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ますます映画が愛しくなる。台湾映画史も映しだす、音の職人の人生『擬音 A FOLEY ARTIST』

杉谷伸子映画ライター

「初監督作である前作のドキュメンタリーを撮り始めたときに、自分がいかに映画の中の音について不勉強だったかに気づきました。映画の中にもいろんな音がある。声優の吹き替え、効果音、映画音楽など、すべての音が合わさって初めて映画における音が生まれる。そうしたなかで2作目の題材を探していたときに、フー・ディンイー師匠に出会ったんです」

さまざまなモノが溢れるスタジオで、思いがけない道具と技を駆使して生の音を作り出す、フォーリーアーティスト『擬音 A FOLEY ARTST』は、金馬奨に多数ノミネートされた台湾映画界のレジェンド、フー・ディンイーの40年に及ぶフォーリー人生を見つめるドキュメンタリー。シルヴィア・チャンら、かずかずの台湾映画人が登場するなか綴られる人生は、ホウ・シャオシェンなど80年代の台湾ニューシネマが台湾映画の音響をどう変えたかなど、台湾映画史や、映画の音を取り巻く環境の変化も映しだして、ワクワクさせてくれる。ワン・ワンロー監督に、作品にこめた想いや、フー・ディンイーのその後を聞いた。

フー・ディンイー(胡定一):1952年生まれ。1975年に中央電影公司の技術訓練班からスタートし、アシスタントを経て、音響効果アーティストとして一本立ち。1000本近い映画とドラマに携わる。
フー・ディンイー(胡定一):1952年生まれ。1975年に中央電影公司の技術訓練班からスタートし、アシスタントを経て、音響効果アーティストとして一本立ち。1000本近い映画とドラマに携わる。

「日本公開にあたり、もう一度この作品を見たんですが、ひょっとしたら映画の中に盛り込まれた知識の量がちょっと多かったかもしれません。ただ、どれも触れた程度なので、もう少し深堀りしてもよかったのではとも思っています。

これは、編集段階でずっと悩んでいたことでもあります。もう少しはっきりと説明を加えてもよかったのではと思いつつも、最終的にはこのかたちに止まった。フー・ディンイー師匠の人生の描写を通して、映画はどのように発展してきたのかを描こうとしていたので、それ以上は掘り下げていかないんです。

私自身が宿題を与えられて、これをどう完成するのか悩んだ編集時の気持ちも、そのまま映画の中に現れてると思います。この映画を見ていて興味を感じる部分があれば、観客の皆さんがご自分なりに掘り下げるきっかけになるかもしれませんね」

この作品を見たフー・ディンイーの感想も気になるところだ。

「フー・ディンイー師匠はとても温和で包容力のある方ですが、完成した作品を見てもらう時は、ものすごく緊張しました。この作品は、最終的には彼が主役ではないわけですから。不愉快に思われたら、どうしようと。

ところが、ご覧になった師匠は“すごくよかったじゃないですか。私以外にもたくさんの映画関係者が登場しているのが、すごく良かったですよ”と言ってくださった。それ以上は、何もコメントしてくれなかったんですが、あとで聞いた話では、フー・ディンイー師匠は公開されてから何度もこの映画を見に行ったそうなんです。それは気に入ってくれたということだなと、胸を撫で下ろしています」

さまざまな新世代も登場。その仕事ぶりも。
さまざまな新世代も登場。その仕事ぶりも。

そんなレジェンドのみならず、中国の新世代フォーリーアーティストや、新鋭録音技師、ミキサーたちも登場。2000年代のデジタル録音設備の導入で効果音の製作に専念することになったフー・ディンイーとは異なる、彼らの映画の音との関わり方も興味深い。

「2017年だったか18年だったか、私たちの映画が北京国際映画祭に行った際に、フー・ディンイー師匠と中国の若手のフォーリーアーティストの皆さんとの食事会を開いたんですね。皆さん、どういう話をするのかなと見ていたら、フォーリーの話で盛り上がって。

たとえば、北京の若手が、“この作品の中でこの音なかなか見つからななくて、で、結局こういうふうにしたんです。フー師匠だったらどうされますか”。“僕だったら、こうやりますよ”とか、“この方がいいよね”みたいな。職人同士がひたすらそういう話をしていて、映画の規模がどうだとかいう話は一切ない。みんな職人なんだと、とても印象深かったです」

映画の音は、どんなふうにして作られるか。レジェンドの実演に子供たちも目を輝かせる。
映画の音は、どんなふうにして作られるか。レジェンドの実演に子供たちも目を輝かせる。

ワン監督の第1作は、詩人ルオ・フーを記録した『無岸之河』、第3作は漫画家チェン・ウェンの人生を追った『千年一問』。やはり、ドキュメンタリーの題材として、アーティストに惹かれるのだろうか。

「そうだと思います。いかにして、自分の枠を突破して作品を創り出すか。いかにして、自分の作品をもっと高いレベルまでもっていくのか。それは私も考えているところで、そういうふうに創作に取り組んでいる人たちは自分の目指すところでもあります。実は、『千年一問』は、『擬音』が多くの方の目に触れたことでオファーを受けて撮った作品です。当時、チェン・ウェンという素晴らしい漫画家がいることをまったく知らなかったんですが、この人もまた自分の枠を突破して、いい作品を作ることに専念している人でした。やはり、そこは私の尊敬するところ。ドキュメンタリー映画は非常に時間がかかるので、長期間にわたって一緒にいたいという気持ちもないとできないですね」

ワン・ワンロー(王婉柔):1982年生まれ。国立清華大学を卒業後、イギリスのExeter Universityで脚本を学び、2009年から映画のプロデューサーなどを始める。2014年に監督デビュー。
ワン・ワンロー(王婉柔):1982年生まれ。国立清華大学を卒業後、イギリスのExeter Universityで脚本を学び、2009年から映画のプロデューサーなどを始める。2014年に監督デビュー。

フー・ディンイーの仕事も、そうした飽くなき探究心と創意工夫に溢れている。フリーランスとなってからは日本でも公開された『幸福路のチー』の音効を手がけているが、本作製作から5年、現在は?

「完全に引退されたわけではないですが、関わった映画はかなり少なくなったと思います。ただ、今は別の仕事が増えていて。金馬奨など、台湾の映画賞の審査員を務めたり、学校に招かれて、子供たちにどのように音を作るのかといったデモンストレーションや講演をしたりされています。

こうした仕事は、フー・ディンイー師匠にものすごく合ってるのではないかと思うんです。音を作る時には1人で黙々と仕事をしているんですけれども、今、その仕事の経験や仕事の内容を、より多くの人、たとえば講演会で100人もの人たちと共有できる。聞いた話では、とても充実した毎日を過ごされているようなんですよ」

(c)Wan-Jo Wang

『擬音 A FOLEY ARTIST』

監督|ワン・ワンロー

出演|フー・ディンイー、台湾映画製作者たち

11月19日(土)より、K’s cinemaほか全国順次公開中

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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