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「蚊に刺されたら熱い蒸しタオルで温める」が話題 小児科医が根拠を探ってみた

堀向健太医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。
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新型コロナウイルス感染症の関係で換気に気をつけながら窓を開け放す方が多くなったためか、虫刺されの心配をされる方が急に増えてきました。

そんな中、SNSで『蚊に刺されたときに(冷やすのではなく)蒸しタオルで熱するとよい』という話題が拡散していました。

さて、この『蚊にさされたときの温熱療法』には本当に根拠があるのでしょうか?

蚊に刺されたところを熱する?

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そのSNSで拡散している情報をみてみると、『蚊の毒素は43度以上で不活化される』という考え方が書き込まれていました。

実際に試している方もおり、効果を実感されている方もいれば、かえって悪化したという方もいらっしゃいました。

心配なのは、『ライターで炙る』や、『“あちち”と思うくらいのお湯で熱する』といった、リスクが高いのではと思えるような方法も見受けられたことです。

子どものやけどは少なからず経験し、大人より起こりやすい

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小児科医として心配なのは、『やけど』の事故です。

子どもに限らず、44℃ の低温でも6~7 時間、60℃ で10 秒間、70℃ 以上で1 秒間、熱に接すると『深くまで達するような』ひどいやけどを起こす可能性があることがわかっています。

そして、子どもは大人よりも皮膚が薄いために、より深く、よりひどいやけどになりやすいのです(※1)。

(※1)小児内科 2019; 51:1460-3.

クラゲに刺されたときの『温熱療法』の報告は、たしかに多い

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私は、『蚊に刺されたときに熱するという対処方法』の情報の大元は『刺胞動物に刺されたときの温熱療法』があるのではと考えています。

『刺胞動物』というのは、毒液を注入する針を備えた、主に水に住むクラゲやイソギンチャクといった生物を指します。

これらの刺胞動物に関しては、温熱療法が有効かもという研究があるのです。

実際、クラゲに刺されたときに温水につけたりシャワーをすると行った方法で対応した6件(390人)の研究は、温水やホットシャワーが有効だったという結果になっています(※2)。

(※2)Annals of Internal Medicine 2012; 157:JC6-12.

ムカデに刺された場合の『温熱療法』の報告もある

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純粋な昆虫ではありませんがそれに近い毒物をもった生物として、ムカデに刺された場合の温熱療法の報告もあります。

例えば日本からの検討結果では、ムカデに刺されたときに43度のお湯で温めると痛みが緩和されたとされています(※3)。

(※3)皮膚科の臨床 2010; 52:1182-3.

しかし、ムカデに刺された患者60人を、(1)アイスパック、(2)温水につける、(3)痛み止めの注射の3グループにわけて治療して比較した研究では、痛みの軽減に差がなかったという結果でした(※4)。

冷やすという従来の方法でも悪くなさそうですね。

(※4)Clinical Toxicology 2009; 47:659-62.

そして、温熱療法は害があるパターンもあります。

たとえばクモの毒素に対してはむしろ温熱療法が悪化に働く場合もあると報告されています(※5)。

(※5)Jama 1985; 254:2895-6.

では、蚊に刺されたときに、温めると良いのか?

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さて、肝心の蚊に刺されたときの温熱療法の報告は、調べた限りでは見当たりませんでした。

蚊の唾液にはさまざまなたんぱく質が含まれており(※6)、たとえばAed a 3という物質がアレルゲンとして特定されており(※7)、かゆくなる理由としてアレルギー反応であることが推測されています。毒物によるもの、とはいえないのです。

(※6)Journal of experimental biology 2005; 208:3971-86.

(※7)Allergy 2016; 71:621-8.

そして、前に挙げた『ムカデに刺されたときに温めること』に関し、昆虫の専門家である兵庫医科大学の夏秋先生の総論を読むと、『ムカデの毒に対するアレルギーを持っている場合はアレルゲンを全身に拡散させる可能性があり、冷やす方が無難では』と記載されています(※8)。

つまり、アレルギーを持っているときに温めるとアレルゲンを広げて悪化要因になるかもしれないのです。

(※8)臨牀と研究 2019; 96:830-3.

蚊に刺されたときの対応としては、現在のところ冷やす方が無難

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さて、ややこしくなってきましたのでまとめておきましょう。

一般的には、蚊の虫刺されに関しては温めるより冷やすほうがより手軽で、失敗が少ないように考えられますし、理にかなっているといえそうです。温めるとアレルゲンを拡散してしまう可能性もあると考えられます。

そして、少なくとも子どもに温熱療法を考えるときには、やけどの可能性を十分に配慮しなければなりません。これは、小児科医にとってはかなり心配です。

ですので私は、蚊にさされたときの対処は『ステロイド外用薬を塗布してから冷却』が王道だろうと考えていて、温熱療法を推奨はしていません

虫刺されは予防も大事

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もちろん、虫刺されにならないように予防していくことも大事です。

すなわち、有効な虫除け成分が含まれた虫除けを使い、(熱中症に気をつけつつ)長袖や長ズボンを履いたりすることもおすすめしています。

新型コロナの関係で換気をがんばっていくにあたり、こんな配慮も必要なのかもしれないなと思い、解説してみました。

また、蚊以外の昆虫に対する対処は、それぞれ結構ちがいます。

ですので、お困りの場合は近くの小児科医や皮膚科医にご相談くださいね。

この記事が、皆さんの参考になれば幸いです。

医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5500人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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