スイス国民投票で戦闘機の購入を賛成50.15%の僅差で可決
9月27日に行われたスイス国民投票で、戦闘機40機60億フラン(諸経費込み約6600億円)の購入予算が賛成50.15%という非常に僅かな差で過半数を超えて可決されました。
Resultate der Volksabstimmung vom 27. September 2020(スイス連邦評議会より投票結果)
これは老朽化したF-5EタイガーⅡ戦闘機を更新するもので、次期戦闘機の機種は未定のまま購入予算のみ是非が問われました。なおスイス空軍の戦闘機購入の是非はこれで3回の国民投票に掛けられています。
- 1993年 F/A-18ホーネット戦闘機34機 賛成57.19%で購入可決
- 2014年 JAS39グリペン戦闘機22機 反対53.41%で購入否決
- 2020年 戦闘機40機(機種未定) 賛成50.15%で購入可決
スイスは2014年の国民投票でスウェーデン製サーブJAS39グリペン戦闘機22機31億フランの購入計画を否決しています。しかし否決された後もF-5E戦闘機の退役は更に進み、F/A-18C戦闘機の退役時期も近付いてきたので、スイス政府は購入数を増やした上で議会に戦闘機購入計画を再度提出し、これを阻止したいスイス社会民主党は国民投票に持ち込んでいました。
安いグリペン戦闘機を買えなくなったスイス
やり直しとなったスイス次期戦闘機選定で、サーブ社は再びグリペンを提案しました。グリペンはマッハ2級の西側ジェット戦闘機の中では一番安い戦闘機です。これより安いとなると練習機/軽攻撃機のような対空戦闘能力の低い機種になりますし、政治的にスイスはロシア製や中国製の戦闘機は買えないので(スイス政府は国民にこのことを丁寧に説明)、選択肢の中では最も安くて手堅い案でした。ところが2019年にスイス空軍は次期戦闘機選定のためのパイエルヌ基地でのテスト飛行でグリペンの参加を拒否、ここでサーブは撤退してしまいます。
理由は提案されていた最新モデルのグリペンE型が「2019年時点で運用準備が整った戦闘機をテスト飛行の対象とする」というスイス空軍の計画に合致しないと見做されたからです。
しかし一方でグリペンEはブラジル空軍に採用され既に2020年9月から納入が始まっています。スイス空軍の希望する納入時期2025年に間に合わない筈はなく、スイス連邦防衛調達局がグリペンを拒否する必然性は無かったようにも思えるので、意図的に排除したかったのかもしれません。ですが、当時のスイス政府関係者は奇妙な反応を示しています。
排除する気だったのなら驚く必要が無い、ということはスイス政府とスイス軍の意向が違う可能性があります。あるいはスイス政府は大型のオフセット契約を望んでいるため(高額の戦闘機を購入する代わりにスイスの生産品などを相手国に買ってもらう契約)、スウェーデン側を揺さ振る交渉戦術として無茶なことを吹っ掛けてみたら、サーブが2回もグリペンをコケにされたことを怒って即座に撤退してしまい思惑が外れてしまったのかもしれません。
真相は不明です。しかし結果としてスイス次期戦闘機として大本命だったグリペンは消えました。理不尽な排除にサーブは怒っているでしょう。そして一番安いグリペンが選べなくなった以上、残る候補のどれを選んでも高く付きます。こうしてスイス空軍はグリペンよりも高価で強力な戦闘機を手にすることに成功しました。
グリペンが排除された後に残った候補の戦闘機は以下の4機種です。
- ラファール 仏ダッソー社
- ユーロファイター/タイフーン 欧州エアバス社
- F/A-18Eスーパーホーネット 米ボーイング社
- F-35Aライトニング2 米ロッキード・マーティン社
前回の選定の候補と比べるとグリペンが消えた代わりにF-35が入っています。これは本気でF-35が欲しいのか、あるいは他の戦闘機を購入する際のオフセット契約の条件を吊り上げる交渉材料としての当て馬なのかもしれません。
スイスは武装中立が国是ですが、今や国の周囲は全てEU加盟国で囲まれています。多数の国が乱立し戦争が絶えなかった時代の欧州とは状況が変化しているので、戦闘機どころか軍隊の存在意義が疑われ、武装中立政策の是非を問われる状況で、高価な高性能戦闘機は必要なのかという問いがスイス国民投票で過去3回行われました。
3回中1回否決され、その1回の否決の結果として安い戦闘機が選べなくなり、より高価な戦闘機を買う羽目になっています。
結果だけを見ればスイス国民投票で戦闘機購入の是非を問うたのは失敗でした。しかしそれはイギリスが国民投票でEU離脱を決めてしまったように、必ずしも上手くいくわけではない直接民主制での必要なコストの支払いであるとも見做せます。またスイスが安い戦闘機を選べなくなったのは国民の意思というよりは、スイス軍あるいはスイス政府の交渉による責任が大きいと言えるでしょう。