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紅白歌合戦の成功と失敗から考える、NHKが抱える深刻なジレンマ

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:NHK Music 公式YouTube)

今年も昨年末に放送された紅白歌合戦の成否について、様々な報道や議論が続いています。

特に今年は視聴率が歴代ワーストを更新した関係もあり、メディアとしてもその視点から批判する記事が多いようです。
一方でNHK側は、1月10日になってタイムシフトを含めた視聴人数のデータを公開し、NHKプラス経由の視聴数が1.5倍になったことを強くアピールしています。

ただ、こうした紅白歌合戦の数値を細かく分析してみると、紅白歌合戦とNHKの本当の成功と失敗、そしてNHKが抱えるジレンマが浮き彫りになってきますのでご紹介したいと思います。 

視聴率の減少は想定の範囲内?

まず、視聴率の面で言うと昨年末の紅白歌合戦は、歴代ワーストの視聴率を更新してしまっていますので、成功か失敗かと言われれば、当然「失敗」と捉えるのが自然でしょう。

この最大の要因は、ジャニーズ事務所の性加害問題の影響を受け、NHK側が旧ジャニーズ事務所の所属タレントの出場をゼロにするという判断をした点が大きかったと考えられます。

具体的な紅白歌合戦の個人視聴率の減少幅は、第1部は1ポイント、第2部は2.5ポイントほどの減少となっています。

(出典:ビデオリサーチ)
(出典:ビデオリサーチ)


紅白歌合戦と同時間帯に配信されていたSnow ManのYouTubeライブにはピーク時に133万人という視聴者が集まっていたことを考えると、実は個人視聴率1%に匹敵する人数が出場できなかったSnow ManのYouTubeライブに取られていたことになります。
参考:紅白歌合戦の裏で、Snow Manが133万人超えライブ配信の日本記録更新が意味すること

そういう意味では、やはりSnow Manをはじめとする旧ジャニーズ事務所の所属タレントのファンが紅白歌合戦を視聴しなかった影響が、個人視聴率の減少に反映されたと考えるのが自然でしょう。

逆に言うと、NHK側の元ジャニーズ事務所の所属タレントの起用をゼロにするという判断の是非は別として、今回の紅白歌合戦の視聴率の減少の原因のほとんどは想定の範囲内であり、それ以外の部分は例年に比べて大きく「失敗」していたわけではないという見方もできるわけです。

紅白歌合戦ならではの様々なコラボ

一方で、今回の紅白歌合戦においては、「ボーダレス」をテーマに掲げ、様々な境界を越えたコラボ企画を実施したことは「成功」の事例として評価されるべきでしょう。

もちろん紅白歌合戦という、紅組白組と男女を分けて優劣をつける構造自体が「ボーダレス」ではないという批判は残っているようです。

それでも今回の紅白歌合戦では、紅組白組の垣根を越えたコラボや、顔出しをしないAdoさんのシルエット歌唱や、すとぷりのリアルタイムCG歌唱など、様々な従来の常識やボーダーを越える企画が実現しました。

特に、テレビ業界において象徴的だったのが、ポケットビスケッツとブラックビスケッツという日本テレビの番組出身のグループが出演したり、TBSの音楽番組である「ザ・ベストテン」が再現されたりと、テレビ局の垣根を越えた企画が実現したことでしょう。

(出典:NHK紅白歌合戦 Instagramアカウント)
(出典:NHK紅白歌合戦 Instagramアカウント)

そして、なんと言っても最大の見せ場となったのがYOASOBIの「アイドル」の歌唱において、日韓の様々なアイドルグループがダンスコラボを披露したシーンと言えます。

なにしろ、今回YOASOBIとコラボをしたK-POPグループのほとんどが、全米のビルボードチャートでも上位を獲得している実績がある世界的に人気のあるアーティストです。

特に、昨年はNewJeansが全米のアルバムチャートで1位を獲得したことが話題になり、NHKスペシャルでもYOASOBIとNewJeansを軸に日韓POPSの分析をした特集が放送されたほど。

そんな日韓の人気グループが一堂に会してダンスコラボを披露するというのは、やはり日本最大の歌番組である紅白歌合戦でしか実現できない企画だったと言うことができると思います。

