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大谷翔平スキャンダルで注目。スポーツベッティングはなぜ日本で解禁されないのか?

山田順作家、ジャーナリスト
2人並んだ姿は永遠に見られない(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

■英国のブックメーカーが日本上陸で大敗

 いまから30年以上前の1990年、英国のブックメーカーの1社が日本で営業を始めた。当時の日本はまだ世界第2位の経済大国で、巨大なギャンブル市場を持っていた。そのため、競馬はもとより、相撲、陸上競技、駅伝などから選挙、レコ大、紅白歌合戦まで、豊富な日本向けのメニューを揃えて、日本のギャンブルファンを勧誘した。

 当時はまだウエブもメールも発展途上だったから、ベットは主にファックス、国際電話で行われた。ブックメーカーは会員にファックスあるいは郵送で、ベッティングシートを送ってきて、それを見て会員はベットした。

 そんななか、大きな話題になったのが、相撲の優勝力士当て(単勝)と力士マッチベット(10組の取り組みの勝敗をすべて当てる)で、ブックメーカー側が大敗したことだ。

 1990年の秋場所の優勝当てで、ブックメーカーは千代の富士にオッズ5.0倍をつけた。1番人気は旭富士の2.8倍、2番人気は北勝海の3.5倍、3番人気は霧島の4.0倍で、病み上がりで2場所連続休場明けの千代の富士は5番人気だった。ところが、千代の富士にベットが殺到し、数十万円単位で賭けるプレーヤーが続出したのである。

 結果は千代の富士の優勝。さらにマッチベット10組すべてを当てて払い戻し2500万円を獲得したプレーヤーも出た。

 当然、英国ブックメーカーは、高額払い戻しに真っ青になった。

■ハンデキャッパーは相撲がなにか知らない

 この英国ブックメーカーの大敗は、一部でかなりの話題になった。『週刊文春』もコラム記事にした。そんななか、外国人記者クラブ(FCCJ)の会員の、ある英国人記者は、私の友人で相撲に詳しい記者にこう聞いてきた。

「なぜ千代の富士にみんながベットしたのか? なぜ、どちらが勝つか10番もわかるのか? 日本人はギャンブルが強いのか?」

 これに、彼はこう答えた。

「あなたたち外国人は、相撲をスポーツと思っているが、相撲は興行である。相撲の取り組み(マッチ)には、ガチンコ(真剣勝負)と注射(事前取り決め)がある。勝敗はディール(取引)されることが多い。それを知らないと勝ち負けはわからない。ハンデキャッパーは相撲をスポーツと思っている。オッズの付け方自体が間違っている」

 この彼の説明に、英国人記者はこうジョークで応じた。

「そうか、相撲は“フェア”(fair)なスポーツではなく、“フェアリー”(fairy)なスポーツなのか」

 “フェア”は「公正」で、“フェアリー”は「妖精のような」である。

■日本は世界のギャンブルにおける「ガラパゴス」

 このようななか、英国ブックメーカーでの賭けは法律違反ではないかという指摘が上がった。日本では刑法185条、186条の規定により、賭博をやった者は罰せられることになっているからだ。もちろん、賭博の場を提供した胴元も罰せられる。

 例外は、公営ギャンブルで、中央競馬、公営競馬、競艇、競輪、オート、パチンコは特別法で定められて合法。宝くじ、スポーツくじtotoも同じだ。

 ブックメーカーは、日本で言えば「胴元」「ノミ屋」で民間業者だから、それを通して賭けることは違法となる。しかし、ブックメーカーは海外の業者なので、日本の法律は適用できない。結局、業者が処罰できないのに、その対向犯である賭けた人間を処罰するのはおかしいとなった。驚くべきことに、この問題は「グレーゾーン」のまま、現在まで放置されている。

