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「民主主義」という政治制度から考えるトランプ大統領の可能性

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー
トランプ氏の米大統領就任に関して不安が広がる(写真:REX FEATURES/アフロ)

ドナルド・トランプ氏は、メディア等の大方の予想に反して、先日の米大統領選に勝利し、次期大統領に就任することになった。

トランプ氏は、これまで浮き沈みのある人生を送ったが、ビジネスにおいて成功を収め、不動産王として巨万の時を築いてきた。また特にこれまでの選挙戦における奔放かつ激しく過激な発言などから、暴言王といわれることもある。だがこれまで政治経験や行政経験は皆無である(つまり政治の街ワシントンでの経験はほぼゼロといえる)。あるといえば、今回の大統領選に関わる党の予備選および本選での政治経験だけである。

そのような事実を受けて、トランプ氏は、大統領職を遂行できないのではなどというさまざまな意見も生まれている。またトランプ次期大統領は、早速政権移行チームを発足させ、政権づくりに取り掛かっているが、同チーム内の不協和音や混乱ななども報道では流れはじめている。

そのようなことも含めて、トランプ氏が今後どのような大統領になり、大統領として成功を収められるのかどうかは全くの未知数といっていい。だが、私たちが、思い出すべきことがある。

それは、「民主主義(より正確には、民主制度)」は、英語で”Democracy”であるが、その言葉の語源に辿れば、それは”rule by people“、つまり「人々(国民)により支配(統治)」を意味する。そこでいう、人々(国民)は、政治や政策のプロを意味しているわけではないということである。つまり、極端ないい方をすると、民主主義は、素人によって社会・国を統治するといことである。それは別のいい方をすれば、素人が政治のリーダーになっても、社会・国が運営・統治できるような仕組みになっている(あるいはそうなっているべきである)ということを意味するということができる。

そのことをより具体的にいえば、民主主義国である米国の場合、たとえば、新しい人物が大統領になり、新政権をつくる際には、数千人レベルの人材を行政に送り込み、自身を政治的・政策的にサポートしてくれる体制を構築することが可能になっている。このことは、別のいい方をすれば、大統領個人の人格や姿勢はもちろん重要であるが、米国の大統領はあくまでチームであるので、政権運営を考える上では、そのチーム全体の陣容や性格を把握することが、より重要なのである。

また先述したように、米国の大統領選は、1年半ぐらいのセレクションのプロセスがあり、そのプロセスの中で、候補者は磨かれ、成長し、それができなかった者は当然に脱落していく。だから、たとえ政治の未経験とはいえ、大統領に就任するころには、その人材はされなりに様々な政治や政策に関する経験を強制的に体験していることになる。さらに、大統領選から大統領就任までに約3ケ月ほどの準備期間(その期間が十分かどうかという議論は当然あるが)も存在している。

個々の議員に関しても、同様に素人が議員になっていけるいくつかの仕組みがある。たとえば、新人議員は、議員就任前や後に、連邦議会の補佐機関による議員研修やシンクタンクによる議員セミナーなどが開催される。また議員が自分の政治・政策活動や事務所の運営をしていく上でのノウハウなどをサポートしてくれる組織まであるのだ。しかも、上院と下院で違いがあるが、各議員には、ある程度の数以上の政策スタッフなどがついて、政治や政策的にサポートされるようになっているのだ。

このようなさまざまな仕組みやインフラなどが整備されていることで、ある意味で「素人」でも、議員なり大統領などの公人や政治的代表者として、活躍できるようになっているのだ。

この米国のことからもわかるように、民主主義とは、選挙で自分の代表者である議員を選ぶことができるということだけではなく、選ばれる者がたとえ政治や政策のプロではなくても、それなりに機能するようになっているべきものなのである(だからといって、米国の仕組みが十分にしているわけではないということは申すまでもない。民主主義のいう政治制度じたい、絶えず未完で、絶えず更新していかない回らない仕組みなのだ)。

このような観点で見た場合、日本の国会などは、そのような議員が素人でも機能するような仕組みにはなっていないといえる。それは別言すれば、日本では言葉としての「民主主義」はあっても、それを実体化させるインフラや制度が整っていないことを意味するのである。

それに比べて、米国ではそれらが整っていることを意味するのである。

このように考えていくと、トランプ氏が、政治や政策における素人であるという議論は、意味がないとは言わないが、実は本質的なものではない。そして、より重要なことは、政治・政策の素人のトランプ氏は就任することで、米国の民主主義がうまく機能するかどうかを注視していく中で、民主主義がどのように有効に機能させられるのか、また機能させられないかを学ぶべきなのである。その視点は、トランプ大統領の個々の政策以上に、むしろそれ以上に、グローバル経済の中で混迷する民主主義のあり方を問うという意味で重要なことであると考える。そしてその視点と問いは、形式的な民主主義しかもたず、戦後ながらく民主主義を必ずしも実体化させてこようとしてこなかった日本にとって重要な知見を与えてくれるはずだ。

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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