【エイジテック革命】第10回 在宅医療・在宅看護の未来
今後、高齢化が進行する中、極めて重要なテーマのひとつに在宅医療・看護のサービス強化があります。今後、日本は戦後生まれのボリュームゾーンである団塊世代が後期高齢期を迎えることになり、慢性疾患を抱えた高齢者や介護を必要とされる人々の増加が予想されています。そして在宅で適切な医療や看護、介護サービスが受けられるための環境整備が求められています。高齢化の一方で人口減少が続く中、この分野における慢性的な人手不足を補う工夫が求められています。その可能性のひとつがエイジテック=高齢課題を解決するための技術なのです。今回は、在宅医療・看護領域におけるエイジテック事例をご紹介したいと思います。
スマートスピーカーを活用した見守りサービス Amazon Alexa Care Hub(ケアハブ)
アマゾンが、2020年11月にスタートしたサービスが「ケアハブ(Care Hub)」です。これは見守りを必要とする人と見守る人を音声アシスタント「アレクサ(Alexa)」を介して繋ぐサービスです。このケアハブを利用するためには、「Echoシリーズ」のスマートスピーカー、もしくはアレクサ対応デバイスと、ふたりのアレクサ・アカウントが必要となります。
ケアハブの機能はいくつかありますが、そのひとつとして「見守り機能」があります。
これは、見守られたい側と見守る側を1to1で繋ぐもので、見守られたい側が自分のアカウントから、相手に招待状を送り、それが承認されると、見守る側は見守られたい側のアレクサ利用状況(例えば、曲を聴いたなど)をモニターできるようになります。ただし、それは、曲目などの細かなプライバシーに関する情報を伝えるのものではなく、「音楽を聴いた」といったカテゴリー情報としてメッセージが送られるものとなっています。
また、もうひとつの機能「アラート設定」は、最初に何かアクションを起こした時や、一定の時間にアクティビティがなかった場合にメッセージを通知することができるもので、これによって日々の生存確認が可能となります。
3番目の機能が「ヘルプ機能」です。何か生活上で問題が起きた時に、"アレクサ、助けて(Alexa, call for help.)"と助けを求めれば、アレクサが電話をかけ、見守る側のスマートフォンに通知を送ってくれます。ケアハブを通じて、見守る側に呼びかけたり、話したり、緊急連絡先に通知したりすることも出来ます。
見守られたい側が自分の行動履歴を相手に知らせたくない場合には、即座に履歴を削除することも可能です。"アレクサ、今言ったことを削除して"、"アレクサ、今日言ったことを全部削除して "と言えば、簡単に音声を削除することもできます。
このようにケアハブは、音声アシスタント「アレクサ(Alexa)」を介し、見守られたい側と見守る側を繋ぎ、両者のストレスを低減し、さまざまなシニアの困りごとを助けてくれる可能性を備えたサービスと言えるでしょう。
オンライン処方箋のイノベーション ピルパック(PillPack)
次に紹介する事例は、オンラインで複数の処方薬を提供するケースです。米国でも薬剤提供の仕組みは日本と同様に、かかりつけ医に処方箋を出してもらった後に、調剤薬局に出かけて薬を出してもらう形が一般的です。
高年齢になると、複数の医者から薬剤を処方してもらうケースが増えてきます。そうした場合に問題となるのは、薬の飲み合わせ、飲み忘れ、飲み間違い、飲み残しなどが発生する可能性です。服用する薬剤の種類が多いほど、薬物有害作用の発現頻度は高くなります。また、日本薬剤師会の調査によると、薬を飲み残す割合も高くなる傾向にあり、効果的な服用マネジメントのあり方が求められています。複数の処方薬がある場合、ピルケースに小分けするなどの手間が必要となり、なかなか面倒です。
米国ワシントン州ベルビューに本社を置くピルパック(PillPack)は、そうした煩雑な処方箋、服薬管理をオンラインによる一元管理サービスとして提供するものです。
対象となるのは、複数の薬を長期間服用する慢性疾患のある患者で、オンライン上で、医師からの処方箋、保険情報、支払い情報などを入力すればサービス利用が可能となります。
