ジャニーズ性加害問題:犯罪心理学者はこう考える
ジャニーズ性加害問題をめぐって
ジャニーズの性加害をめぐっては、多方面からさまざまな記事や論考が出されているものの、いまだ心理学者、特に犯罪心理学者からの論考がないのは、われながら大変責任を感じているとともに、情けないことだと思っている。
特に、大きな事件が起こると、事件の詳細もまだわかっていない時点から、自信たっぷりに事件を分析して見せるのが得意なマスコミ御用達の「専門家」の多くも、この問題に関しては沈黙を貫いているのは不思議なことである。
とはいえ、私もこの問題について、これまで何の発言もしてこなかったことは同じである。何度も記事を書こうと机には向かったものの、その問題の大きさや被害者の心情などに圧倒され、なかなか筆を進めることができなかった。
まったく事件に関係のない私ですらこうなのだから、これまで被害を公に告発してきた被害者の方々の勇気や責任感には、ただただ感嘆するしかない。深い敬意を表したい。
ここで、最初に強調しておきたいのは、この問題は、被害者の1人が発言しているように、おそらくは何十年にもわたって、何百人という規模で性加害、性暴力がなされた可能性のある世界的にも類を見ない「大事件」であるということだ。まずはその重大性をしっかりと認識する必要がある。
事実解明の難しさ
一連の問題をめぐっては、すでに「加害者」とされるジャニー喜多川氏が亡くなっているので、「被害者」側の証言しか得ることができない。また、男性の性被害という、これまで社会的には無視されてきた問題であり、きわめてセンシティブな問題であるだけに、どのように取り扱ってよいかわからないという側面もあるだろう。
とはいえ、ジャニー氏が性加害問題について告発されたのは、これが最初ではなく、よく知られているように、何十年も前から元ジャニーズ事務所のタレントの告発本や、週刊文春の報道などがあった。
特に、週刊文春の報道をめぐっては、裁判となり、東京高裁は2003年、「セクハラに関する記事の重要な部分について真実であることの証明があった」として、「セクハラ」の事実を認定している。その後、ジャニーズ事務所は控訴したが、最高裁で棄却され、この判決が確定している。
今回、ジャニーズ事務所は、重い腰を上げて、「再発防止特別チーム」を立ち上げ、元検事総長で弁護士の林眞琴氏、被害者問題が専門である精神科医の飛鳥井望氏、そして女性の臨床心理学者をメンバーとした。
このチームについては、ジャニーズ事務所側から報酬が支払われることなどを挙げて、中立性が疑われるとの批判の声もある。また、メンバーがわずか3人であることへの懸念の声も聴かれる。しかし、私自身は、このメンバーはこれ以上は望めないくらいの完璧な人選であり、その点は高く評価したいと思っている。
そして、発足時の記者会見において、林氏は「私たちを第三者委員会であると受け取ってもらっても、差支えない」と述べるとともに、「事実があったことを前提として再発防止策を考える」と発言している。
この点は、特に注目に値する発言である。先に述べたように、この問題は一方の当事者がすでに逝去しているのであるから、事実認定が不可能である。もちろん、故人の名誉には十分に配慮する必要があるが、それを前面に出しすぎると、結局「何もわからない」という結論になってしまう。
したがって、「事実があったことを前提にする」以外、現実的に被害者を救済し、再発防止策を検討する方法はないのであろうし、それは以前の事件で裁判所の認定があったという事実を重くとらえてのことであろう。
被害者への配慮
再発防止チームの調査においても、今後のメディアの報道においても、最も慎重な配慮をすべきことは、被害者の人権やプライバシーを守るという点であることは言うまでもない。
林氏が「網羅的に事実を発掘することが目的ではない」と述べたように、被害を受けたかどうか、あるいは被害を受けたとしてその内容がどのようなものだったかなどを語りたくない所属タレントや関係者は多いであろう。
冒頭に何百人規模の被害が推定されると述べたが、それがある程度蓋然性のある推定であったとしても、被害の規模を正確に明らかにする必要はないし、所属タレントや関係者が色眼鏡で見られるようなことがあってはならないのも当然のことである。
しかし、それと同時に、被害を口に出せないが、トラウマやネガティブな被害の記憶を抱えている人に対して、どのような支援やケアが可能であるのか、この点についてどのような対策を講じるのか、これは再発防止チームに課された重要かつ困難な課題であろう。
そして、被害を告白した人々については、二次被害の防止、メンタルケア、さらには補償などの具体的な対策が求められる。被害を告白した元ジャニーズタレントの一人である二本樹顕理さんは、事務所を退所した後も、性被害はトラウマとなって残り、長い間苦しんできたと述べ、「自尊心を破壊されました。あの時抵抗できなかった自分は、何をやってもダメなんだという気持ちになりました」とその心情を吐露している。
