命と尊厳に関わる災害時のトイレ問題 #災害に備える
今年の9月1日「防災の日」は関東大震災からちょうど100年となります。
日本は地震や台風などの自然災害が頻繁に発生する国であり、その度に水や食料の確保が最優先されることは当然ですが、一方で見落とされがちなのがトイレの問題です。
特に、トイレが使えないと、思わぬ混乱や健康問題を引き起こすことにつながります。災害時にトイレが使えなくなった際の問題点と、どう対処すべきかをまとめました。
災害時、水洗トイレは使えない
私たちが使っている水洗トイレは、洗浄水を供給するための給水設備、その水を供給するための電気設備、汚水を衛生的に排除するための排水設備、さらにはその汚水を適切に処理する下水道や浄化槽等の施設がすべて機能してこそ成り立つシステムです。
もちろんプライバシーを確保するための空間も必要です。日頃は、これらが整っているおかげで、安心してトイレを使うことができます。
しかし、災害時は停電、断水、地盤沈下や液状化による排水管や処理施設等の損傷など、さまざまな被害により水洗トイレは使えなくなります。
災害時の備えといえば、飲み水や食料の確保に意識が向きがちですが、水洗トイレが使えなくなったときの備えについても徹底することが必要です。
被災地では、繰り返しトイレ問題が起きていますが、報道されにくいテーマであることもあり、社会的に認識されていないのです。
分散避難への対応
これまでの避難は避難所に集まることが基本でした。しかし、とくに都市部においては避難者の数が避難所の収容能力を大きく上回ることが課題になっています。また、新型コロナウイルス感染症対策として、密を回避することも必要になります。
そこで最近では、自宅が安全であればそこにとどまったり、親戚や知人宅、宿泊施設などに避難したりする分散避難が勧められています。
災害は実際に起きてみないと分からないことばかりです。そのため、避難の方法に関しても一律ではなく、選択肢を設けておくことが必要です。
しかし、どこに避難しようとも、トイレが必要になります。いくら建物が安全でも、トイレが使えなければそこで避難生活を送れないことを知っておいてください。
トイレ問題の本質
日本では毎年、台風や豪雨が甚大な被害をもたらし、地震も頻発しています。災害時に水洗トイレが使えなくなることは前述のとおりです。
では、水洗トイレが使えなくなると何が問題なのかを簡単に説明します。
大きな問題は3つあります。
1つ目は感染症を引き起こすことです。いつどんなときでも排泄は待ったなしです。水が流れないことに気づかずトイレを使ってしまうことで便器はあっという間に大小便で満杯になります。悪臭の発生源になり、衛生害虫も集まります。また、不衛生なトイレを共有することは集団感染のリスクを高めます。
2つ目は、関連死につながることです。トイレが不快であったり、不便な状況になったりすると、できるだけトイレに行かなくて済むように水分を控えてしまいます。そうすることで、脱水症やエコノミークラス症候群等になり、最悪の場合、死に至ります。
3つ目は、秩序が保ちづらくなります。これは不特定多数の人との避難生活に関してですが、トイレが不衛生になることで集団におけるルールが守れなくなることにつながります。トイレは生理的欲求を満たす機能 の一つであるとともに、唯一ひとりになれる空間でもあります。トイレでの安心が確保できないと、心理的に悪影響が生まれ、乱暴な言い方ですが「どうでもいいや」という感覚になってしまうのです。
避難所のトイレの備えの実態
最近は建物の耐震化がすすんでいるので、災害時に自宅やオフィス等で避難生活をするという可能性が高くなります。
このとき、避難所の水洗トイレが使えれば、そこを活用することも考えられるのですが、多くの場合、地域全体が被災しているため、避難所の水洗トイレも機能不全に陥っていることが想定されます。
では、避難所の災害用トイレを使うことはできるのでしょうか?