 いまやネットを通して、世界中のスポーツ、イベントがリアルタイムで見られるうえ、各国で合法化されたブックメーカーを通して、それに簡単に賭けることができる。

 ところが、日本は依然としてスポーツベッティングが違法。G7でスポーツベッティングを解禁していないのは日本だけである。

■かつては英国のみがブックメーカーを認可

 オンラインでベッティングができるこの時代、ブックメーカーを解禁しないと、マネーは賭け金というかたちで国外にどんどん流出する。

 国内でいくら禁止しても、賭けるということは人間の一種の性(さが)だから、人々は海外のブックメーカーを通してギャンブルをする。

 1990年代から今日まで、いったいどれほどのマネーが、日本から海外のブックメーカーに流れただろうか? 一説によると、これまで年間数千億円が流れてきたという。ここ数年では、仮想通貨が浸透したことで激増し、1兆円を超えたという報告もある。賭け金だけに限ると、年間5兆~6兆円に上るとの推計もある。

 かつては英国だけがブックメーカーを公認していた。王室ゲーミング委員会の提言により、英国政府がブックメーカーを認可性にしたのは、1960年である。

■なぜ、世界各国は次々に解禁したのか?

 英国のブックメーカーは、ネット社会の進展に伴って、巨額のマネーを稼ぐようになった。日本に限らず、世界中からの賭け金が集まってくるからだ。各国はこれを見過ごすわけにはいかない。 

 欧州各国は2000年代に入ると、ブックメーカーによるオンラインベッティングを次々に解禁するようになった。2006年イタリア、2010年フランス、2012年ドイツと順次解禁されていった。これらの国々は、自国のサッカーリーグの試合が賭けの対象とされ、その賭け金が英国に流れてしまうのだから、当然だろう。

 アメリカも2018年から、各州で次々と解禁された。それまでは、連邦法「プロフェッショナルおよびアマチュアスポーツ保護法」(PASPA:Professional and Amateur Sports Protection Act of 1992)で、ラスベガスがあるネバダ州を除き違法とされてきたが、ニュージャージー州が提訴して最高裁が違憲判断を下したため、これを機に現在まで全米38州で解禁されている。

 しかし、今回の“大谷スキャンダル”の発生地カリフォルニア州は解禁されていない。水原一平氏が負け続けて借金をつくった業者は違法業者である。彼らは組織犯罪と結びついていることが多く、合法業者と違って元金がなくともツケでベットできる。しかも、賭け金の上限はほぼない。

■ヤミ市場の撲滅と税収増が目的の合法化

 アメリカ国内で、違法業者に流れるマネーは年間4000億ドル以上とされる。これは、前記した裁判のときに出てきた数字で、当時のレートで日本円にすると40兆円以上。となると、ベッティングを合法化すれば、ブックメーカーから相当な税収が見込める。さらに、組織犯罪に結びつく違法業者を撲滅できる可能性がある。

 要するに、「禁止してもムダ。合法化して、管理・課税するのが現実的」ということだ。当初、NFL、NBA、MLBなどは反対していたが、途中から賛成に転じ、いまではブックメーカーと提携している。

  MLBは、カジノ大手の「MGMリゾーツ」が運営する「BetMGM」を公式パートナーとし、また、架空のスポーツチームをつくって参加するファンタジースポーツの提供企業「ファンデュエル」(FanDuel)は、昨年、MLBと複数年のパートナーシップ契約を結んだ。

■成長を続ける米スポーツベッティング業界

 数あるアメリカのブックメーカーのなかで、特筆すべきは、「ドラフト・キングス」(DraftKings)である。2012年にボストンで設立されたスタートアップだが、オンラインカジノやスポーツベッティングはもとより、ヴァーチャルスポーツ市場においては、シェアをほぼ独占している。株価も上がり続けていて、ベットするより株を買ったほうがいいと言われている。

 “名通訳”“親友”から一転して“嘘つき”となった水原一平氏は、エンジェルス時代、このドラフト・キングスにハマっていた。また、彼がインタビューに応じたディズニー傘下のメディア「ESPN」もスポーツベッティングの「ESPN BET」を持っている。

 アメリカゲーミング協会(AGA:American Gaming Association)のレポートによると、カジノやオンラインベッティングを含むアメリカの商業ゲーミング業界の総収益は、2022年、史上初めて600億ドル(約9兆円)の大台を突破した。毎年、20%〜30%という高成長率で伸びている。