一方で、すでに被害者を批判したり揶揄したりする記事があるのも残念ながら事実である。例えば、作家の宝泉薫氏は、『「ジャニー喜多川告発騒動」に見る後出しじゃんけん的「ミートゥー」運動の悲哀』と題した記事のなかで、以下のようなことを述べている。
セクハラなどの被害をSNSやメディアで拡散して告発する「ミートゥー」運動。今回もその流れのひとつといえるが、こういう告発には後出しじゃんけん的な印象もつきまとう。特に大人同士の場合、イヤならその場で拒絶すればよいし、すぐに警察や弁護士に相談することもできる。それをせず、あとから蒸し返すのは本来みっともないことでもあるのだ。
ジャニー騒動の場合は、一方の当事者が少年だったりもするので、状況がやや異なるが、彼が手がけたアイドルたちのなかに彼を悪く言う者はほとんどいない。告発者が圧倒的に少ない以上、大半のケースがある意味ウインウインだったという推測も成り立つわけだ。
今回の告発者たちもそれぞれ、こじらせてしまっているのだろう。スターになっていれば、こういうこともしなくて済んだはずだ。
性暴力の被害者に対して全く無知であり、きわめて醜悪な主張である。それだけでなく、被害者に対する深刻な人権侵害ともとれる発言である。
まず、「イヤならその場で拒絶すればよいし、すぐに警察や弁護士に相談することもできる」と述べているが、それができれば苦労はない。圧倒的な力の差がある場合やマインドコントロールのような状態になっている場合もあるし、被害者は恐怖心でフリーズしてしまうような場合もあり、簡単に拒絶できないのが性加害の実態である。
このような無知ゆえの批判が、最も被害者を苦しめる。被害者自身も拒絶できなかった自分を何度も責めているからだ。
また、被害の記憶が飛んでしまうこともある。これは性被害を受けた者にはめずらしいことではない。そのため、何年も経ってから被害を告白することがあるが、それを「みっともない」などと批判するのは、まさにセカンドレイプである。
さらに、「告発者が圧倒的に少ない以上、大半のケースがある意味ウインウインだったという推測も成り立つわけだ」というに至っては、いやらしい邪推としか言いようがないし、「スターになっていれば、こういうこともしなくて済んだはずだ」などというのは、告白した人々に対して最大限の侮辱である。
ウインウインというのは、「性的なことはされたけれど、それでスターにしてもらったから帳消し」とでも言いたいのだろうが、それは強者の論理であり、加害者側に立ちすぎた見方である。有名にしてもらった恩義はあったとしても、性的搾取をされなければ有名になれないという構造自体がいびつであるし、被害者の立場に付け込んだ加害者側の卑劣さが際立つだけである。
そして何よりも、全部ではないにしても、まだ性的同意年齢にも達していないような子どもを標的にしていたのであれば、どんな事情があったにしろ、100%加害者が悪いことは間違いない。
今回の事件を通しては、性加害の被害者に対する、第三者や社会の側の間違ったとらえ方や偏見を正していく機会にもしなければならないだろう。
ジャニーズ事務所の責任
ジャニー喜多川氏に対して、その責任を問うことができない以上、責任を取る立場にあるのがジャニーズ事務所と現社長である藤島ジェリー景子氏を置いてほかにない。藤島氏は、5月14日に動画と文書で以下のようにコメントを発表した。
当然のことながら問題がなかったとは一切思っておりません。加えて会社としても、私個人としても、そのような行為自体は決して許されることではないと考えております。
知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした。
(週刊文春との裁判で高裁判決が確定したことについて)その詳細については私には一切共有されておらず、恥ずかしながら今回の件が起こり、当時の裁判を担当した顧問弁護士に経緯確認するまで詳細を把握できておりませんでした。
問題を真摯に受け止めているのはわかるが、動画と文書でのコメントにとどめたという点は、きわめて消極的で無責任な印象を拭えない。また、最高裁まで争った裁判があったにもかかわらず、「知らなかった」では通らないだろう。
さらに、裁判で「セクハラ」が認定された後も、ジャニー氏が「合宿所」に所属タレントを寝泊りさせるなどの行動を黙認していたのであれば、その加害行為を放任していたと言われても仕方がない。
現在は再発防止チームの調査が進行中であることを理由に、一切のコメントなどを出していないが、調査が終了し次第、速やかに会見を開いて、自らの責任と再発防止策、そして被害者への補償について明らかにすべきである。
それは小手先の方法にとどまることは許されない。このような大規模な性加害を長年において放置してきた会社が、一連の「激震」が収まるのを待って、今後何食わぬ顔をして存続していくつもりならば、それは絶対にあってはならないことである。
被害者のケア、補償を継続的に行う組織などを発足させた後は、事務所を解体するくらいのことを行わないと、抜本的な再発防止策にはならないだろう。再発防止チームがそこまで踏み込めるのかどうか、その提言に期待したい。