こうした他の企業では難しい数々のコラボを実現し、大きな話題を生み出したのは「成功」と考えて良いと思います。

YouTubeの動画視聴数が合計5000万を突破

特に、こうした「ボーダレス」ならではの企画のインパクトの大きさは、YouTubeの再生数などのネット上の数値にも如実に表れています。

昨年も紅白歌合戦放映後の公式YouTubeの再生数を分析されていた徒然研究室さんの分析によると、今年は昨年に比較しても圧倒的にYOASOBIやAdoさんの歌唱動画が視聴される結果になっています。

(出典:徒然研究室 Xアカウント)
(出典:徒然研究室 Xアカウント)

紅白歌合戦のYouTubeにアップされた歌唱動画全体の視聴数も、昨年は3000万程度だったのが、今年は5000万を超えていると言います。

特に、YOASOBIのコラボ動画に関しては視聴回数が1000万回を超えており、そのインパクトの大きさが分かりますし、NHK紅白歌合戦がXに投稿したダイジェスト動画も、380万視聴を超えています。

さらに、徒然研究室さんのデータを見る限り、紅白歌合戦の影響で、アーティストの検索数やXでの投稿数も、目に見えるレベルで跳ね上がっていたようです。

(出典:徒然研究室 Xアカウント)
(出典:徒然研究室 Xアカウント)

そういう意味でのネット上での反響の大きさを考えると、今年の紅白歌合戦は去年に比べても「成功」だったと言うことができるでしょう。

ネット配信が前年比1.5倍は「成功」か?

一方で、筆者の視点からは、ワースト記録を更新した視聴率以上に「失敗」と捉えるべきではないかと感じるのが、NHKプラスでの視聴数です。

NHK側のプレスリリースでは、NHKプラス経由での配信視聴が前年比1.5倍で伸びていたことが強調されていたようです。

参考:NHK、紅白視聴率&公式配信の結果を発表 配信視聴UB数は前年比1.5倍の伸び 「視聴習慣の変化が」

1.5倍の伸びというのは、確かにそこだけ聞くと成功ですが、細かい数値をみてみるとその印象は大きく変わります。

実は1.5倍に増えたと言っても、その数値はたった187万なのです。

紅白歌合戦を視聴した人数が5600万人を超えていることを踏まえると、非常に小さな数値と言わざるを得ません。

単純な比較はできませんが、大晦日に配信されたSnow ManのYouTubeライブは、同時視聴が133万人だったのにたいして、アーカイブ動画の視聴数はすでに1300万回と同時視聴者の10倍を超えています。

もちろん紅白歌合戦は、地上波の放送中はほとんどの人は地上波経由で見ますから、NHKプラスで視聴した人が53万人程度というのは理解できます。

しかし、これだけ反響があったコンテンツのアーカイブ視聴が134万というのは実に寂しい結果と言えるでしょう。

視聴者獲得に苦戦するNHKプラス

しかも、NHK側は紅白歌合戦中に、純烈にQRコードの服装で宣伝に協力してもらうなど、なりふりかまわずNHKプラスへの誘導を行い、批判の声も出ていたほど。

参考:「歌手にも失礼」“視聴率過去ワースト紅白”はおばあちゃんたちからも批難轟々! NHKプラスの宣伝に使われた純烈の演出にファンは「新曲をふつうに歌わせてもらえないなんて」

前述のNHKがYouTubeにアップした歌唱のダイジェスト動画の総再生数は5000万を超えていますし、YouTubeやXの投稿からNHKプラスへのリンクは必ずと言って良いほど貼られています。

それにもかかわらず、NHKプラスにおける紅白歌合戦のアーカイブ視聴は、134万視聴しかされていないということになります。

例えば昨年のドラマ「VIVANT」のTVerでの再生数は全10話で5,480万回を超えていることを考えても、TVerであれば500〜1000万回ぐらいは視聴されてそうというのは言いすぎでしょうか。

参考:【TVer】2023年7-9月 番組再生数ランキング1位はTBSテレビ 日曜劇場『VIVANT』に!再生数は5,480万回超

厳しい言い方になりますが、現在のNHKプラスの実績は他のプラットフォームと比べると、「成功」と言うには、ほど遠い水準と言うべきかと思います。

公共放送ならではの縛りとジレンマ

もちろん、YouTubeやTVerのような登録不要で視聴できるプラットフォームと、登録が必須のNHKプラスは性質が全く違います。

しかし、ここにNHKと紅白歌合戦のジレンマが見え隠れすると言えます。

NHKは受信料によって運営される公共放送事業体であると定義されており、放送法の規定の適用をうける法人です。

そのため受信料によって制作した番組を、気軽にYouTubeやTVerなど、受信料を支払っていない人が視聴できてしまう環境にアップしにくい構造にあるわけです。

現時点では、紅白歌合戦は日本を代表する歌番組であり、世界で人気のあるクイーンやNewJeansのようなアーティストが大晦日にわざわざ出演する時間を割く番組とみなされているので、様々なコラボが企画できる存在と言えます。

