変幻自在の崩しと圧巻の6ゴールで皇后杯4強進出。“世界基準”に挑むベレーザを止めるチームは現れるか
【快勝で4強進出】
圧巻のゴールショーだった。
12月22日に行われた皇后杯準々決勝。
昨年王者の日テレ・ベレーザ(ベレーザ)はマイナビベガルタ仙台レディース(仙台)と敵地で対戦し、6-0で完勝。29日の準決勝にコマを進めている。
この試合を含めて同日行われた4試合のうち、他の3試合はいずれも1点差の接戦で決着がついた。それだけに、ベレーザの攻撃力は際立っていた。
仙台は今季のリーグ戦ではベレーザに0-2と0-3で敗れている。その経験もあり「引いて守ってもやられる」と、仙台の千葉泰伸監督は積極的にボールを奪いに行くことを選択。前からプレッシャーをかけに行く狙いを見せた。だが、フタを開けてみれば多くの場面で数的不利を強いられることとなり、数的優位の状況も個で突破される場面が目立った。
そんな中で、ベレーザの6ゴールは全て流れの中から生まれた。シュートに持ち込むプロセスはいずれも美しく、守備側にとっては為す術がないと思えるゴールばかりだった。
今季のベレーザは、リーグ戦とリーグ杯の2冠を達成。剛柔を兼ね備えたサッカーは、進化のスピードをさらに加速させているように見える。
【新たなポジションにもすぐにフィット】
誰が交代で入っても大崩れせず、試合中にポジションが入れ替わっても、連係の中でその選手の良さを引き出せる。それも、今のベレーザの強さだ。
その理由の一つに、プレーモデルが確立されていることがある。基本形は4-1-4-1。その中で、取るべきポジションを含めた土台があり、誰が入っても迷うことがない。加えて、パスのズレなど多少の“誤差”は個人技でカバーできる。
この仙台戦で新境地を切り開いたのがMF宮川麻都だ。本職はサイドバックだが、アンカーのポジションでレギュラーを務めてきたMF三浦成美が負傷明けでベンチスタートとなったこともあり、宮川が同ポジションで先発。後半に入ると選手交代に伴って一列前のインサイドハーフに移り、最終的には左サイドバックに移った。アンカーもインサイドハーフも、宮川にとっては初めてのポジションだったが、試合後には生き生きとした表情でこんな風に振り返っている。
「サイドバックと違ってアンカーは360度を見なければいけないし、攻撃にも積極的に絡むので全然違うな、と思います。インサイド(ハーフ)は練習でもやったことがないポジションでしたが、(同じインサイドハーフに入っていた長谷川)唯さんが『適当に動いてね』と言ってくれて。周りの選手がみんな上手くて、声をかけてくれるのでやりやすかったし、たくさん攻撃参加できて楽しかったです」(宮川)
71分にはゴール前で長谷川とのワンツーから狭いスペースを崩しきり、最後は「コースも狙わず、振り抜いた」という豪快な右足のシュートで4点目を記録。“予告なし”のインサイドハーフ抜擢にも理想的な回答で応えた宮川に対し、永田雅人監督も目を細めていた。
「新しいポジショニングや技術を自分の力で得ながら試合を進めていっているな、と楽しく見ていました。彼女はセンターバックも含めて、どのポジションでもできる。ただ、うちのサイドバックでは同じように、有吉(佐織)や清水(梨紗)も(複数のポジションでプレー)できると思います」(永田監督)
サイドバックが大外だけでなく、中央からも攻撃参加する形は、今シーズンのベレーザの特徴でもある。宮川がアンカーやインサイドハーフのポジションですぐにフィットできたのは、その新たな攻撃の形の中でプレーの幅を広げてきた結果とも言えるだろう。
ゲームメイクにおいては長谷川が別格の存在感を見せていた。緩急が効いたドリブルでスペースを作り出し、長短自在のパスで攻撃を組み立てる。
スキルの高さは今さら言うまでもないが、今シーズンのベレーザでは、元々持っていた膨大な引き出しをより効果的に活かせるようになった印象がある。単に「プレーが進化している」というよりも、潜在的な能力を引き出され、自由を得て伸び伸びとサッカーを楽しんでいる感じだ。インサイドハーフというポジション柄、球際でも相当なプレッシャーを受けているが、相手をヒラリとかわして逆を取るプレーには華があり、見ていて楽しい。
また、この試合ではFW陣の決定力の高さも印象的だった。その理由は、試合が始まる前のピッチ内練習からも感じられた。
FW田中美南、MF籾木結花、FW植木理子、FW宮澤ひなた。それぞれが異なる角度から異なる形でシュートを打つが、強烈なシュートが、ポストぎりぎりの際どいコースにバシバシ飛ぶ。パスを受けた瞬間からシュートに至るまでのイメージの作り方が具体的で、同じ形を何度も繰り返し、体に染み込ませているのが分かる。
