GPファイナルの裏側に密着!りくりゅうは「壊したら罰金!?」リンクの壁にLED広告
フランス・グルノーブルで開催されたGPファイナル(12月5-8日)。今回は、フィギュアスケート大会としては初めて、リンクの壁にLEDを導入するなど、新たな試みに注目が集まった。冬季五輪を来季に控え、イベント運営の刷新に取り組んでいる国際スケート連盟は、メディア向けにバックステージツアーを開催。その様子をレポートする。
* * *
「今回のGPファイナルは、ユニークな決勝です。2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪、2030年フランス五輪を控え、新たなアップグレードに挑戦している舞台裏をお見せしたいと思います」
と大会マネージャーのウィランド・ルダース氏。普段は公開されない、選手通路や、キス&クライ、整氷車エリア、ジャッジ席などをめぐるツアーが企画された。
フィギュアスケート初となるリンク内のLEDビジョン
今大会の一番の目玉は、新たに導入されたLEDビジョンだ。すでにサッカーやテニス、バレーボールなどプロスポーツでは広く導入。アナログ看板に比べて、多彩な広告や、エンターテインメントを提供できる。
「LEDを設置したのは3つ。リンクの壁と選手の入場門、そしてキス&クライの背景です。LEDは私たちに様々なチャンスを与えてくれます。まず新しいテクノロジーを駆使した映像や画像で、イベントを盛り上げることができます。またコマーシャルパートナーにとっても、様々な形でのアピールが可能になります。そしてアスリート一人ひとりのオーダーメイドが可能になり、選手紹介など深い情報提供ができます」(ルダース氏)
スケートリンクの壁への導入は初めてのため、いくつかの工夫が必要だった。
「コーナーをカーブ状にしたり、選手や整氷車の出入り口では特別な仕様にしたりするなど、工夫をこらしたオーダーメイドが必要でした」(ルダース氏)
リンク内壁にLEDビジョンを取り付けると、約25cmの厚みがあるため、通常のリンクよりも全体としては約50cm狭くなる。今回は欧州のフルサイズリンク(30m×60m)のため、幅50cm狭くなっても国際大会の基準から外れることはなかった。選手たちも、狭さはさほど感じていなかったようで、木原龍一はこう話す。
「ちょっとは狭く感じましたが、問題はないです。すごく工夫されていて、盛り上げてくださっているな、というのを選手たちは感じていました」
一方で、LEDの表面は丸みを帯びたシェーダーになっており、尖ってはいないが凸凹はある。ISUのメディカルチームがチェックして承認したというが、木原はこう語る。
「怪我の面で怖かったというのはあります。ゴツゴツしているのでスピードを出して通過すると怪我しそうだなという印象はありました。あとスロージャンプで壁にぶつかって、壊したら罰金なのかな、賞金から引かれるのかなと思ってました(笑)」
実際には、三浦璃来がこすった時に少し指を切ったが「全然、大丈夫」とのこと。ペア競技は壁際を利用した演技が多いため、彼女らの意見を聞くことも必要だろう。またLED看板は保険に加入しており、もし壊したとしても選手に弁償義務はないという。
「さらに、選手がくぐるLEDのアーチは、今大会で初めて導入されました。フランスなので、パリの凱旋門に見立てています。通常、選手はリンクサイドでウォーミングアップの待機をしますが、今回は選手通路で待ち、そして名前を呼ばれると“LEDの凱旋門”をアドレナリンに満ちた表情でくぐり、その表情をテレビカメラが追います」(ルダース氏)
『3,2,1』のカウントダウンと共に選手は凱旋門をくぐりリンクに登場。リンク内のLEDに名前が表示される。
またキス&クライの背景も、通常は風景写真やスポンサーボードが置かれるが、LED仕様に。選手名のほか、公式SNSのアカウントなどが表示された。将来的には、技術要素や、行った演技の内容などの情報を掲示する、というアイデアもあるという。
ジュニアGPファイナル3連覇を果たした島田麻央はこう話す。
