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藤井聡太二冠との初めての番勝負で、なぜ永瀬拓矢王座は振り飛車をぶつけたのか考察する

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
竜王挑戦まであと1勝に迫った藤井聡太二冠@ニコニコ超会議2019(写真:森田直樹/アフロ)

 12日、第34期竜王戦挑戦者決定三番勝負第1局が行われ、藤井聡太二冠(19)が永瀬拓矢王座(28)に勝利し、竜王初挑戦まであと1勝とした。

 振り駒で先手番を得た永瀬王座が振り飛車を採用し、相穴熊の長期戦に進んだ。

 終局は23時36分。長いねじり合いを制したのは藤井二冠だった。

振り飛車ブーム到来?

 永瀬王座が振り飛車を採用したのは昨年の11月以来で、昨年10月には藤井二冠に用いて勝利も飾っている。

 元々振り飛車党でもあり、時折見せる裏芸ではある。

 ただ、主導権の取りやすい先手番で振り飛車を採用したのは約4年ぶりとなる。先手番での振り飛車採用に驚きがあった。

 筆者もリアルタイムでその驚きを表している。

 なぜこの大一番に永瀬王座は先手番で振り飛車を採用したのか。

 番勝負の途中であり、局後のインタビューでもその胸の内が明かされることはなかった。

 ここからは筆者なりの考察を述べていきたい。

 なおこの日のモバイル中継では9局中8局が振り飛車だった。

 そのうち本局含めて三間飛車が5局で、振り飛車の多さもさることながら、三間飛車の採用率の高さに驚かされる。

 振り飛車ブームがきたのだろうか、そんなことも感じた。

 実際、手元のデータベースによると、今年度(将棋界は4月始まり)の公式戦のうち、半数近くが振り飛車である。

 これは例年よりも多い数字で、本格的な振り飛車ブーム到来の可能性もある。

勝つための戦略

 いままでの対藤井二冠戦において、公式の場で永瀬王座が勝ったのはすべて振り飛車だった。

 この二人は練習将棋を共にするパートナーとしても知られている。

 おそらく練習では公式の場よりもはるかに多くの対戦をこなしているだろう。

 その勝敗を知ることは出来ないが、もしかしたら永瀬王座にとって振り飛車のほうが勝率が良かったのかもしれない。

 実際に二人の棋風を鑑みても、その可能性はある。

 永瀬王座は粘り強さを身上として、長手数もいとわない勝負への強い執着心を持ち味とする。

 相居飛車は切り合いになりやすく、一発で勝負がつくケースも少なくない。そしてそういう勝負は読みの深さを持ち味とする藤井二冠の土俵であろう。

 永瀬王座は勝つための戦略として振り飛車を採用したのではないか、これが筆者の考える理由の一つである。

果てしない勝負

 振り飛車はねじり合いになりやすく、長い時間かけて戦いが続くケースが多い。

 ましてや相穴熊ともなれば、下手をすれば千日手で引き分けになるようなケースすらある。

 筆者のこのツイートは22時20分。この時点では形勢に大きな差もなく、互いの玉も安全で、いつ終わるか想像もつかなかった。

 永瀬王座は藤井二冠といつ果てるか想像もつかない戦いをしたかったのではないか。これは相居飛車では実現しづらく、振り飛車ならば実現しやすい。

 これが筆者が考える永瀬王座が振り飛車を採用したもう一つの理由だ。

 戦いは永瀬王座の望み通り、13時間を超える長期戦となった。

 いっときは千日手筋に入りかけて、ABEMAの解説者やファンからも悲鳴があがっていた。

 それもまた永瀬王座が望んだ展開でもあった。

 厳しい現実もある。

 精査が必要ではあることは承知の上だが、ABEMAで表示されていた将棋AIの勝率は一度たりとも永瀬王座のほうに振れなかった。

 184手も戦って、それはあまりに厳しい現実である。

 もちろん将棋AIが振り飛車に対してやや冷たい(辛い評価をする)傾向があるのも事実だ。

 精査すれば永瀬王座が少し有利だった場面もあったかもしれない。

 しかし全体を通じて、こうすれば勝ちがあったか、という場面はなかった。

 これは振り飛車の厳しさを表すものでもあり、改めて言うまでもないが藤井二冠の強さを表すものでもあるだろう。

第2局に向けて

 竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局は8月30日(月)に行われる。

 前述の通り、二人は練習パートナーとして知られている。

 感想戦では、藤井二冠が他の棋士を相手にするよりも楽しそうに感想を述べていたのが印象的だった。

 年上だらけの将棋界において、永瀬王座は数少ない気心しれた棋士なのだろう。それゆえか、いつも以上に藤井二冠の将棋が冴えていたようにも思う。

 局後のインタビューで永瀬王座は「精一杯準備をして、いい内容の将棋が指せれば」と語っていた。

 永瀬王座の「精一杯の準備」は、他の人にはない濃い戦略を期待させられる。

 本局は、二人の紡ぐ将棋をもっと見てみたい、そんな気持ちになる一局だった。

 第2局もさらなる熱戦を期待したい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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