「日韓合意見直し」 勧告したのは国連の委員会でも国連の機関でもない
【ファクトチェック】産経新聞は5月13日、「国連委員会が『慰安婦』日韓合意見直しを勧告 『補償や名誉回復は十分でない』 両政府に」と見出しをつけた記事をニュースサイトに掲載した。この勧告をした「拷問禁止委員会」は、国連総会で採択された拷問禁止条約に基づいて設置された委員会で、いわゆる人権条約機関の一つ。国連に属する機関ではなく、委員会の見解は国連から独立した専門家のものであって、国連を代表するものではない。
産経新聞は、同委員会が2015年12月に日韓政府間で達した慰安婦問題に関する合意について「元慰安婦は現在も生存者がおり、被害者への補償や名誉回復、再発防止策が十分とはいえない」と指摘し、日韓両国政府に「被害者の補償と名誉回復が行われるように尽力すべきだ」と強調した、と報じた。
この記事本文を注意深く読めば「国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会」と書いてあるが、見出しの「国連委員会」はあたかも国連内部の委員会で、その活動が国連を代表しているかのような誤解を与える可能性が高い。
実際、一部識者から 「国連が当事者の『合意』に口を挟むのも異例だ」「断固として国連に抗議しよう」といった誤解に基づく国連批判が出ている。
ほかにも読売新聞やNHKなど多くの主要メディアが「国連委員会」あるいは「国連の委員会」といった誤解を与える表現で報じている。
日韓合意をめぐっては、潘基文国連事務総長(当時)が「正しい勇断下した」と評価したほか、バングーラ事務総長特別代表が「画期的」だと称賛し、元慰安婦らの尊厳回復のため、早期履行を訴える声明を発表していた(共同通信2016年1月2日)。
過去にも「国連委」とミスリード報道
拷問禁止委員会(The Committee Against Torture、CAT)は、人権条約機関(Human Rights Treaty Bodies)の一つ。国連総会が1984年採択した拷問禁止条約(1987年発効)17条に基づいて設立され、10人の独立専門家で構成される。日本は1999年に条約に加入した。
このような国際人権条約機関は、人権条約の加盟国の履行状況を監視することを目的としている。他に人種差別撤廃委員会や女子差別撤廃委員会などがあり、国連から独立した専門家が調査を行い、勧告等の見解を出す。
これら委員会は国連に属する組織・機関ではないにもかかわらず、過去にも「国連委員会」と誤解を与える報道がなされたことがあった(例=産経新聞2016年4月27日)。
人権条約機関は国連システムに入っていない
国連には、6つの主要機関や15の専門機関、その他補助機関などが存在する。これら国連ファミリーの機関を総称して「国連システム」と呼ばれている。
国連の機関の一つである国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、拷問禁止委員会など人権条約機関の事務局を務め、委員会の活動を支援している。そのためOHCHRのウェブサイトには、拷問禁止委員会の活動内容が紹介されているが、OHCHR傘下にこれら委員会が設置されているわけではない。委員は国連の機関から任命されているわけでもない。条約加盟国が任命し、国連から独立して活動している。活動経費も加盟国が負担する(17条7項)。
したがって国連システムの中に、拷問禁止委員会などの人権条約機関は入っていない(国際連合機構図[PDF]参照)。
【追記】
日韓合意については、2016年3月にも、人権条約機関の一つである女子差別撤廃委員会が批判的な見解を発表したことがある。これについて、国連事務総長報道官は同年3月8日の定例記者会見で、これは独立した委員会であって、事務総長はこの委員会に何の権限も及ばず、無関係と答えている(産経新聞2016年3月9日)。
(*) 拷問禁止委員会メンバー表を追記し、一部加筆しました。(2017/5/13 23:50)
(**) 【追記】を加筆しました。(2017/5/14 17:10)