした。
このパブは、英国のサマータイムの生みの親である地元の建築業者ウィリアム・ウィレット(1856~1915年)にちなんで名づけられました。1905年夏の朝、ウィレットは馬にまたがって街を散歩すると、お日様は昇っているのに住宅のカーテンは閉ざされたまま。
「夏になったら、時計の針を進めたら良いのではないか」
こんなアイデアが頭の中にひらめきました。ウィレットは自分の考えを実現しようと「お昼を無駄遣いするな」というパンフレットを作って配りました。ロイド・ジョージや若きウィンストン・チャーチルが賛同し、デイライト・セービング法案が英議会に提案されますが、ハーバート・アスキス首相の反対で僅差で否決されます。
サマータイムが実現したのはウィレットの死後でした。第一次大戦最中の1916年、ドイツが1時間のサマータイムを導入。英国も約1年後に後に続きます。軍需産業、海軍、鉄道、家庭のエネルギー源となっていた石炭は戦争で枯渇していました。英国は同盟国にも石炭を供給しなければならず、エネルギーの有効活用が勝負の分かれ目でした。
チャーチルが陣頭指揮を執った第二次大戦では2時間のダブル・サマータイムが導入されました。
東京オリパラのレガシーに
夏の間、標準時を2時間早めるサマータイム導入を議論する自民党の議員連盟が9月上旬に立ち上げられます。秋の臨時国会への法案提出も視野に入れているそうです。
8月24日、安倍晋三首相に報告した五輪組織委員会会長代行を務める自民党の遠藤利明元五輪相は東京オリパラのレガシー(遺産)として低炭素社会の実現や暑さ対策を進める必要性を強調し、安倍首相は「是非そういうことで進めてほしい」と答えたそうです。
摂氏41.1度という観測史上最高の暑さを記録したため、東京オリパラでのマラソン競技実施やボランティア募集には暑さ対策が不可欠というのが、今回の降って湧いたサマータイム導入論の直接のきっかけです。
第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストが3月下旬~10月の約7カ月間、時計を1時間早めると想定して試算。その結果、外出が盛んになり、娯楽や外食が増える一方で、家庭で過ごす時間が少なくなり電気・ガスの節約につながるとして年7000億円の経済効果を見込んでいます。
サマータイムが導入されて100年余になる英国の夏は最高です。3月の最終日曜日午前1時に時計の針を1時間進めてサマータイムが始まり、10月の最終日曜日午前2時に時計の針を1時間戻します。大げさに表現すると、1時間のタイムマシンに乗ったような感じがするのです。
しかし時計の針を2時間進めるサマータイムはかなりきついと思います。サマータイムが導入されるとシステムの変更を迫られるIT業界は「2000年になるとコンピュータが誤作動する可能性があるとされた問題に匹敵する混乱が起きる」「時間が足りない」と強く反対しています。
欧州ではサマータイム廃止を議論
サマータイムを導入しているのは現在、世界77カ国。その多くが北米、欧州など西側諸国で、それ以外はブラジル、トルコ、モンゴル、チリといった国々です。導入していない国は171カ国で、このうちロシアやアルゼンチンはサマータイムを止めました。
「夏は日が暮れず、冬は日が昇らない地域もある。サマータイムは意味がない」。英国より緯度の高いフィンランドの提案を受けて、EUの欧州議会は廃止するかどうかを決めるため、EU域内で意見聴取を実施しました。
最初にサマータイムのアイデアを思い付いたのは18世紀の米政治家ベンジャミン・フランクリンとされています。1784年、駐仏大使だったフランクリンはパリ紙の編集長に宛てた書簡で「朝6時に起きたら、すでに日が昇っていた。昼前に起きる習慣がないパリの人たちが早く寝て早起きすればロウソク代を節約できるだろう」と皮肉りました。
しかし、これはあくまで冗談で、サマータイムに言及したわけではありません。
時間を伸び縮みさせるのは古代からの人類の夢。古代ローマでは日の出と日の入りを基準に1日の長さを等分する不定時法が採られ、1895年にはニュージーランドの昆虫学者が2時間、時計の針をずらすことを唱えています。英国王エドワード7世は狩りを楽しむため30分間時計を逆戻しにしたと言われています。
サマータイムの効果は
しかし時間を伸び縮みさせるタイムマシンに乗るのはどうやら体に悪いようです。サマータイムが始まる春は睡眠時間が1時間短くなり、体がアジャストするのに負担がかかるからです。
ハーバード大学公共政策大学院の研究機関「ショレンスタイン報道・政治・公共政策センター」が開設しているジャーナリストの情報源からサマータイムに関する主な研究結果を一問一答形式にまとめてみました。
――サマータイムの導入は省エネにつながりますか
「44の研究から162の推計を集めた結果、サマータイムは0.34%の省エネにつながるという結果が出ています。赤道から離れた国ほど省エネ効果は高まり、亜熱帯の国では逆にエネルギー消費量が増えるそうです」
「チリでは省エネを目的にサマータイムが導入されましたが、世帯の電気消費量はほんの少ししか減らなかったそうです」
――サマータイムは人間の生活にどんな影響を及ぼしますか
「英国やドイツでの調査でサマータイムが始まる春の最初の1週間、不満が強まり、秋に終わる時は影響がないことが分かりました。春は、24時間周期で変動する生理現象を適応させるのに時間がかかり、特に幼い子供は強い影響を受けるそうです」
――サマータイムの導入で自動車事故は増えますか
「07年に米国とカナダでサマータイムの実施期間が長くなりましたが、02~11年間の交通事故を調べた結果、死亡事故は年間30件以上、社会的なコストにして2億7500万ドルが増加していたそうです。春のサマータイム移行期に睡眠が妨げられ、リスクが増えるのが原因です」
――サマータイムの健康への影響は
「サマータイムに移行した翌日の月曜日は急性心筋梗塞(AMI)が24%増え、火曜日は逆に21%減ったそうです」「サマータイムが終わる時に単極性うつ病の事故が増えたという研究報告もあります」
――犯罪は増えますか
「米国ではサマータイムに移行したあと、強盗が7%減少しました。07年に米国でサマータイムの期間が延長されたことで強盗が減り、社会的なコストは年間5900万ドル節約されたそうです」
占領下の日本でもサマータイム
日本睡眠学会は「サマータイムは慣れるまでに時間がかかる。夜型人間にはつらい。睡眠時間が減る」として生体リズムや眠りの質と量への影響を指摘しています。
我が国でも戦後、石炭や電力を節約するためGHQ(連合国軍総司令部)の指示で昭和23年(1948年)から導入されました。しかし4年後の主権回復とともに廃止されています。「労働過剰になる」「慣習を変更されることを好まない」「疲れてだるい」という声が多かったからです。
全体戦争となった第一次大戦や第二次大戦の時代は総動員で省エネを進めるためサマータイムの導入は不可欠でした。今は個人や企業がフレキシブルに時間を使える時代です。しかもLED(発光ダイオード)の普及によって白熱灯に比べ大幅な省エネが可能になっています。
東京オリパラの競技に対応するためだけなら、競技時間を早くしたり遅くしたりすれば済む話ではないのでしょうか。今さらサマータイムの導入を提唱するのは時代に逆行するような気もするのですが、皆さんはどう思われますか。
(おわり)