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本格化するロシアの戦略核戦力再編

小泉悠安全保障アナリスト

ロシアの最新戦略核保有量データ公表

4月3日、米国務省は、新START条約に基づいて米露間で行われた戦略核戦力についてのデータ交換の結果を公表した。

新START条約というのは、2009年に失効した第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約として2010年に締結されたものである(発効は2011年)。

新STARTでは配備状態の戦略核弾頭を1550発、配備状態の運搬手段(ミサイル、爆撃機)を700基/機、配備・非配備状態の運搬手段を800基/機とすることを定めており、総じてSTART1よりも踏み込んだ削減を目指している。

(ただしSTART1と新STARTではカウント基準に相違があるため、一概に両者を比べることは難しい。詳しくは以下の拙稿を参照。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5372)。

以前のSTART1では米露が保有するミサイルや爆撃機の種類ごとに詳細な保有状況が公表されていたが、新STARTにおいてはこのような公表義務がなくなり、核弾頭と運搬手段の総数のみが公表されるという方式に変わってしまった(ただしアメリカは自主的により詳細なデータを公表)。

ついに増加に転じた戦略核運搬手段

とはいえ、このような大ざっぱなデータでも無いよりはマシである。

半年ごとに公開されるデータを継続的に観察していけば、それなりに見えてくることもあるのだ。

以下の表は、これまでの公表データのまとめである。

新START条約の交換データに基づく戦略核保有量の推移(筆者作成)
新START条約の交換データに基づく戦略核保有量の推移(筆者作成)

今回の交換データにおいて特徴的であったのは、配備状態の運搬手段が初めて微増に転じたことである。

ソ連崩壊後、適切なメンテナンスを受けられなくなったICBM(大陸間弾道ミサイル)やSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)、爆撃機などは稼働不能に陥り、結果としてロシアの戦略核戦力は減少傾向が続いてきた。

2000年代以降は経済状況の好転によって戦略核兵器にもある程度は予算を回せるようになったものの、旧式核兵器の退役ペースの方が早く、減少傾向は緩やかにはなったが完全に停まることはなかった。

だが、今回のデータは、戦略核の減少が底を打ち、増加傾向に転じたことを示している。

これまでロシアはRS-12M2「トーポリ-M」ICBMとその改良型であるRS-24「ヤルス」を合計で年間9基のペースで生産してきたが、製造拠点であるヴォトキンスク機械工場や関連メーカーへの投資によって生産能力の倍増に乗り出していた。

すでに戦略ロケット軍ではトーポリ-Mが8個連隊(合計78基)、ヤルスが2個連隊(合計18基)に配備されており、今年は3つの連隊でヤルスへの装備更新が始まる予定だ。また、今年末にはヤルスの誘導精度などを改善した「ヤルス-M」の配備が開始されるほか、2014年にはさらなる改良型である「アヴァンガルド」の試験も始まると伝えられる。

また、ソ連時代に保有していたような鉄道移動式ICBMをロシアが再び配備するのでは無いかとの観測も最近、浮上していた。

通常の移動式ICBMは大型キャリアで路上を移動するのに対し、鉄道移動式ICBMは通常の貨車そっくりのコンテナに収められて鉄路上を移動する。筆者も博物館で実物を見たことがあるが、外観は本当にただの貨車とまるで見分けが付かない。

これによって敵偵察衛星の目を欺き、先制攻撃から逃れる報復核戦力の一部を構成するのだ(奇襲的な先制攻撃にも使用できるが、冷戦期にはこの種の移動式ICBMはどちらかというと報復戦力と見なされていた)。

そして今年4月、ロシア国防省のボリソフ次官は記者会見において、鉄道移動式ICBMの開発が実際に進行中であることを認めた。開発元は「トーポリ」シリーズや「ヤルス」シリーズの開発元であるモスクワ熱工学研究所とのことであるから、おそらく同系統のミサイルを列車の貨車に収まるようにした改良型ミサイルが搭載されるのだろう。

