なぜ力士がたくさん乗ると飛行機が飛べなくなるのか? 重量計算してみた
羽田空港から奄美大島へ向かう日本航空の飛行機が、力士がたくさん乗ったために1機では運航できなくなって、追加便を出して振替輸送をしたというニュースが話題になっています。
奄美大島で行われた鹿児島国体の相撲競技に参加するために選手たちがまとまって搭乗したことが原因とされていますが、「なぜ重量オーバーすると飛行機が飛べないのか」という点について、解説させていただきたいと思います。
ウエイト・アンド・バランスについて
飛行機が飛ぶためには燃料を含めてどれだけの重量を搭載するかという計算が必要です。また、飛行機は空を飛んでいますから、離着陸時や巡行飛行中に正しい姿勢を保つ必要があります。
正しい姿勢というのは重心位置の計算のことで、前の方が重くなっても、後ろの方が重くなっても飛ぶことはできません。
機種によって異なりますが、横から見てだいたい主翼の幅の中に重心が来るように旅客や貨物を分散して搭載する必要があります。
これらをウエイトアンドバランスと呼んでいて、この計算をロードコントロールといいます。
今回問題となったのはウエイトアンドバランスのウエイトの部分。つまり、搭載する重量がオーバーしたため、計算上離陸ができなくなったということです。
ボーイング737の重量計算
今回の機種は日本航空のB737-800型。国内線仕様では満席で165席です。
重量計算では旅客や貨物などを合わせていったいどれだけの重量を搭載できるかを計算します。
飛行機は同じ機種でも1機ごとに重量が少しずつ異なりますが、公示されている数値としてはB737‐800の機体重量(運航重量:Operating Weight)は42.5トン程度です。
また、これ以上重くなったら離陸ができないという最大離陸重量(Max Take-off Weight)は、使用する滑走路長、装備するエンジンや気温、風向風速、気圧などによって変わりますが、公開されている諸元をもとにB737-800型の最大離陸重量を70.5トンとします。
日本航空のロードコントロールマニュアルが手元にありませんので、一般的な計算方式になりますが、離陸重要を計算してみましょう。
最大離陸重量 70.5トンから、機体重量 42.5トンを引くと、搭載可能重量が28トンと算出されます。
この28トンは旅客、手荷物、貨物、燃料など離陸の段階で飛行機に搭載することができるすべての重量の合計が、この中に入らなければならないということを示します。
搭載物の中でどうしても必要なものは燃料です。
B737‐800型の燃費は1kmあたり4.6~5リットルとされています。
東京から奄美大島までの飛行距離は1500kmです。
大雑把な計算ですが、1kmあたり5リットルとすると必要燃料は7500リットルです。
ただし、皆様ご存じのように西行の飛行では向かい風の影響で燃料を多く使用します。仮に2割増しで計算すると9000リットルになります。
この他に、目的地上空に到達後、45分間上空で待機する分の燃料(1000リットル)と、着陸できなかった場合に代替飛行場へ向かう分の燃料が必要になります。
当日の代替飛行場が那覇なのか、鹿児島に設定していたのかわかりませんが、仮に鹿児島として奄美大島から400km。奄美大島に着陸できない場合に必要な分の燃料が上空待機分を含めて3000リットル。合計で12000リットルの燃料を搭載することになります。
燃料計算の場合、リットルとキログラムは数値が異なります。
水に対する比重というものですが、水1リットルは1Kgなのに対し、標準的な比重はジェット燃料の場合0.8程度ですから、1リットルの重量は0.8Kg、12000リットルの燃料は
12000×0.8=9600Kg=9.6トンとなります。
搭載可能重量が28トンでしたから、燃料9.6トンを搭載すると残りは18.4トンになります。
さて、ここからは各種ニュースで取り上げられている乗客1人当たりの重量ということになります。
小型のプロペラ機で長距離を飛行する場合はシビアな重量計算が必要になりますから、乗客1人1人の体重測定をする場合もありますが、現在ではほとんどの路線で会社が標準的な旅客重量というのを設定しています。