処方薬は、服薬時間帯別にロール状に小分けされた形で一ヶ月分がまとめて送られてきます。これに、小分けが出来ない液体薬や吸入器などが一緒に箱詰めされます。処方薬のパッケージデザインの監修は、世界的デザイン会社IDEO社によるもので、高齢者でもわかりやすい飲み間違いが起きないデザインとなっています。
薬の自己負担分金額を除き、このサービスは、送料も含めて全て無料で提供されています。
同社の共同創業者で最高経営責任者であるTJパーカー(T J Parker)氏は、薬剤師の2代目で、両親の仕事を通じて、薬の管理と運用が極めて煩雑で、それゆえにヒューマン・エラーが起こる可能性も否定できないことを感じ取っていました。
薬学部を卒業したパーカーは、MITのハッキング・メディスン(Hacking Medicine)を通じて知り合った共同創業者エリオット・コーエン(Elliot Cohen・最高製品責任者、共同創業者)とともに、薬剤提供の仕組みにイノベーションを起こそうと同社を起業。
2013年にボストンを拠点にサービス開始。2014年までに31州でライセンスを取得し、急成長を果たしました。
2018年6月にアマゾンはピルパックを7億5300万ドルで買収、現在同ブランドは、ピルパック・バイ・アマゾンファーマシー(PillPack by Amazon Pharmacy)として展開され、プライム会員であれば2日以内の無料配送サービスが受けられるようになっています。
AIを活用したヴァーチャル看護人 アディゾン(Addison)
高齢化の進展に伴い、否応なく増加が予想されるのが看護を必要とする人々です。 中でも在宅看護のあり方を考えることが重要です。
慢性的な看護スタッフ不足が懸念される中で、効率的なケアを考えていくことが極めて重要で、各種テクノロジーの活用によるスマート看護の実現が今後のテーマとも言えます。AIを活用したヴァーチャル看護サービス、アディゾンが担うのは、そうした領域の一部です。
アディソンは15インチのタブレットモニター上に存在する24時間対応が可能な3Dアニメーションのヴァーチャル看護人です。彼女は常時タブレットの中で微笑み、患者を見守り、生活看護の一部を担います。但し、彼女が担うのは、食事の補助などではなく、服薬管理や健康状態のモニタリングなどの領域です。
アディソンは、家庭内に設置されたコネクテッドデバイス(タブレット)を介してアクセスできる対話型の音声プラットフォームで、従来は現場で人が行っていた健康モニタリングや治療サポートを行い、必要に応じて助けを求めようとするものです。この提供サービスをより親しみやすくするために、アマゾンのAWSを活用し、音声操作インターフェイスに拡張現実(AR)のアニメーションキャラクターであるアディソンが採用されています。
アディソンを開発したエレクトロニック・ケアギバー社は、2009年の設立以来、さまざまな看護に関わるコネクテッドデバイスを開発してきました。例えば、エレクトロニック・ケアギバー・プレミア(Electronic Caregiver Premier)は、GPS付時計型のスマートヘルスデバイスで、自宅内外に関わらず、緊急時に対応が可能なデバイスです。また同社のコネクテッド・デバイスは、血糖値、血圧、酸素濃度、肺活量、体温、体重などの各計測装置とブルートゥースで繋がり、オンラインでバイタルモニターを管理することができるもの。
アディソンは、こうした同社の製品を在宅看護の際によりフレンドリーに使えることを目的として開発されたもので、主な対象は糖尿病、呼吸器疾患、心臓疾患などの慢性疾患を抱え、常にモニタリングが必要とされる患者です。
AIを備えたアディソンは、こうした健康モニタリング、服薬リマインド、緊急対応以外にも、音声による日常会話や、記憶力エクササイズ、体力維持のための簡単なフットネスなどの機能も備えています。3Dアニメーションキャラクターであることが、このデバイスに人間味を与えてくれているのです。
今回は、在宅医療・看護領域におけるエイジテックの海外事例をご紹介いたしました。日本においても、医療・看護・介護分野でのICT活用が検討されていますが、その歩みは遅く、またどちらかと言えば、その主眼は業務の効率化が中心と言えます。しかし、今回ご紹介した事例は、患者側のQOL(生活の質)向上に主眼が向けられたものが中心であり、エイジテックは高齢期の生活をより良く維持していくための技術であると言えるでしょう。