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近づく2020東京五輪、その高揚感の中で「首都直下地震」を忘れていませんか? ー山形沖地震の教訓

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
30年間地震発生確率が1%程度であったにもかかわらず阪神・淡路大震災は起きた。(写真:ロイター/アフロ)

 6月18日午後10時22分、山形県沖の日本海の地下14kmでM6.7の地震が発生し、山形・新潟県境付近で震度6を観測した。幸い大規模な津波は発生せず、住民の冷静な行動もあって、犠牲者が出なかったことが救いであった。この地震は、新潟県沖から北海道沖にかけて南北に延びる日本海東縁部の「ひずみ集中帯」で発生した(図1)。このゾーンは、ユーラシア(アムール)プレートと北米(オホーツク)プレートの境界にあり、「逆断層型」のM7クラスの地震が起きる可能性が指摘されてきた。

地震発生確率が低くても地震は起きる、という事実

 政府の地震本部もこのプレート境界近傍で過去に起きた地震(1964年新潟地震、1983年日本海中部地震、1993年北海道南西沖地震、2004年新潟県中越地震、2007年新潟県中越沖地震)などを考慮して、「確率論的地震動予測」を公表してきた。しかし最新の2018年の予測では、今回の地震と同様の揺れが発生する確率は軒並み低いものだった(図1)。震度6強を観測した新潟県村上市府屋地区における、今後30年間にこの揺れに遭遇する確率は、たったの0.2%であった。同じように地震発生確率が1%程度と低かったにもかかわらず悲劇が起きたことは、1995年阪神・淡路大震災、2016年熊本地震、そして昨年の大阪府北部地震で、私たちはすでに経験済みだ。

図1 6月18日に発生した山形沖地震(☆印)と観測震度。()内の数字は、2018年に推定された今後30年間の地震発生確率を示す。著者作成
図1 6月18日に発生した山形沖地震(☆印)と観測震度。()内の数字は、2018年に推定された今後30年間の地震発生確率を示す。著者作成

 つまり、政府発表の「地震動予測地図」は、この国ではいつどこで地震が起きても不思議はないことを示していると認識すべきである。私たちは「世界一の地震大国」に暮らしていることを自覚して、日頃から地震に備えねばならない。

首都圏では30年間地震発生確率が80%を超えている、という事実

 さて、「復興五輪」などとも呼ばれる2020年の東京五輪まで7月24日であと1年。観戦チケットの抽選結果が発表され、特に首都圏は高揚感に包まれている。確かに、この檜舞台で日本人選手が活躍する姿は、いろんな重苦しさが溢れる現実の憂さを晴らしてくれるに違いない。中世の小歌を集めた「閑吟集」には、こんな歌がある:

 何しょうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ

 しかし、地震という「日本列島からの試練」が襲う可能性があることを忘れてはならない。中でも、これだけ人口が集中した首都圏を直撃する直下地震は、日本人がこれまでに経験したことのないほどの難儀である(図2)。首都圏に暮らす2人に1人が「被災者」となりえるのだ。

 そして首都圏で今後30年間に立っていることすらできないほど強烈な揺れが起きる確率は、軒並み80%を超えている(図2)。先に述べたように、日本列島ではこの確率が1%以下であっても、地震が起こり悲劇が繰り返されているのだ。80%という数字がどれほど危険なものかはいうまでもない。

図2 都心南部直下地震(M7.3:☆印)による震度分布想定と首都圏のいくつかの地点における今後30年間に震度6以上の揺れが起きる確率。著者作成
図2 都心南部直下地震(M7.3:☆印)による震度分布想定と首都圏のいくつかの地点における今後30年間に震度6以上の揺れが起きる確率。著者作成

 「30年間なんて言われても実感わかないよ」という人には、もっと短い期間での地震発生確率を示す方が良いかもしれない。この1年以内に首都圏で震度6以上の地震に遭遇する確率は数%、もっと言えば、東京五輪・パラリンピック開催期間中に起きる確率は0.5%程度である。山形沖地震や阪神・淡路大震災の発生確率と比べると、「首都直下地震は明日起きても不思議ではない」と言わざるを得ない。そして地震発生後には、おそらく「少なくとも」という形容詞が必要な行政による被害予測でも、電力回復に1週間はかかり、交通インフラは1ヶ月間全停止である。

 あまりにも多発する自然災害に慣れしてしまったために、「世の中に常なるものあらず」と、災害も仕方ないと諦める思いもあるだろう。しかし今この国の首都圏が直面する状況は、このような無常観で乗り越えることができるものではない。せめて1週間は持ちこたえることができる備蓄は必須だし、近いうちに起きるであろう事態にどう対処するかをシミュレーションしておくべきだ。そして政府には、一刻も早く首都圏一極集中を解消することが求められる。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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