ただ、地上波の視聴率が長い目で見れば下がる一方にあるのは間違いありません。
当然NHKプラスで地上波の落ち込みをカバーできなければ、紅白歌合戦全体の影響力は下がっていくことになります。

参考:紅白歌合戦は、ネット世代とテレビ世代をつなぐ架け橋になれるか

今後長い目で見ると、アーカイブ視聴の少なさがアキレス腱になる可能性があるわけです。

歴史的なパフォーマンスはYouTubeで視聴可能が当然?

いまや、世界的にはアーティストのパフォーマンス映像は、何らかの形でYouTubeなどのプラットフォームにもアップされるのが一般的になりつつあります。

例えば、今回のYOASOBIのコラボのように、韓国で2年前に話題になったのがMAMA AWARDSという音楽イベントで実施された、NewJeansやLE SSERRAFIMなど5つのガールズグループによるコラボですが、そうした映像も韓国ではYouTubeで後から誰でも視聴できるのが普通になってきています。

昨年、YOASOBIが韓国の音楽番組に出演した様子も、同様にYouTubeで視聴できます。

こうした傾向は米国も同様で、昨年NewJeansが米国のロラパルーザでパフォーマンスした映像は、YouTubeで全編が公開されています。

しかし、紅白歌合戦におけるYOASOBIと様々な日韓のグループとのコラボ動画は、YouTubeやXにダイジェストがアップされただけで、現時点でフルで視聴するにはNHKオンデマンドへの加入が必須になってしまいます。

YouTubeのダイジェスト動画も2週間ほどで削除される見込と言われており、日韓の音楽界の歴史に名を残すはずのコラボが、ほとんどの人が二度と見られない状態になってしまうわけです。

紅白歌合戦にアーティストがライブで出演し続けてくれるか

そう考えると、現時点では海外のアーティストが多数紅白歌合戦に出演してくれていても、将来的には出演してくれなくなる可能性は低くありません。

少なくとも後にファンが視聴可能な動画が残らない形でのライブ出演には、難色を示されるケースが増えていくでしょう。

すでにその現象ははじまっており、例えば昨年の「音楽の日」のNewJeansのパフォーマンスは、出演後にNewJeans側のYouTubeにアーカイブがアップされており、出演の条件となっていたことが想像できます。

今回の紅白歌合戦においても、クイーンとアダム・ランバートが来日でのライブ出演はなく、収録映像を流す形で出演していたように、K-POPのアーティストもライブで紅白歌合戦に出演してくれなくなっていく可能性があるわけです。

これは、なにも海外のアーティストだけの話ではなく、将来的には世界をメインターゲットにする日本のアーティストにおいても同様の現象が起こる可能性があります。

例えば、すでにSKY−HIさんと日テレが企画する「D.U.N.K.」ではライブ映像をYouTubeにアップすることを基本とされています。

また、自らのライブ映像をYouTubeで公開するアーティストは日本でも増えていますし、その映像がテレビ番組で使われるケースも増えています。

象徴的なのは、紅白歌合戦の前日に開催された日本レコード大賞で、紅白のリハーサルを優先した関係か、AdoさんやYOASOBIのパフォーマンスが過去のライブの収録映像が放映される形になっていたケースでしょう。

将来的に紅白歌合戦も、そういう位置づけになる可能性がないわけではないのです。

今年は、YOASOBIの「アイドル」を軸に、日本と韓国のスターが紅白歌合戦に集結するという素晴らしい「成功」をNHKは収めることができました。

ただ、現在のこの地位を紅白歌合戦が維持できるかどうかは、NHKプラスやSNS活用を中心にNHKがデジタル化をどれだけ真剣に進めることができるか、にかかっていると言えるでしょう。

紅白歌合戦の視聴率に対して様々な議論が沸き起こるのは、それだけ番組が注目されている証とも言えます。

NHKが公共放送の責任と、デジタル配信が常識になった世界の音楽業界との間に生じているジレンマを乗り越える方法を見つけられるのかどうか。

次回の紅白歌合戦に注目したいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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