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GPファイナルに波乱、アダムが棄権し、史上初の「3A+4回転」ジャンパーが進出、鍵山の戦略は

野口美恵スポーツライター
フリーの演技をする鍵山(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

日本史上最多の16名が出場するGPファイナル・ジュニアGPファイナルが、12月5〜8日、フランスアルプスの街グルノーブルで開催される。男子シニアは、表彰台候補だったアダム・シャオ・イム・ファ(フランス)が怪我で棄権し、波乱の展開に。プレ五輪シーズンのGPファイナルという、五輪につながる大きなチャンスを、各選手がどのように挑んでいくのか、展望する。

男子は、300点超えの鍵山とマリニンが対決

男子は、GPシリーズ6戦で300点超えを果たしたのは、イリア・マリニン(19)と、鍵山優真(21)の2人のみ。戦略もスケーターとしての特性もまったく違う2人が切磋琢磨することで、今の男子スケート界の天井をどんどん押し上げている。

マリニンは、GPの1戦目スケートアメリカ、2戦目スケートカナダを連覇し、一番にファイナル進出を決めた。シーズン序盤の10月だったためか、まだ4回転アクセルは入れておらず、フリーは4回転5本の構成。彼のMAXの力はまだ発揮していない。ただし、ショートで高得点の4回転ルッツと4回転フリップを入れており、これを決めて首位発進していきたい、という作戦だ。

スケートアメリカでは、ショート、フリーともにミスがありながらも、290.12点での優勝。スケートカナダでは、ショートで106.22点、フリーも5本のうち4本の4回転を決めると、総合301.82点で、今季2度目の300点超えをマークした。

マリニンの場合は、ジャンプは4回転6種類を習得していることもあり、今季は演技面が新たな挑戦。フリーでは、マリニンのロシア語がラズベリーであることから名付けた技“ラズベリーツイスト”だけでなく、解禁になったバックフリップも入れる、アクティブな振り付け。「I’m Not A Vampire」の曲に乗り、個性的な表現を見せてくれる。

GPファイナル進出を決めるとこう話した。

「スケートアメリカはとても緊張してしまいましたが、今回はマインドセットを変えてリラックスして滑りました。ジャンプの前半と後半の間に休憩がないので、このプログラムはとても大変です。僕のライバルは僕。プログラムの最初から最後まで集中して、自分と戦うことです。グランプリファイナルに向けては、フリーのジャンプの難度を上げていきたいと思います」

フリーの演技をするマリニン
フリーの演技をするマリニン写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

ジャンプ力では独走状態のマリニンに、どう迫るかがシニア男子共通の課題。その中で、スケーティング力を持ち味にした戦略で挑むのが、鍵山だ。マリニンがジャンプの基礎点で稼ぐなら、鍵山は演技構成点(PCS)と技の出来栄え(GOE)を上げていく作戦。特に今季は、多彩な表現面を身につけることに挑んでいる。フリーは、フラメンコ系のプログラム「Ameksa」では「初めてフラメンコに挑戦するので、陸トレでも鏡を見ながらポーズをとったり、手先指先まで意識しています」と鍵山。

NHK杯ではショートで105.70点の高得点をマークし、フリーはミスがありながらも194.39点。合計300.09点で、300点を超えた。フリー冒頭の4回転フリップで転倒していることを考えると、伸びしろが大きく、今季のさらなる成長を予感させる戦いだった。

ところがフィンランディア杯は、予想外の展開となった。ショートはパーフェクト演技だったが、フリーは4つのミスが出て159.12点に。総合点で首位は守ったものの、NHK杯とは別人のような演技だった。

翌日には「自分の演技よりも、余計なことを考えてしまいました。気持ちの弱さが出てしまいました。GPファイナルでは、もっといいジャンプを跳んで、ステップもより良いものにして、少しでも理想に近づきたい」と鍵山。

細微な感覚のズレも許されない高難度ジャンプを詰め込んでいることもあり、小さな心のブレでミスが連鎖してしまうもの。いずれにしてもGPファイナルに向けて、さらに飛躍するためのチャンスになったことだろう。

ショートの演技をする佐藤
ショートの演技をする佐藤写真:西村尚己/アフロスポーツ

佐藤は4回転ルッツとフリップの両立へ

この2強に食い込む勢いを見せているのが、佐藤駿(20)だ。今季は、フリーで4回転ルッツとフリップの2つを入れることに取り組んでいる。高得点のルッツとフリップの2種類を同時に入れている日本男子は佐藤だけ。ジャンプ能力では、マリニンが「駿のジャンプは僕に似ている」というくらい、回転速度の速さや、飛躍の軽やかさにセンスがある。