日本トイレ研究所が地方公共団体に対して実施したアンケート調査では、発生後3日間、想定避難者数に対して災害用トイレが足りる見込みであると回答したのは30.7%でした。
また、在宅避難者が避難所のトイレを使用することを想定していると回答したのは33.1%でした。さらに、在宅避難者へのトイレ支援を検討していると回答したのは、わずか15.7%でした。
災害時のトイレ対策は、公衆衛生を保ち、関連死を防ぐために不可欠です。自助や共助をすすめていくことが必要ですが、災害対策基本法においては、国及び地方公共団体は被災者の心身の健康の確保に努めなければならないことが示されており、防災基本計画においては、在宅での避難者にも物資等が提供されるように努めなければならないことが示されています。
自宅でのトイレの備え
災害時、命や尊厳を守るために必要なことは最優先で対応しなければいけません。その1つがトイレの備えです。
多くの人は、このなかでも「我慢できない」という視点を忘れがちです。熊本地震に関する調査で、発災後3時間以内にトイレに行きたくなった人は約4割というデータがあります。これから分かるように、トイレはかなり早いタイミングで必要になるため、外部からの支援では間に合いません。
そこで、初期段階のトイレニーズに対応するアイテムとして、携帯トイレを備えることをおすすめします。携帯トイレとは、断水時や排水できなくなったときに洋式便器等に取りつけて使用する便袋のことです(下図)。
袋の中の吸収シート、もしくは粉末状の凝固剤が大小便を固めてくれます。使用後は、市町村の確認が必要ではありますが概ね可燃ごみとして処分することになるので、ごみ収集が行われるまでは各自で保管することが必要になります。
携帯トイレがあれば、夜間の真っ暗闇の中、または悪天候時に屋外のトイレを探さなくても済みます。足腰が弱い人であればトイレのたびに屋外に行くのは大変です。
繰り返しになりますが、トイレが不便だと、水分を摂ることができなくなり、体調を崩してしまいます。だからこそ、最低限の備えとして携帯トイレを備蓄することが必要です。
水洗トイレの簡易的な自己点検方法
災害で自宅の排水設備等が損傷しているときに、トイレから汚水を排水すると漏水・詰まりが発生することがあります。
とくにマンションでは、トイレ等の排水管は、他の住戸とつながっているので、共用部の排水管が破損(閉塞)した状態で上階から排水を流すと、排水管内の空気が圧縮されて、下階の住戸で便器から封水が跳ね出したり、排水があふれたりすることがあります。
専門業者等が点検したうえで水洗トイレの使用を開始すればよいのですが、災害時すぐに点検できるとは思えません。このようなときの対応方法として、居住者自らが簡易点検を実施することが考えられます。
詳細な内容は、公益社団法人空気調和・衛生工学会の集合住宅の在宅避難のためのトイレ使用方法検討小委員会が作成した「集合住宅の『災害時のトイレ使用マニュアル』作成手引き」 を参考にしていただくとして、ここでは大まかに説明します。
この手引きには、震災時の対策フローにもとづく点検手順が示されています。
点検手順は4つのステップで構成されており、最初のステップは「緊急点検ステップ」です。
まずは、便器に携帯トイレを取りつけます。点検中に使用されてしまっては困るからです。その上で断水の有無、配管の外れなどの損傷、敷地内の地盤沈下・隆起などの有無を目視で確認します。
これらに問題がなければ、「機能点検ステップ」に移ります。ここでは、携帯トイレを取り外して、水洗トイレの使用を再開し、トラブルなく排水を流すことが出来るかを確認します。この場合の洗浄水は外部から調達することが必要になります。
二つ目は「機能点検ステップ」です。汚水ます(排水管を清掃・点検するための点検口のような場所 )に汚水が流れてこない場合、下階のトイレで便器から水が跳ね出す場合、またはトイレ室などに滲み・漏れなどのトラブルが発生した場合は、トイレの使用はやめて携帯トイレ等を使用します。
次は「暫定使用ステップ」で、水洗トイレの使用を継続しながら、トラブルなく排水することが出来るか確認します。
最後のステップは「復旧確認ステップ」で、マニュアルに沿って安全を確認して復旧します。
文章で説明すると少し難しいように感じるかもしれませんが、専門知識のある人と一緒に現場を見ながら確認しておけば、いざというときにとても役立ちます。
集合住宅だけでなく、庁舎やオフィス、病院、高齢者施設、介護施設などで、災害時のトイレ使用マニュアルを作成しておくことは重要だと考えます。
関東大震災100年という節目をきっかけに、防災力を高めることが求められています。災害時の備えは、自分でできること、身近な人や組織と助け合うこと、公的な機関と連携することなど、役割分担を明確にして取り組むことが重要です。これらに取り掛かるきっかけとして、「トイレ」は分かりやすくかつ重要なテーマだと考えています。
まずは、自分自身でできることとして、自宅のトイレの備えを実践していただければ幸いです。
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【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサー編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】