ロシアの軍事侵攻に頭を抱えながらリングに上がった、ウクライナ人元世界王者
先週末、ゲイリー・アントゥアン・ラッセルに10回TKO負けを喰らった元WBCスーパーライト級王者のビクトル・ポストル。自身の戦績を31勝(12KO)4敗とした彼は、ウクライナ人である。
第10ラウンド、左アッパーをヒットされた後に連打を浴びるポストルのダメージが深刻だと判断したレフェリーは、試合終了ゴングの29秒前にTKOを告げた。その折、「信じられない! まだやれる!!」というジェスチャーを見せたポストルだが、リング外でも危険に晒されていた。
試合が決まると、カリフォルニア州マリナデルレイでキャンプを張るポストルだが、妻と2人の息子はロシアが攻撃を仕掛けたキエフから16キロ弱の地、ブロヴァルィーで暮らしている。
ポストルの2人の息子は双子であり、まだ5歳だ。父親として、いかなる気持ちで戦っていたのか------そう考えると胸が痛む。
ポストルとラッセルのファイトは、ウクライナに対するロシアの軍事侵攻が始まった2日後にセットされた。試合前夜、ポストルが妻のオルガに連絡を取ると、彼女は慟哭していた。
「もう少しだけ辛抱してくれ。直ぐに帰宅して家族全員を守るから」
常にファイターである自分を励まし、支え続けてくれる妻に対し、元WBCスーパーライト級チャンプは、そう告げるのが精いっぱいだった。
「神が我々、そしてウクライナを庇護してくれるよう、祈るしかない。戦争なんて誰も望んじゃいない」
ポストルはそう語ってリングに上がったが、38歳の肉体をベストに仕上げたとしても、精神面で安定していた筈もない。
何度かワンツーをヒットさせはしたが、9ラウンドまでの採点も82-89、82-89、83-88とリードされていた。
試合後、敗者は次のようにコメントした。
「自分の手足が、ここに無いような状態だった。思ったように動かなかった。これまでの私は、ゲイリー・ラッセルより優れた戦いをしていたが、様々な理由で自分の能力を発揮できなかった。勝つためにリングに上がったけれどね…。残念ながら、目的を果たせなかったよ」
2016年のリオ五輪米国代表からプロに転向し、15戦全勝15KOと快進撃を続ける25歳のサウスポー、ラッセルは勝利しながらも、対戦相手を慮った。
「俺たちは実にタフなビジネスに身を置いている。祖国が文字通り戦火に包まれるなか、仕事をまっとうした彼には、ただただ脱帽だ。お互いに相手を傷付け合うビジネスなんだからさ」
アスリートでは、既にウクライナ人サッカー選手2人の死亡が確認されている。ご存知のように、元3階級王者のワシル・ロマチェンコ、現WBAスーパー/IBF/WBO統一ヘビー級王者のオレクサンドル・ウシクも、ウクライナ軍への入隊をアナウンスした。
あってはならない事態に苦しむウクライナに、一刻も早く平穏な日が訪れることを、心の底から願う。