三葉「ダメ!酒税法違反!」 映画「君の名は。」に登場した口噛み酒の法規制とは
映画「君の名は。」をみた人は多いだろう。口噛み酒が重要なアイテムとなっていたが、きちんと酒税法についても触れられていた。妹から商品化を提案された主人公の三葉が、酒税法違反だとたしなめる場面だ。
【アルコール発酵の仕組み】
糖分は酵母の働きによって発酵し、アルコールと炭酸ガスに分解される。しかし、ワインの原料であるブドウと異なり、清酒の原料である米にはデンプンはあっても、糖分が含まれていない。そこで、「糖化」、すなわち麹の力によってデンプンを糖分に変化させる必要がある。酒蔵の仕込みタンクの中では、この糖化とアルコール発酵が同時に進行していることから、「並行複発酵」と呼ばれる。
一方、映画「君の名は。」でも描かれていたように、神事の際には、巫女が米のような穀類を口に入れて噛み、唾液に含まれるアミラーゼなどの力で糖化させていた。容器に吐き出してしばらく置いておけば、乳酸菌の力で酸性となり、雑菌の繁殖が抑えられ、そこに天然の酵母が降りてきて、少しずつアルコール発酵が行われるという仕組みだ。
【どぶろく訴訟】
ところが、酒税法には次のような規定があり、酒類の製造には免許が必要だとされている。
「酒類を製造しようとする者は…税務署長の免許…を受けなければならない」(7条1項本文)
「この法律において『酒類』とは、アルコール分1度以上の飲料…をいう」(2条1項)
「製造免許を受けないで、酒類…を製造した者は、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する」(54条1項)
しかし、料理と同じように米などの原料を使って酒をつくることなど個人の自由ではないのか――。そこで、酒税法の規定が憲法の幸福追求権や適正手続の要請に反するのではないかという問題が正面から争われたことがあった。「どぶろく訴訟」と呼ばれる裁判だ。
すなわち、自分で飲むため、製造免許を取らないまま、自宅でどぶろくやこれを濾した清酒を造っていた男性が、酒税法違反で起訴され、一審、控訴審で罰金30万円の有罪判決を受けた(当時の最高刑は懲役5年、罰金50万円)。しかし、1989年、最高裁は、次のように酒税法の免許制度を合憲だとし、男性の上告を棄却した。
「酒税法の右各規定は、自己消費を目的とする酒類製造であっても、これを放任するときは酒税収入の減少など酒税の徴収確保に支障を生じる事態が予想されるところから、国の重要な財政収入である酒税の徴収を確保するため、製造目的のいかんを問わず、酒類製造を一律に免許の対象とした上、免許を受けないで酒類を製造した者を処罰することとしたものであり、これにより自己消費目的の酒類製造の自由が制約されるとしても、そのような規制が立法府の裁量権を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるとはいえず、憲法31条、13条に違反するものでない」
【ビールキットや梅酒は?】
すなわち、製造免許を取らずにアルコール分が1%を超える飲料を製造すれば、それだけで酒税法違反として刑罰に問われるというわけだ。しかも、この製造免許は、酒類の品目ごとに取らなければならず、清酒の製造免許を取っているからといって、これだけではビールの製造まで行うことはできない決まりだ。
免許を取得するためには、国税当局が要求する年間の最低製造数量といった様々な基準をクリアしなければならず、どぶろく特区などでもない限り、そう簡単ではない。きっちりと税金を取れないようなところには免許は出さないというわけだ。特に清酒のように需要が下り坂となっている酒類の場合、新たな製造免許は下りない。
インターネットなどでは自宅で製造できる缶入りのビールキットが販売されているが、これもアルコール分が1%以上となればアウトだ。焼酎に梅を漬け込んで梅酒を作るのも「新たに酒類を製造した」とみなされる行為だが、次のような条件をみたす場合に限り、特別にセーフだとされている。
・自分や同居の親族で飲むためのもので、販売しないこと
・ベースはアルコール分が20度以上のもので、市販されているホワイトリカーなど既に酒税を課税済みのもの
・これに混和するものが米や麦、ぶどう、とうもろこしなど禁止物品ではないこと
焼酎ではなく、コンビニやスーパーマーケットなどで簡単に手に入る清酒だと、アルコール分が20%を超えるものはまずないので、これで梅酒を作るとアウトだ。清酒の場合、そのまま漬け込んでおくと、糖分を利用し、プラス1%以上のアルコール発酵が行われる可能性があるからだ。
【ネットオークションやビールイベントは?】
また、酒税法は、酒税の徴収を確保するという観点から、次のとおり無免許での販売業も禁じている。
「酒類の販売業…をしようとする者は…税務署長の免許…を受けなければならない」(9条1項)
「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
1 第9条第1項の規定による販売業免許を受けないで酒類の販売業をした者」
ネットオークションやバザーなどであっても、単に家庭で不要となった贈答品を出品するといった単発的なケースではなく、プレミア酒の「せどり」などを継続して行って利益を上げようという場合には、やはり販売業の免許が必要だ。
なお、酒場や料理店などのように、店でグラスやコップなどに注いだ酒類を客に飲ませる限度であれば、販売業免許は不要とされている。同様に、野外イベントや祭りなどの会場で、未開封の缶やびんではなく、栓を抜いたものや樽生のビールなどをコップに注ぎ、その場で提供するだけであれば、販売業の免許は必要ない。
【ポイントは1%以上か否か】
映画「君の名は。」で三葉が口噛み酒の商品化を酒税法違反だと述べたのは、基本的に正しい。原始的な製造方法であり、おそらくアルコール分が1%を超えるまで発酵させることは難しいだろうが、うまく管理を行えば、1%を超えるものとなり、酒税法の「酒類」に該当してしまうからだ。酸度が高くなり、味は甘酸っぱいものとなるだろう。
この点、神社であれば、祭祀や宗教上の儀式などに用いる限度で、税務署から特別に酒類の製造免許を受けている場合もあり得るが、その神社でふるまうのではなく、商品化して手広く販売するとなると、販売業免許が不可欠であり、完全にアウトだ。
三葉の名字は「宮水」。これには様々な意味合いが込められているのであろうが、キレのある銘酒で名高い兵庫・灘において酒造りに使われている伏流水も、「西宮の水」を略して「宮水」と呼ばれる。古来から神事と酒との結びつきは強く、こうしたことも暗示されているのかもしれない。(了)