■賭けの対象は試合の勝敗、スコアだけではない

 スマホでアプリを通して簡単にできることで、スポーツベッティングは、いまや若者たちに浸透している。Z世代、ミレニアル世代は、ネットゲームと同じように、スポーツベッティングを楽しんでいる。

 その最大の盛り上がりは、NFLのスーパーボールで、2023年は約5000万人がベットし、その額は160億ドル(2兆4000億円)を超えたと推定されている。

 いまのスポーツベッティングの主流は、試合を見ながら、たとえばスポーツバーなどで飲食しながらスマホから賭ける「ライブベッティング」である。

 ライブベッティングのメニューは、豊富に用意されている。試合の勝敗(どちらが勝つか)やスコア(得点、点差など)などは序の口で、たとえば野球なら、大谷の次の打席はどうなるか?「ホームラン」「ウォーク(四球)」「三振」「その他」といった具合だ。

■教育界、スポーツ界からの根強い反対

 欧米がこのような状況なのに、日本ではいっこうにスポーツベッティングを解禁する気配がない。それは、カジノ解禁を見てもわかるように、日本人がギャンブルに対する忌避感が強いからだろう

 しかし、スポーツベッティングにより、放映権料や広告収入は拡大する。スポーツそのものも活性化する。さらに、国や自治体に大幅な税収増をもたらす。

 こうした見地から、スポーツベッティングの売り上げの一部を、地域のスポーツ、とくに子どもたちのスポーツ活動に使えばという意見が出ている。これは、学校の部活を地域移行させるという、いまのトレンドに合致する。

 しかし、教育界からは、「子どもの部活を理由にスポーツ賭博の合法化を進めるなどとんでもない」という反対の声が根強い。また、プロ野球界、サッカー界も強く反対している。

 スポーツ庁も「(部活の)地域移行の経費をベッティングで賄うことは考えていない」という声明を出している。

■経産省、自民党、IT業界は乗り気

 ただし、経産省と自民党は、水面下で解禁を模索している。経産省は有識者による「スポーツ未来開拓会議」を設置し、2016年に当時約5.5兆円規模だったスポーツビジネスを、2025年には15兆円規模にするという目標を立てている。これにスポーツベッティングを活用しようというのだ。

 また、自民党内には「スポーツ立国調査会」(遠藤利明会長)という組織があり、そこでは経産省が2020年に設置した「地域×スポーツクラブ産業研究会」とともに、スポーツベッティングがこれまで何度か議題に取り上げられている。

 こうした動きがあるので、日本のITビジネスは、虎視眈々と解禁後のビジネスの拡大を狙っている。たとえば、楽天は三木谷浩史会長がつくった新経済連盟で、スポーツベッティングの解禁を政府に求めている。楽天は競輪の「Kドリームス」や地方競馬にオンラインで賭けられる「楽天競馬」などのサービスをすでに行っている。

 “馬好き”藤田晋社長のサイバーエージェントは、すでに競馬やオートを対象としたオンラインプラットフォームを運営、アプリ「ウマ娘」をヒットさており、解禁となれば一気にスポーツベッティングに参入すると見られている。

■日本は利権で固められたギャンブル大国

 GDP世界4位に転落、1人あたりのGDPはOECD加盟38カ国中21位とはいえ、日本はいまもなお世界有数のギャンブル大国である。 ギャンブル全体の売り上げは、1年間に約26兆円もある。

 競馬・競輪などの公営競技は、年間約7兆5000億円を売り上げ、中央競馬は約3兆2000億円、パチンコは約15兆円を売り上げている。これは、全体としてはピーク時より落ちているが、それでもかなり強大な市場である。

 ただし、このそれぞれのギャンブル市場には所轄省庁があって、利権構造になっているのが、スポーツベッティング解禁の最後の壁である。解禁されれば、これらの各市場の売り上げは確実に落ちるからだ。

スポーツくじtoto:文部科学省

中央競馬:農林水産省

地方競馬:地方自治体

パチンコ:警察庁

宝くじ:総務省

競艇:国土交通省

競輪:経済産業省

 これらの利権構造を調整しない限り、日本でのスポーツベッティングの解禁は難しい。「ギャンブル・ガラパゴス」は続いていく。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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