「こういった入場は初めてで、とても盛り上がり、選手の間でも話題になりました。キス&クライが高いところにあって、観客席全体が見えるというのも新鮮でした」
ボストンの世界選手権でのLED導入は、検討中。リンクを狭くしないためにどのメーカーの機器を取り入れるか、安全面で問題ないか、などを協議していくという。
「スロー再生を見ることで、より正確なジャッジが可能に」
次に案内されたのはジャッジ席。こちらでは2004年から導入された新採点方式によるジャッジが、どのように行われているのか、実際のパネル画面を見ながら説明があった。
「審判団は、9人のジャッジと、1人のレフェリー、4人のテクニカルパネルで構成されます」
試合中は、ジャンプやスピンなどの技術要素が行われると、テクニカルパネルが「この技は何」というコールをする。その技名がジャッジのパネルに表示され、ジャッジは「−5〜+5」の加減点をつける。演技が終わったあと、ジャッジは3つの演技構成点を10点満点でつける。
「必要があれば、演技が終わったあとに審判団は技のビデオを見返すこともできます。スロー再生も導入され、より正確なエッジや回転不足の判断を行えるようになりました」
ただし、スロー再生を見たとしても判断するのは人間の目。6.0満点の旧採点時代に比べるとはるかに客観的な採点がなされているが、今後はAIによる技術判定など、より進化した採点も検討されていくことだろう。
平昌、北京五輪も担当したアイスマスター「氷の最適温度は−3.5度」
最後に、整氷車の前に案内され、アイスマスターと呼ばれる整氷担当のレミー・ベーラー氏から説明があった。ベーラー氏は、平昌、北京五輪でもアイスマスターを担当しており、次のミラノ・コルティナダンベペッツォ五輪も担当するという。
「まずコンクリートの上をグレーに塗装し、一枚目の厚い氷を張ります。その上に、イベントのロゴを描いてから厚さ2cmの氷を張り、氷の厚さは合計で5cm以上にしています。スケート競技において最も重要なのは氷の温度。特にフィギュアスケートの場合は冷たすぎないことが大切です。冷たすぎて硬くなると、ジャンプを跳ぶためにトウを突いた時や着氷した時に、氷に亀裂が入り、転倒してしまいます」
フィギュアスケートに最適な氷の温度はマイナス3〜4度。「大会では−3.5度に保ちます」とベーラー氏。マイナス5度未満では、スケーターにとって危険な氷になるという。氷の中にはセンサーが埋め込まれており、ベーラー氏のスマートフォンの画面に温度がリアルタイムに表示され、常に管理している。
「また、なめらかな滑りやすい氷を作るために必要なのは、良質な水。さらに良い整氷車、そしてドライバーです」(ベーラー氏)
水は、Ph値やTDS(総溶解固形物)を測定し、フィルターを使って不純物を取り除く処理を行っている。また整氷車は、最新鋭のイタリア製を使用。整氷車で氷面の大きな凸凹を削ったあと、55度の温水を流して氷を溶かすことで細かい凸凹を埋めて平らにする。その後温度調整をすることで再び凍らせる、という作業を行う。
今回のリンクは、どの選手も「ツルツルで、よく滑る」と話していた。一方で、温水がすぐには固まらないため、濡れていて柔らかいと感じた選手もいたようだ。坂本花織は試合前、こう話していた。
「そんなに力を使わなくても、すごく滑るリンクです。ただトウ系のジャンプがあまり弾き返さない感覚なので、あまり力まずに跳んだ方がうまくいく感じ。初日はジャンプが低いと言われましたが、その後の練習で感覚がつかめてきました」
どのリンクにも硬さに差はあるもの。公式練習の期間でいかに合わせていくかは選手の技能になるのだろう。
すべてのツアーを案内し、「私たちは今後、イベント発信、ファンとの交流、スター選手の育成に力を入れていくため、さまざまな取組を行っていきます」とルダース氏。プロスポーツのエンターテインメント化が進んでいるのに対し、アマチュアスポーツであるフィギュアスケートは、イベントとしての発展の余地は大きい。過度な演出による選手への負担も考慮しつつ、試合のエンターテインメント化によって競技を発展させていくことは必要だろう。スケート界の今後の取り組みに注目していきたい。