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振り飛車最新トレンド大解剖!叡王戦とコンピュータ選手権で注目の戦法は?

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 5月6日(土)、第8期叡王戦五番勝負第3局が行われ、藤井聡太叡王(20)が挑戦者の菅井竜也八段(31)に165手で勝利し、通算2勝1敗として防衛まであと1勝としました。

 菅井八段は3局連続で三間飛車戦法を採用して、双方が穴熊に組む展開になりました。

 中盤は菅井八段がリードしていましたが、藤井叡王も粘り強い指し回しで決め手を与えずに終盤戦へ。混戦から抜け出したのは藤井叡王で、難解な終盤を競り勝ちました。

 本記事では、叡王戦などプロ公式戦とコンピュータ将棋選手権における「振り飛車の最新トレンド」について解説していきます。

菅井八段の戦略と振り飛車のトレンド

ここまで藤井叡王の2勝1敗。ともに先手番で勝利しています。
ここまで藤井叡王の2勝1敗。ともに先手番で勝利しています。

 振り飛車党の菅井八段は叡王戦五番勝負でここまでの全3局を三間飛車で戦っています。

 第2・3局は穴熊に囲い、2局とも中盤ではリードを奪っていました。

 最近のプロ公式戦における振り飛車では、ここ数年の傾向と変わらず三間飛車が多く採用されています。

 菅井八段も叡王戦で連投しており、信頼性が高い戦法であることが伝わってきます。

 また、穴熊に組むケースが増えているように感じられます。菅井八段も今期叡王戦本戦では、準々決勝、準決勝(千日手局&指し直し局)と穴熊に囲って勝利しています。

 これはプロの公式戦の持ち時間が短縮傾向にあることと関係があるかもしれません。短時間の対局において穴熊は頼りになる囲いだからです。

 他にプロで採用が目立つのは、先手のゴキゲン中飛車です。

 菅井八段は先手番でこのゴキゲン中飛車を採用するケースが多くあります。先手番で迎える第4局でも採用される可能性があります。

 一方でアマチュアの方に人気のある角道を止めた四間飛車や、後手でのゴキゲン中飛車はプロ公式戦での採用数が減っています。勝率的に大きく劣ってはいないものの、プロに敬遠されていることは間違いないようです。

将棋AIの振り飛車のトレンド

 さて、5月3日から5日まで、第33回世界コンピュータ将棋選手権が開催されました。

 皆様もご存知の通り、強い将棋AIは人間を遥かに超える実力を持っています。

 この大会での振り飛車の採用率について見てみましょう。

第33回世界コンピュータ将棋選手権における戦型分析。左から採用数、採用率、先手番の勝率
第33回世界コンピュータ将棋選手権における戦型分析。左から採用数、採用率、先手番の勝率

 全体的に見ると、振り飛車は約23%の採用率でした。戦型別に見ると、四間飛車が一番多く、三間飛車と角交換振り飛車がそれに続いています。

 二次予選では、採用率が17%とまずまずでしたが、8つのソフトによる決勝リーグでは、振り飛車が1局も採用されないという結果になりました。

 将棋AIは、振り飛車に対して評価が厳しいことで知られています。

 そのため優勝を目指すような将棋ソフトは振り飛車を採用しない傾向にあります。

 しかし、振り飛車で強豪ソフトに勝つことを目指しているソフトも一定数存在しています。このようなソフトが強豪ソフトと対戦した結果を、筆者は分析しました。

 それによると、

  1. 三間飛車(角道を止めた)はほぼ互角
  2. 四間飛車(角道を止めた)はほぼ全敗
  3. 角交換振り飛車は(玉側の)端の位をとっていれば互角

 この3つの傾向が読み取れました。

 三間飛車の健闘は、プロの傾向と同じであることが分かりました。筆者も将棋AIで研究していると、三間飛車は振り飛車の中でも評価値が悪くないと感じています。

 一方、四間飛車の成績不振には驚かされました。

 また、三間飛車や四間飛車に限らず、振り飛車側が穴熊に組んだ将棋は1局もありませんでした。

 角交換振り飛車について、端に重要なポイントがあるかもしれません。玉側の端の位をとっていると勝率はほぼ五分なのですが、端を突き合う形では居飛車が全勝でした。

 角交換振り飛車では、こんな自由な指し方で勝ったソフトも存在します。

 後手のソフトは決勝リーグに進出した強豪ソフトです。

第33回世界コンピュータ将棋選手権二次予選4回戦 ▲Daigorilla-△東横将棋 19手目▲6六金まで
第33回世界コンピュータ将棋選手権二次予選4回戦 ▲Daigorilla-△東横将棋 19手目▲6六金まで

 端の位をとり、金を盛り上がっていく、なんとも独創的な序盤戦です。

 強豪相手に対してこのような形で勝利したことは、将棋にさまざまな可能性があることを実感させられました。

振り飛車の今後

 近年、将棋AIが振り飛車に対して厳しい評価をする傾向がありますが、筆者は一つ疑問を抱いています。それは、「振り飛車」という言葉が広すぎることです。

 「振り飛車」といっても、角道を止めるかどうか、囲いの形は何か、端の歩の関係はどうかなど、多種多様なバリエーションがあります。そのため、「振り飛車」に一括りで評価を下すことは公平ではないと考えます。

 筆者は「振り飛車」の中にも、良い振り飛車と悪い振り飛車があると考えています。現時点でどの振り飛車が良いのか悪いのかは分かりませんが、プロの公式戦や将棋AIの大会の傾向がヒントになると思います。

 現在行われている叡王戦五番勝負を見ていれば、振り飛車党のエースである菅井八段の考え方が分かります。

 菅井八段が藤井叡王を倒すために用いる振り飛車はどのようなものでしょうか。

 叡王戦五番勝負第4局は5月28日(日)に行われます。

 ぜひそんな視点からもファンの方は観戦してみてください。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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