陰謀論「背後にウクライナ・WHO」首相銃撃後に氾濫、その思惑とは?
「首相銃撃の背後にウクライナ・WHO(世界保健機関)」――スロバキア首相銃撃めぐってそんな陰謀論・偽情報の氾濫が報じられている。
ウクライナと国境を接し、国内が二極化する中で、事件に乗じた根拠のない情報が広がっているという。
「ウクライナ」を絡めた拡散には、ロシアの影響工作ネットワークも関わっているという。
その広がりには、欧州議会選を6月に控えたEUも、監視の目を強める。
陰謀論・偽情報拡散の思惑とは?
●銃撃の直後から大量に
カナダのトロント大学マンク国際問題・公共政策大学院の「シチズンラボ」上席研究員、ジョン・スコット=レイルトン氏は、5月15日付のXへの投稿で、そう指摘する。
スロバキアの「スロバキア・スペクテーター」、チェコの「ホスポダースケ・ノヴィニ」などによると、スロバキア首相のフィツォ氏が銃撃を受けたのは、5月15日午後2時半ごろ。
首都ブラチスラバから北東約140キロの中部の街、ハンドロバを訪れ、政府の会議が開催された文化センター前で地域住民にあいさつをしていた時に、聴衆の中にいた容疑者に5発発砲され、うち3発が腹部などに命中。重傷を負った。
容疑者はスロバキア南部出身71歳のアマチュア詩人。捜査当局からは「単独犯行」と発表されている。容疑者は、ウクライナへの軍事支援停止、汚職などを捜査する特別検察局廃止などの施策に不満を持っていた、と報じられている。
この銃撃事件を巡って、陰謀論・偽情報が渦巻く。
銃撃に「ウクライナ」を絡めたプロパガンダや陰謀論は、ロシアからの発信が指摘されている。
「エスプレッソTV」「ニューボイス・オブ・ウクライナ」などのウクライナメディアや、英テレグラフなどは、ロシア国営メディア「RT」編集長、マルガリータ・シモニャン氏が、テレグラムへの投稿で、フィツォ氏がウクライナ侵攻を「ネオナチが横行した結果で、プーチン氏には選択肢はなかった」などとしていた人物だとした上で、「それ(銃撃)が彼らのやり方だ」と述べた、と報じている。
シモニャン氏の投稿は、40万回以上閲覧されている。
米ワイアードは、親ロシアの影響工作ネットワーク「ドッペルゲンガー」のアカウントが、「ウクライナのテロリストにやとわれた男が襲撃した」との陰謀論をXに投稿していた、と報じている。
※参照:偽装メディア・偽スウィフト…親ロシア影響工作ネット「ドッペルゲンガー」にも生成AIの影(12/14/2023 新聞紙学的)
もう1つは、「WHO」をめぐる陰謀論だ。
米ワイアードやベルギーのメディア「ユーラクティブ」によると、フィツォ氏がWHOによる新たな「パンデミック条約」に批判的だったことを取り上げ、銃撃とWHOを結びつける陰謀論も拡散したという。
その1つは、X上で500万回を超す表示数を集めている。
英インディペンデントによれば、保守強硬派の米下院議員、マージョリー・テイラー・グリーン氏も、Xでこれに同調するような投稿を行い、10万回を超す表示数を集めている。
●EUが注目する
Xのオーナーであるイーロン・マスク氏も、銃撃事件と「ウクライナ」「WHO」を結びつける右派インフルエンサーの投稿に、感嘆符(!!)のコメントをつけて反応している。
米テッククランチによると、違法・有害情報に関するEUのプラットフォーム規制法「デジタルサービス法(DSA)」の所管当局は、加盟国であるスロバキアの首相銃撃事件をめぐるX上の偽情報の広がりについて、「緊密に」モニタリングを行っているという。
EUでは6月6日~9日の日程で欧州議会選挙が予定されている。その本番に向けて、偽情報対策を強化しているタイミングでの事件だ。
EUはすでに、偽情報拡散が指摘されたイスラエル・ハマス紛争勃発後の2023年12月、Xに対する「デジタルサービス法」に基づく調査を開始。フェイスブック、インスタグラムを運営するメタに対しても、2024年3月に調査を開始している。
メタについて、EUはフィツォ氏銃撃事件の翌5月16日、未成年の依存性対策に関しても「デジタルサービス法」での調査開始を発表。この席で、銃撃事件関連のモニタリングについて言及があった。
EU当局は、DSAで重い義務を課す、Xやメタ以外の超大規模プラットフォームに対しても、銃撃事件を巡る投稿への警戒を呼びかけたという。
●二極化する国内、メディア弾圧への懸念
「ウクライナ」「WHO」を巡る陰謀論は、主にスロバキア国外で広がっているという。
そして、スロバキア国内で標的となっているのは、野党やメディアだという。
野党リベラル派の「プログレッシブ・スロバキア(PS)」代表、ミハル・シメカ氏の父親が、フィツォ首相銃撃事件の容疑者と一緒に写真を撮っていた――そんな投稿がフェイスブックなどで広がったという。
スロバキアのファクトチェックサイト「デマゴグ・SK」によると、この写真に容疑者とともに写っているのは、別人であるという。
シメカ氏自身は、今回の銃撃を非難する声明を出している。
シメカ氏をめぐっては、2023年9月にあったスロバキア総選挙の投票日2日前、シメカ氏とジャーナリストが不正選挙の方法について話し合っている、とするディープフェイクスと見られる音声ファイルが公開され、騒動となった経緯がある。
選挙では、接戦が伝えられた「プログレッシブ・スロバキア」は第2党となり、フィツォ氏が率いる親ロシアの「方向-社会民主主義(スメルSD)」が第1党となって政権を握った。
「スロバキア・スペクテーター」によれば、国民評議会(国会)副議長で「方向-社会民主主義」のジュボシュ・ブラハ氏は、「あなたたちのせいだ」と野党、メディアに対し、今回の銃撃事件の非難の矛先を向けているという。
英ガーディアンによれば、銃撃事件が、メディア弾圧の引き金となる懸念も指摘されているという。
フィツォ氏は、これまでもメディア規制の姿勢を強めてきた。
英BBCなどによれば、フィツォ氏が「偏向」と批判してきた公共放送「ラジオ・テレビ・スロバキア(RTVS)」を廃止し、新たに政府の関与を強めた「スロバキア・テレビ・ラジオ(STVR)」を設立する計画だ。
●影響工作、分断と混乱
重大事件の衝撃には、偽情報・陰謀論が付きまとう。
影響工作がその後押しをし、分断と混乱が加速器となる。社会のレジリエンス(強靭さ)が試されている。
(※2024年5月20日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)