国内線、国際線や男女別でも異なりますが、ニュースによると日本航空国内線の場合、乗客1人当たり70Kgに設定しているとのこと。これには機内持ち込み手荷物の重量も含まれます。
B737-800型機の場合、満席で165名ですから、乗客重量は
70Kg × 165 = 11550Kg 約11.6トンです。
燃料を引いた残り搭載可能重量が18.4トンであれば、これなら十分に全員搭乗可能です。
ところが、力士の場合は120Kgとしているようですので、最大重量として、もし全員が力士だった場合を考えると、
120Kg × 165 = 19800Kg =19.8トンになります。
仮に100人が力士、残りが一般客だとしても
(120Kg × 100) + (70Kg × 65) = 16550Kg
約16.6トンです。
燃料を搭載した後の残りの搭載可能重量は18.4トンですから、全員が力士として計算したらその段階で重量オーバーです。
また、下段のように、100名が力士として計算したとしても、残りは1.8トン。
これにさらに受託手荷物が1人10Kgで、預ける人が165名中100名いたとすれば1トンになりますから、残りの搭載可能重量は0.8トンということになります。
これでは貨物も郵便も搭載できない計算になります。
最大離陸重量までの余裕が1トンを切るようになると、かなりギリギリですから、当日の天候もありますからすんなりGOサインは出せません。
そうなると実際に力士は何人いるのか、乗客の機内持ち込み手荷物は合計で何Kgになるのかといったシビアな計算が必要になります。
なぜなら離島便は洋上飛行ですから念には念を入れる必要があるからです。
でも、実際問題として1日数百便飛んでいる飛行機の中で、そこまで計算している便はありません。ほぼすべての便で標準的な暫定値で計算していますから、ここまでギリギリになると、「離陸できない」という判断になったと考えられます。
実際の作業としては
空港での実際の作業としてはProvisonal(仮計算)といって、前日に翌日分のフライトの各便ごとの予約状況を洗い出して、搭載重量を計算しておきます。
飛行機は搭載する重量によって消費する燃料の量が変わりますから、まず、明日の羽田-奄美大島は予約165名、貨物3トンといった具合に各便ごとに重さを割り出しておきます。
これをZero Fuel Weightといって、この重さをもとに、当日の天候などを加味して出発前のパイロットとのブリーフィングで搭載する燃料の量が決まります。
今回はおそらくこの前日のProvisionalの段階で、予約情報から力士が多く搭乗することに気づき、乗務員の手配を含め、重量オーバーする人数分を振り替え輸送するための代替便を用意していたと思われますが、お客様としてみたら空港に来て初めて「この便には乗れませんので別便でお願いします。」と説明されたわけですから、さぞ驚いたことと思います。
離島というところは滑走路が短くて小さな飛行機しか離着陸できない空港が多く存在します。東京や大阪から遠く離れた鹿児島県や沖縄県の離島を結ぶ便は燃料搭載量が増えますから、以前から搭載重量がシビアな路線が多く、全部の座席に満席として乗客を乗せることができない区間も存在します。つまり、予約では満席と案内されていても、機内に入ってみると空席があるというような状況が往々にして見られます。
飛行機というのは、このような様々な制約の中でフライトしていますが、今回の重量オーバー事件は、一つの典型的な例だと筆者は考えます。
この他にも、例えばオーケストラの団体が大型の楽器を多数持って飛行機に乗られる場合や、地方の伝統芸能や演劇、例えば和太鼓や琴などの演奏団体が乗られる場合などでは貨物室のスペースの確保をしたり、座席を塞いで搭載する場合などの事前手配が必要になりますし、あるいはワクチンなどの特別な物を機内に持ち込んだり受託手荷物としてお預かりする場合なども事前の段取りや手配が必要になります。
航空輸送では様々な条件や制約の中で対応していかなければなりませんので、ご予約の際にお客様からお申し出いただかなければ、当日空港で困難に直面することになります。
また機会がありましたら、飛行機の話をさせていただければと思います。
なお、今回の計算根拠はインターネットで公示されている一般的な数値を使用して計算したものですので、詳細はこの限りではありません。
予めご了承ください。