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幼保無償化の「欠陥」を放っておかなかった鳥取県

前屋毅フリージャーナリスト
鳥取の森のようちえん「風りんりん」の子どもたちは川を教室にしていた(撮影:筆者)

 幼児教育・保育の無償化が10月1日からスタートしたが、その無償化の対象外にされてしまっているのが、「森のようちえん」である。

 森のようちえんは、北欧が発祥で、自然環境を活かした幼児教育や子育て支援を行う活動である。日本でもあちこちで森のようちえんが誕生し、そこで我が子を育てたいという保護者も増え、注目されてきている。その森のようちえんが無償化の対象外とされている大きな理由は、簡単にいってしまえば「施設をもたない」からである。

 認可や無認可の幼稚園や保育園として国や自治体に認められるには、園舎や園庭などの施設の保有が大前提とされている。しかし森のようちえんは、森や川などの自然環境そのものを教室とする考え方なので、必ずしも施設を必要としない。だから、施設をもたない森のようちえんが多い。そのため国や自治体に認められない存在であり、無償化の対象からも外されてしまった。

 森のようちえんの活動が幼児教育や保育と呼べる水準に達していない、ということでは絶対にない。認可や無認可の幼稚園や保育園に劣らないどころか、それ以上の質を実現している森のようちえんは多い。にもかかわらず、無償化の対象とされていないのは、「無償化制度の欠陥」でしかない。

 その欠陥を補うために、森のようちえんに対して無償化に代わる支援を導入する動きが自治体に広まりつつある。その先駆けともいえるのが、鳥取県なのだ。

 鳥取県が国の無償化に代わる支援を決めたきっかけといっていいのが、2018年9月27日の県議会における坂野経三郎議員の質問である。2019年10月からのスタートが決まっていた国の無償化について「森のようちえんの保護者や運営側からは不安の声が聞こえているのです」と前置きして、坂野議員は以下のように続けている。

「私が内閣府に話をしてみますと、認可保育園あるいは企業主導型の保育所というのは完全に無償化になるという話なのですが、認可外の園については一部経費の軽減、こういう状況でありますが、実は森のようちえんに関してはそのどちらにも入っていない、全くの白紙だと、こういう状況なのです」

鳥取県が動くきっかけをつくった坂野経三郎議員 (撮影:筆者)
鳥取県が動くきっかけをつくった坂野経三郎議員 (撮影:筆者)

 そして、森のようちえんも無償化の対象とするように国への働きかけを強めていくことを平井伸治知事に求めている。この坂野議員の質問に、平井知事は次のように答えている。

「国もこうした教育効果ということもありますし、子どもたちの育ちを保障するひとつのやり方ということに十分に理解してもらう必要があり、これからも粘り強く訴えかけをしてまいりたいとおもいます」

 実は、平井知事は以前から森のようちえんの理解者である。長野県や広島県など森のようちえんに理解を示している自治体と協力して、早くから国への働きかけも実行している。坂野議員の質問は、そうした平井知事を支持するとともに、いっそうの働きかけを要請するものだったわけだ。ただし今年10月に無償化がスタートした時点では森のようちえんは対象外とされ、平井知事たちの働きかけは成功しなかったことになる。

 とはいえ、鳥取県では坂野議員の質問をきっかけに森のようちえんへの関心が高まっていき、国の無償化に代わって森のようちえんを支援する制度へとつながっていく。その意味で坂野議員の質問の意味は大きかったし、その後の活動もおおきな影響を与えている。

 なぜ、坂野議員は無償化の対象から森のようちえんが外されることを問題視したのだろうか。

「実は、次男が森のようちえんにお世話になった関係で、その内容を私も知るようになりました」

 と、坂野議員。彼の奧さんが留学していた関係からイギリスで暮らしていた子どもたちが日本に帰ってくるにあたり、子どもの自主性・自由を重視する幼稚園や保育園を探したのだという。そして、森のようちえんを知った。彼が続ける。

「既存の幼稚園や保育園が悪いという気はまったくありませんが、いまの日本の教育全体が、上から与えるという意識が強すぎる気がしていました。子どもたちは何も分かっていないから教えてあげる、同じことをやらせる、という姿勢なのです。しかし、これからは、誰もが同じことをやっていては生き抜いていくことができない時代になる。自分で課題を見つけ、自分で道を切り開いていく力が、これからの子どもたちには絶対に必要になります。そういう教育姿勢を実現しているのが森のようちえんらしいと知り、実際に次男をかよわせてみて、そういう教育が実現されている場だと実感できました」

 その森のようちえんが無償化から外される、とあっては黙っていられない。

「無償化の前から、国は森のようちえんに補助金をだしていません。それでもって無償化から外されるとなると、無償化対象の幼稚園や保育園にくらべて保護者の経済的負担が目立ち、格差が広がることになります。認可幼稚園にかよわせればタダなのに、森のようちえんだと少なくない負担をしなければならない。これでは、森のようちえんにかよわせたくても、できなくなります。これはケシカランぞ、と考えたわけです」

 そして、議会質問をはじめとして動きだしていくことになる。

「幸いにして、鳥取県知事は森のようちえんに理解があるんですね。予算提出権は知事にしかありませんので、1人の県議会議員が動いてみても限界があります。だから、森のようちえんに理解のあった知事だったことは大きい。ただ議員が動いたことで、森のようちえんに関心が高まったり、知事も動きやすくなったのだとすれば嬉しい。知事に確認したわけではないから、どう知事の行動に影響したのかは分かりません」

 とはいえ、坂野議員の発言をきっかけに平井知事が動き、行政が動いて、無償化にあわせて鳥取県は独自に森のようちえんを支援する制度をスタートさせた。国の無償化の「欠陥」を自治体が独自に補ったことになる。その詳細は次回にレポートする。 

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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