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教員採用試験を早めれば教員不足を解消できる、と考えているのは文科省だけなのか?

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:イメージマート)

 採用試験を早期化するだけで必要人材を確保できると考えている企業は、おそらく1社もないはずだ。早期の採用試験に合格しても、いわゆる「すべりどめ」でしかなく、条件のいい会社に合格すれば簡単に辞退されてしまうことを、企業は知っている。知らないのは、文科省だけかもしれない。

|教採の早期化は受験者の水増しなのか

 教員採用試験(教採)の早期化での受験者の動向について12自治体に実施した調査結果を、文科省は10月8日の教育委員会との連絡会で報告している。従来は7月に実施されてきた教採の一次試験を文科省は、今年度は6月16日を標準日とし、来年度実施では5月11日に前倒しすることを求める通知をだしている。それに従って6月に実施した自治体が30、5月中に実施した自治体も4あったという。ただし、通知に従わず、従来どおりの7月に実施した自治体も30ある。

 この6月実施、5月実施、そして従来の7月実施のなからそれぞれ4自治体ずつ、計12自治体を対象に、早期化による受験者の動向変化を訊いたのが、文科省の調査である。その結果、受験者が増加したのは5月に実施した2自治体、6月に実施したなかの1自治体だったという。7月に実施したなかでも、1自治体は増加したという。つまり、教採を前倒ししたからといて受験者が増えることにはならないことになる。

 この結果について文科省の担当者は、「エビデンスとして(一次試験の早期化の意義が)今回出せればいいなと思い調査をしたが、きれいにそれが出たかというとそうではなく、混在したようなデータになっている。そこには要因がありそうだというのも分かったので、来年度は(その要因を)除去して対応すると思う」と述べたことを『教育新聞』(10月8日付Web版)が伝えている。さらに同記事は、「来年度は調査で浮かび上がってきた各自治体の試験日程の調整などをした上で、一次試験の日程の早期化の効果を中長期的に分析していく必要があるとの見解を示している」と続けている。

 試験日程が自治体で競合したために併願受験者が減ったことで受験者の減少につながったことが調査結果でわかっている。それが文科省担当者のいう「受験者数が減った要因」でもある。そこで「各自治体の試験日程の調整」すれば、受験者数は増えるはずだというのが文科省の見解になる。日程調整して併願がしやすくすれば受験者は増える、ということだ。

 しかし、併願者数を増やして〝見かけの受験者数〟を増やしたところで、実質的な教員志願者が増えて、教員の成り手が増えるわけではない。併願して2つの自治体の教採に合格したとしても、最終的には1つを選ぶしかない。もうひとつは辞退することになる。実際に赴任できるのはひとつの自治体だけなのだから当然だ。

 併願者が増えれば、採用人数に対する受験者数は増えて、受験倍率は高くなる。倍率が下がりつづけているという最近の批判に対して弁解はできるかもしれない。一方で、辞退者が続出することになるので、受験倍率は高いのに採用人数に足りないという事態が頻発しかねない。すでに、そういう状態になっている自治体もある。

|水増しでは教員不足解消にはならない

 いくら教採の日程を調整して併願者を増やしたところで、教員不足を解消する特効薬にはなりようがない。併願者を増やして受験者数を水増ししたところで、それが教採早期化の〝成果〟と誇ることはできないのだ。

 いくら教採を前倒しにしたところで、企業へ就職を決めた学生を教職に惹きつけるには無理もある。教育学部で学びながら企業への就職を選択したある人物は、「企業の就職試験に合格するには、それこそ2年生、3年生くらいで準備しないと間に合わないので、教採の準備をする余裕はありません」といった。企業か教職か、学生は早い時期に決めてしまっているのだ。そんな学生にとって、数ヶ月の前倒しなど魅力的なわけがない。

 教員志望者が減っているのは、教採の時期などではなく、根本的に教職が抱える問題にあることは多くの人が指摘している。足し算ばかりで引き算のない仕事量、それも子どもと向き合うという教員本来の仕事以外のことばかりが多すぎる。仕事量は増えるのに、それに見合った人材配置も行われない。そうした現実を変えないかぎり、教員志望者が増えるはずがない。

 文科省が取り組むべきは、教採の早期化などではなく、そうした教員の働き方の現状を変えることでしかない。このまま見てみぬフリを続けていれば、教員志願者は減る一方だし、教員不足の解消などできるわけがない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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