海上配備核戦力についても最新鋭の955型SSBN(弾道ミサイル原潜)の1番艦ユーリィ・ドルゴルキーが就役し、2−3番艦もすでに就役に向けた準備が進んでいる。今後は改良型の955A型へと生産を切り替え、太平洋艦隊と北方艦隊に合計8隻を配備する計画だ。

今後予想される「二番底」

ただし、新START条約で認められている程度の戦略核戦力をロシアが今後も保持しようとすれば、今後、戦略核兵器の調達ペースはさらに増強する必要がある。

特にICBM戦力は今後、230基前後の旧式ICBMが寿命を迎える。

しかも、このうち50基は、R-36M重ICBMだ。

R-36MはNATOではSS-18「サタン」と呼ばれる超大型ICBMで、1基で10発もの核弾頭を搭載できる。つまり、この50基で500発もの核弾頭を搭載しているのである。

上記のように、ロシア軍に配備されている核弾頭の総数は1480発だから、たった50基のミサイルが全体の3分の1の核弾頭を搭載している計算だ。これが姿を消せば、ロシアの核戦力(特に核弾頭数)は再び急速な減少局面に入りかねない。

しかも、核戦力研究者として有名なクリステンセンとノリスの見積もりでは、今後、新型ICBMの配備数を年間20基まで増やしたとしても(現状では年間9基程度)、ICBM戦力は現在の320基内外から2020年までに250基程度まで減少してしまう。

そこでロシアは、現行の弾道ミサイルの生産能力をさらに引き上げる一方、R-36Mの後継となる新型重ICBMの開発を進めている。

とはいえ、R-36Mの開発元であるユージュノイェ設計局はソ連崩壊後、ウクライナ政府の管轄下に入ってしまっているため(これもロシアがR-36Mからの切り替えを急ぎたい一因だ)、新型重ICBMはこれまでSLBMを開発していたマケーエフ設計局が担当することになる。

その詳細はほとんど明らかになっていないが、早ければ2010年代後半には配備が始まると言われている。

ロシアは何故、戦略核戦力を必要としているのか?

だが、冷戦が終結したにもかかわらず、ロシアは何故、戦略核戦力の維持に腐心しているのだろうか。

これにはいくつかの理由が考えられる。

純粋に軍事的に言えば、ロシアの戦略思想の中では核抑止力は依然として不可欠の要素と位置づけられている。

ソ連崩壊後、ロシアの通常戦力は質量ともに大幅に弱体化した。最近では軍改革と装備更新計画の進展によってかなり改善が見られるものの、その目指すところは冷戦後に増加した地域紛争への対処であり、大規模戦争への対処能力はむしろ低下している。したがって、万が一、大規模戦争が発生してしまった場合には、戦略核兵器による抑止力は不可欠だ。

これと関連して、ロシア軍は近年、通常戦力を補うために戦術核兵器への異存を強めているが、戦術核の使用がより大規模な核使用へと拡大しないようにエスカレーションの抑制(ディエスカレーション)を図る必要がある。その意味でも、やはり戦略核を一定レベルよりも低下させるわけにはいかない、と考えられているのだ。

政治的には、戦略核戦力は「大国」としてのロシアの象徴だ。新START条約の交渉過程でも指摘されたが、戦略核はロシアが米国と正面切って交渉を行える数少ない分野であり、貴重な対米レバレッジとなっている。

いずれにしても、戦略核戦力は今後ともロシアの国防・安全保障戦略の柱でありつづけることには変わりない。その上で、今後、重ICBMの退役によって生じる核戦力減少の「二番底」を乗り切れるかどうかは一つの鍵となるだろう。

ロシアが今年以降、どれだけの新型ICBMを配備できるのか、そして予定通りに新型重ICBMを配備できるのかが注目される。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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