五輪の影響? いや、サンウルブズ初戦の空席は埋まるべき!【ラグビー雑記帳】
福岡県北九州市には雪が降っていた。プロラグビーチームのサンウルブズが2月この地でおこなっていたキャンプは、過酷そうだった。
朝7時頃を皮切りに1日複数回の練習があり、昼食前と午後のセッションではハイテンポな攻守の連携確認などの締めに走り込みやサーキットトレーニングがある。腕立て伏せと腕立て伏せとの間に少しでも疲れを態度に示した選手がいたら、流大キャプテンや中村亮土らが「すぐスタート!」と、檄を飛ばす。
すべてのメニューが終われば、息を切らしながら握手と抱擁で互いを労う。日本代表の指揮も兼ねるジェイミー・ジョセフヘッドコーチは言った。
「身体的にきついことをして切磋琢磨すれば、選手たちは早く結束できる」
間もなくチームは本拠地である東京へ戻り、戦いの舞台であるスーパーラグビーの初戦への最終調整に入る。選手が汗を流す辰巳の森ラグビー練習場にはいつも複数人のギャラリーがいて、皆、2月24日の国内初戦を心待ちにする。
ところが、その初戦の前売り券の売れ行きがどうにも芳しくないという。
チームを運営するジャパンエスアールおよび発券に携わるチケットぴあの公式声明は「正式な数は言えない」とのことだが、試合を9日前に控えた15日の時点で売り上げ枚数は1万枚を下回ると複数の関係者は言う。あれから時間が経っているとあって爆発的な伸びに期待するほかないが、ちなみに会場の東京・秩父宮ラグビー場の収容人数は約25000人だ。
スーパーラグビーは、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンのトップクラブが参戦する国際プロリーグだ。そしてその舞台に日本から参戦して3シーズン目のサンウルブズは、日本代表強化を支えるチームとしても期待される。それだけに秩父宮でのスーパーラグビーのゲームは、さながら東京ドームで開かれる侍ジャパンとメジャー球団の公式戦だ。
しかしこのままでは、発足3シーズン目のホーム初戦(第2節)時はかなり空席が目立ってしまう。選手のコントロールが及ばぬ範囲で、危機感が漂う。
ここからは
1、売り上げ不振の背景
2、観に行くべき理由
をまとめる。
1、売り上げ不振の背景
類推される売り上げ不振の要因は、大きく分けて2つになろう。「a、ワールドカップのチケット発売とのバッティング」「b、過去の成績」だ。
a,ワールドカップのチケット発売とのバッティング
ジャパンエスアールは、2月24日の国内初戦、3月3日の国内2戦目のチケット販売を1月13日から始める。
ところがその6日後の1月19日、2019年に日本で開催されるラグビーワールドカップのチケット申し込みの動きが本格化した。
ラグビーファンを主要ターゲットとする高額なコンテンツが、同じパイを食い合っている状況とも取れる。
b,過去の成績
サンウルブズの通算戦績は1シーズン目が1勝13敗1分。大半のコーチングスタッフと戦術を日本代表と共有した2シーズン目も、2勝13敗に終わった。それに伴い、1試合あたりの平均観客動員数は1年目に比べて約4000人減。日本代表が活躍した2015年のワールドカップから時間が経つほど、チケットの売り上げは目減りした。
結果には背景がある。
サンウルブズに所属する選手の大半は、国内最高峰のトップリーグとスーパーラグビーを掛け持ち。激しい身体接触を伴う現代ラグビー界では、1人あたりの年間試合出場数は30~35試合程度が規定値とされる。
そこで日本代表を率いるジョセフは「チームジャパン2019総監督」という立場でスーパーラグビー期間中のサンウルブズ勢の出場時間をコントロールした。
比較的好条件が得られる国内所属先での試合を休みづらかった選手、2015年のワールドカップイングランド大会以降の勤続疲労が顕著だった選手に一定の休暇を付与。その結果、フィロ・ティアティアヘッドコーチ率いるサンウルブズは季節ごとの大幅な人の入れ替えを余儀なくされた。仲間内で作り上げる阿吽の呼吸には、しばしリセットがかけられた。