そういった細かい意識の積み重ねが、重要な場面で表れる。中央でボールを受けた田中が相手を抜ききらずに左上に決めた2点目や、植木が体勢を崩しながらノールックで左隅のコースをついた5点目は、その成果を感じさせるゴールだった。
【「進化」は次の段階へ】
この試合で、ベレーザは前半、シュートを5本(1点)に抑えられたが、後半は一転、12本のシュートを打ち、5点を決めた。その変化のきっかけは心理的な面にあったと永田監督は指摘する。
「たとえば2対2の状況で、いい構え(守備)をしている相手にボールを回しても、目の前に相手がいる状況は変わらない。ただ、2対2を破るのはリスクがあるし、取られたらカウンターや失点につながります。そこで、“行く(仕掛ける)”と“行かない”のバランスを、5:5から6:4とか7:3に増やしていく心理的なバランスが大切で、狭いスペースでも”いける“と感じる比率を増やしていきたい。『自分たちは狭い場所を割っていけることが特徴だから』ということをハーフタイムに確認して、後半はそのバランスが強気な方に入ったから(後半に点が多く入る)こういう展開になったのかな、と思います」
リーグ戦とは違い、皇后杯は負けたら終わりの一発勝負。それだけに、あらゆる状況を想定してトレーニングを重ねてきたという。一方で、リーグ戦から継続されているテーマもあった。
「試合の中で相手が引いて中央を固めるような陣形を“取らせた”中で、『そういう強度の相手に対してもっと中央を割っていきたい』と、いつも伝えています」(永田監督)
今季のベレーザは試合ごとにテーマを設定し、それをクリアしながら勝利を重ねてきた。ボールを動かすことで相手を動かし、時には難しい状況をあえて自分たちで作り出しながらそれをクリアしていくーー。結果から逆算すれば非効率的とも言えるが、その目的は目先の勝利ではない。
シンプルに言えば「個の進化(強化)」と言えるだろうか。
2対2や3対3の状況など、時間と空間が限られた中で相手を崩すためにはスペースの作り方を工夫しなければならず、1対1を制する力も不可欠だ。
また、ベレーザには代表選手が多く、相手の強度は国内と海外では異なる。国際大会ではリーチの長さやアプローチの間合いなど、国内の感覚が通用しない場面も多い。そういった状況では、個々の引き出しや調整力がものを言う。
個がパワーアップすれば、組織はより進化する。そして、「個々の成長に終わりはない」と指揮官は言い続けてきた。
イメージを伝えるために永田監督が用いる映像は多彩だ。南米リーグなど海外サッカーの映像もあれば、他の競技のものもあるという。
「バスケとかハンドボール、ラグビーの映像も見ます。ゴール前の崩しとか、扇型を作りながら狭(せば)めて逆に飛ばす、というイメージを違う競技で示されることもあるんです」
その斬新さを愉しむような口調で話していたのは三浦だ。
約10ヶ月間、そういった新しい取り組みを経て進化を遂げてきたチームは今季、リーグとリーグ杯の2冠を達成している。皇后杯を獲れば11年ぶりのシーズン3冠達成だ。怪我で5月以降戦列を離れていたMF阪口夢穂の復帰も近く、戦力がさらに増すことは間違いない。
今年のFIFAクラブW杯は、4回目となるレアル・マドリードの優勝で幕を閉じたが、かつて女子も「国際女子サッカークラブ選手権」という大会を2012年から3年間にわたって日本で開催したことがある。
2012年の決勝戦は忘れられない。ヨーロッパ王者のオリンピック・リヨンと国内王者のINAC神戸レオネッサ(INAC)が対戦した(延長戦でリヨンが2-1で勝利)その試合は、とにかくハイレベルで手に汗握る好ゲームだった。選手の顔ぶれは当時のなでしこジャパンとフランス女子代表の中心選手が多くを占めていたが、そこにクラブチームの連係が加わり、試合をよりエキサイティングなものにしていた。
多くの代表選手を抱えてリーグ4連覇を達成し、一時代を築いている今のベレーザがヨーロッパのチャンピオンチームと試合をしたら、間違いなく面白い試合になるだろう。
皇后杯準決勝は、今月29日に大阪のパナソニックスタジアム吹田で2試合が行われる。
対戦カードは、ベレーザ対浦和レッズレディース(12時キックオフ)、INAC対ジェフユナイテッド市原・千葉レディース(15時キックオフ)の2試合。浦和は、進化を続けるベレーザに待ったをかけることができるか。
そして、元日の決勝に進出するのはどの2チームか。試合は準決勝がNHK BS-1で、決勝がNHK総合で生中継される。