ジャンプ好調の背景にあるのは、もともと得意だった4回転ルッツの成功率が、一気に上がったこと。むしろ4回転トウループは、力いっぱい回転させると回りすぎてしまうため、力加減をしているという。「4回転フリップも入れるようになったことで気持ちがそちらに集中していて、4回転ルッツを跳ぶ時は何も考えずに跳べていることが、かえって成功率につながっているのかも」と佐藤。

また昨季から、北京五輪アイスダンス金メダルのギヨーム・シゼロンに振り付けを依頼し、その際に、モントリオールで基礎スケーティングも含めた指導を受けている。昨季の時点でもスケーティングの粘り強さに変化は見えていたが、今季になって、その基礎力がジャンプの安定に繋がってきたと考えられる。

またシゼロンによる、クラシックバレエの要素を取り入れた、耽美なプログラムにも注目したい。ショートは「ラヴェンダーの咲く庭で」で、美しいオーケストラをバックに、叙情的なスケーティングを披露する。

フリーの「Nostos」は、美しいピアノ曲。柔らかい膝の使い方や、細やかな手先足先の使い方に、アイスダンサーから基礎を習った成果を感じさせる。静寂に溶け込むようなスケーティングと、それを突き破るような4回転ジャンプが対比的で、時を忘れさせるプログラムだ。

「難しい曲ではあるけれど、1つ1つの音をしっかり聞きながら、僕が音を操るくらいの気持ちで演じたら、すごく良いプログラムになる」と手応えを感じている。佐藤の覚醒に期待したい。

カザフスタン出身のシャイドロフ
カザフスタン出身のシャイドロフ写真:ロイター/アフロ

アダムが棄権、「トリプルアクセル+4回転トウループ」のミハイルが出場

開催国であるフランスからは、アダム・シャオ・イム・ファ(23)がGPファイナルに進出していたが、足首の怪我のために辞退。来季の五輪ではメダル候補でもあるため、まずは治療に専念するという。

繰り上がりで出場するのは、カザフスタンのミハイル・シャイドロフ(20)。フランス杯のフリーで、史上初となる「トリプルアクセル+4回転トウループ」を成功させ、話題になった。4回転ルッツと4回転フリップも習得しており、ジャンプ力は世界トップクラスといえる。

カザフスタンの首都アルマトイ出身で、現在はロシアのソチを拠点にアレクセイ・ウルマノフの指導を受けている。羽生結弦に憧れ、彼を理想として練習を積んできたというスケーターだ。今季急成長中で、これから演技構成点が伸びてくれば、表彰台メンバーをおびやかす存在にもなる。まずは世界初の「トリプルアクセル+4回転トウループ」を大舞台で再び決める事ができるのか、注目したい。

フリーの演技をするエイモズ
フリーの演技をするエイモズ写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

個性派のケヴィンと、ジャンプのグラッスル

同じくフランスのケヴィン・エイモズ(27)は今季絶好調で、4回転はトウループ1種類ながら、芸術的な演技で観客を魅了する。柔軟な身体を生かした個性的なポージングや、膝の柔らかさをいかしたアップダウンのある演技など、見どころが満載。特にコレオシークエンスでのスライディングムーブメントは必見だ。

スケートアメリカでは、フリーで4回転2本を含むジャンプをパーフェクトで降りると、美しさと強さの共存する、類まれなるプログラムを披露。演技構成点(PCS)は9.04~9.36と高得点をマークすると、フリーは僅差でマリニンを抜いた。4回転2本でも、4回転5本構成のジャンパーに勝てることを示し、スケート界に衝撃を与えた。

イタリアのダニエル・グラッスル(22)は、4回転ルッツを跳ぶジャンパー。23年の欧州選手権、世界選手権の時期に、ロシアのエテリ・トゥトベリーゼコーチから指導を受け、短期間ではあったが4回転の技術を確立させた。ドーピング規程違反があり昨季は出場できなかったが、今季は4回転の技術を駆使し、安定した成績を出している。来季は母国開催の五輪があり、このGPファイナルで力をアピールしておきたい。

それぞれ個性もジャンプ構成も違う6人が出場するGPファイナル。来季の五輪にも繋がる勝負を、固唾をのんで見守りたい。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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