東日本大震災から10年 仮設トイレから「快適トイレ」へ
仮設トイレの課題
災害時に避難所等に配備されるトイレとして思い浮かぶのは「仮設トイレ」だと思います。災害現場でトイレを確保する上で仮設トイレは重要な役割を担う一方、快適性に関しては課題が山積でした。
例えば、下図は2011年の東日本大震災の際に、避難所でヒアリングした結果をまとめたものです。仮設トイレの改善要望としてあげられたもののうち、多いのは「くさい」「暗い」「汚い」「洋式無」でした。また、「段差」があるというのも仮設トイレの特徴的な課題です。
仮設トイレの主な用途は建築・建設現場
仮設トイレの多くは、建設現場で使うために埃や汚れ、雨風にも強く、コンパクトで運搬しやすく、頑丈というようなことが重視され開発されたものです。また、仮設トイレの入り口に2段くらいの段差が生じるのは、便器の真下に大小便を溜めておくタンクがあるからです。そのタンクに溜められた大小便はバキュームカーでの汲み取りが必要です。
さらに、仮設トイレに和式便器が多い理由としては、掃除のしやすさや大小便を兼用しやすいこともありますが、そもそも和式トイレが主流だった時代につくられた製品であることも大きな理由だと思います。
かなり古いタイプの仮設トイレは「ボットン式」です。ボットン式というのは俗称ですが、便器に大きな穴があいていて、大小便を真下のタンクにそのまま落として溜める仕組みです。そのため大小便が丸見えで、しかも、夏の暑い時期はかなりくさくなります。
避難所には、ケガをした人、高齢者、障がい者、そして子どもたちもいます。和便器、暗い、狭いというような仮設トイレは、被災者にとって使いづらいトイレでした。足腰の弱いお年寄りは、しゃがむことができないので、せっかくトイレが配備されても使用できず、なかには頑張って使おうとして、トイレから転げ落ちて骨折してしまったケースもありました。
仮設トイレがついに変わり始めた
平成28年8月、国土交通省は建設現場の職場環境の改善を目的として、男女とも快適に使用できる仮設トイレを「快適トイレ」と名付けるとともに、「快適トイレ」に求める機能を標準仕様として決定しました(下表)。また、平成28年10月1日以降に国土交通省が入札手続きを開始する土木工事においては、「快適トイレ」を基本としています。
洋式便座が必須項目なのでしゃがめない方にも使いやすいですし、簡易水洗機能やにおいの逆流を防止するフラッパーもついているため、臭いも格段に改善されています。他にも良くなった点としては、室内が広い、清潔感がある、設備が充実しているなどがあげられます。
国土交通省による「快適トイレ」の取り組みは、建設現場の職場環境の改善が主目的ではありますが、この動きがすすむことで、レンタル等で使用されている仮設トイレが「快適トイレ」に代わっていくため、避難所に届けられるトイレも「快適トイレ」になることが期待できます。
以下に、「快適トイレ」の支援事例を2つ紹介します。
避難場所となる熊野神社に「快適トイレ」を支援
平成30年の西日本豪雨の際、倉敷市真備町の高台にある熊野神社の境内には200人以上の住民が避難しました。山陽新聞によると、この神社にもともと設置されていたトイレは、狭くて男女兼用の和式トイレと小便器のみで、高齢者が使用するときは介助が必要になりました。そのためトイレに行く回数を抑えるため食事や水を飲むのを制限する人もいたそうです。
水害はまたいつ起きるか分かりません。辛い経験を備えに変えるため、総合建設業の荒木組は、熊野神社に「快適トイレ」(株式会社ハマネツ社製)を寄贈しました。被災者の声と支援者である建設業者をつないだのは、国土交通省高梁川・小田川緊急治水対策河川事務所でした。同事務所の桝谷有吾所長は、「コロナ禍で分散避難が求められている現在、建設現場の快適トイレを避難時に活用することも含め、建設業界が地域と連携してできることは沢山あるのではないか」と言っています。建設業者と避難場所との連携は今後大いに期待したいところです。
球磨村の渡小学校へ「快適トイレ」を支援
令和2年7月豪雨で熊本県球磨村立渡小学校は甚大な被害を受けました。水害により渡小学校は使用できなくなったため、一勝地小学校の校庭に仮設校舎を設置して、児童はそこで授業を再開しました。
ですが、ここでトイレ問題が起きました。一勝地小学校の校舎のトイレと仮設校舎が離れているので、休み時間にトイレに行くのは時間がないこと、また一勝地小学校と渡小学校の児童が同時にトイレを使用するため混雑することです。そのため、トイレを我慢して体調を崩す教職員や児童が出ました。
この状況を改善するため球磨村教育長の森佳寛氏から、仮設トイレを支援してほしいという要望を受けました。この要望に二つ返事で支援を快諾してくれたのは仮設トイレメーカーである株式会社 ビー・エス・ケイの三谷彰則社長です。企業の協力を得て、渡小学校に快適トイレ3基を寄付いただきました。
児童は「教室の近くにトイレが出来てうれしい!」「明るいのがいい!」と喜んでくれました。また、先生からは「児童自身でトイレ掃除をしてきれいに使っています。屋根をつけ、スリッパに履き替えずに行けるようにしました」との報告がありました。
トイレはデリケートなテーマなので声に出しにくく、困っていたとしてもそのままになりがちです。現場の困りごとに気づき電話をくださった森教育長と、支援を即決してくれた三谷氏に感謝申し上げます。
災害時は「快適トイレ」を優先して支援すべき
災害時のトイレ対策のひとつとして、国や地方自治体は仮設トイレの備蓄や支援協定などを進めています。災害時に調達する仮設トイレは「快適トイレ」を優先して調達すべきですし、避難所等の運営に関わる方々も「快適トイレ」を要望すべきだと考えます(「快適トイレ」リスト)。まだまだ、快適トイレの数が足りないため、通常の仮設トイレで対応せざるを得ないことも考えられますが、これからは量だけでなく質を求めることが重要です。
災害時に快適なトイレ環境を確保することは、決して贅沢ではありません。被災者の尊厳を守り、関連死を防ぐためにも誰もが安心して安全に使えるトイレ環境を整えるべきです。
国際的な人道憲章と人道支援における最低基準を示したものとして「スフィア基準」があります。この基準は、国際赤十字等のNGOがプロジェクトを結成して作成したものです。スフィア基準には、衛生および衛生促進の重要性がかなりのページ数を割いて解説されています。そこで明記されているトイレの基準を最後に紹介いたします。
「人びとは十分な数の、適切かつ受け入れられるトイレを安心で安全にいつでもすぐに使用することができる。」
繰り返しになりますが、トイレは命と尊厳にかかわります。建設・建築工事、イベント、お祭りなどで、仮設トイレを調達される方々は、ぜひ「快適トイレ」を選定いただきたいと思います。日頃の取り組みが、災害時のトイレ問題の改善につながります。
東日本大震災から10年が経ちました。次の災害に備えて、日本中の仮設トイレをすべて「快適トイレ」に変えることが必要です。