このように前提条件が左右した勝負もなくはなかったのだが、結果は残酷だ。一部人気競技を除くスポーツの報道量は、ナショナルチーム(およびそれに準ずるチーム)の勝敗によって変わる。
さらにいまは、平昌でオリンピック冬季大会の真っただ中だ。定期的に配信されるサンウルブズの記事が「Yahoo! トップ」にあがることはない。サンウルブズの練習を取材に来るテレビ局取材班も、選手へはオリンピック関連の質問をぶつけなければニュース枠確保へのプレゼンテーションがしづらいのが実情のようだ。
2 観るべき理由
開幕戦の空席が懸念されているサンウルブズだが、熱烈なコアユーザーには強く支持されている。
公式ファンクラブ会員対象のシーズンチケット(国内開催6試合すべてを同じ席で観られる通し券)は、昨年末の段階で予定枚数に達したため販売終了。グラウンドでは多彩な観戦グッズが売られるなど、娯楽的要素が高まっている。スタンドでは「オオカミの耳」をつけたファンが狼の鳴きまねをする。狼をモチーフにしたクラブを支える、独自の応援スタイルだ。
このようにサンウルブズの試合会場は、常連客にとっては満足度が高い。月並みな表現ではあるが、まだ観戦したことのない方はこれから新しい非日常空間に出会ううことができる。
さらにサンウルブズは今シーズンから、元DeNAベイスターズ社長の池田純・新チーフブランディングオフィサーを招聘。青山の一等地にある秩父宮を「日本風パブ」に仕立てるべく辣腕をふるうという。2月24日の試合会場には、かねて企画していたキッズスペースが設置される。「スポーツ観戦が好きだが子どもを連れてゆくと飽きられる」という問題は解決の方向に進むだろうか。
グラウンド内でも進化が見られる。剛腕とも取れる手法で国内リーグの日程が短縮化されたことで、各選手とも事前キャンプの前に1~2週間のレストを取得できた。
日程面での心強さに背中を押され、怪我人発生のリスクもある猛練習へ没頭。選手のフィジカル面を強化するサイモン・ジョーンズS&Cコーチは、こう手ごたえを口にする。
「今季は最後まで戦いきるというところを心身ともに叩き込んでいます。1週間あたりの走行距離は10キロ多くなっています。ファンクショナルトレーニング(機能的に身体を動かすためのトレーニング)の練習も2時間、増えています。シーズンに向けて強度をあげると、実のある形になる」
チームの目標は5位以内だ。
1年目は1勝、2年目は2勝、3年目は大きく踏み出して5勝を狙おう…。一部スタッフ間ではかような打ち合わせもなされたこともあったようだが、12月4日に会見したジョセフは、「TOP5 IN 2018」と書かれたパネルを手にしていた。
ジョセフは「ツアーごと、試合ごとに試行錯誤しますが、今年は選手を保護するというアプローチはしたくない」とし、毎試合、実現可能な限りでのベストメンバーを編成すると宣言する。
選手選考の段では、日本代表入り資格の有無と同時にスーパーラグビーでの経験値や潜在能力などが重視されたか。ジョセフがかつて指揮を執ったハイランダーズでプレー経験のある選手が計4名、加入。日本代表勢の調整期間中も一定の戦力を保てるよう、限られた財源と人脈がフル活用された。
結果、合計8か国から選手が集まった。今度のサンウルブズは日本代表の礎であると同時に、世界を転戦する東洋の多国籍軍でもある。これからラグビーを観始めるのなら、サンウルブズからひいき筋を作るのが最適とも言えそうだ。
開幕戦のチケットの推定売上枚数を耳にしたある現場スタッフは、「じゃあ、勝つしかないですね」と2月24日の試合を見据える。ウイングのレメキ ロマノ ラヴァは「俺、トップリーグもセブンズ(7人制)も日本代表も、秩父宮デビュー。秩父宮、いいんだよ」と流ちょうな日本語で話し、こう続ける。
「フルハウス(満員)だったら嬉しいね」
ポジション争いが始まる前から、自分自身に期待していた。
結果に伴い話題が沸騰してから試合を観に行くのと、試合を観に行った先で新たなムーブメントに立ち会えるのはどちらがよいか。答えは簡単ではないだろうか。