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独創つらぬく山崎隆之八段(41)自由奔放な指し回しで永瀬拓矢王座(29)を降し竜王戦挑決進出

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 8月1日。東京・将棋会館において第35期竜王戦本戦準決勝▲永瀬拓矢王座(29歳)-△山崎隆之八段(41歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 10時に始まった対局は21時32分に終局。結果は108手で山崎八段の勝ちとなりました。

 山崎八段は2012年以来の挑戦者決定三番勝負進出を決めました。準決勝のもう一局、佐藤天彦九段-広瀬章人八段戦は8月5日におこなわれます。

 山崎八段、佐藤九段、広瀬八段。誰が藤井聡太竜王に挑戦しても、タイトル戦番勝負では初の組み合わせとなります。

山崎独創流全開

 両者の過去の対戦成績は永瀬7勝、山崎2勝。下馬評では、本局は永瀬乗りの声が多かったでしょう。

 振り駒の結果、先手は永瀬王座。まず注目されたのは将棋界きっての独創派、山崎八段の序盤作戦でした。

 現代将棋はコンピュータ将棋(AI)を駆使して綿密に練られた事前研究が重視されます。両対局者の研究が一致すると、あっという間に終盤近いところまで進むという例もしばしば見られます。

 山崎八段は流されることなく、独自の姿勢を取り続けます。本局では居飛車か振り飛車か、なかなか態度を明らかにしません。永瀬王座も慎重に応じて序盤から駆け引きがあり、比較的スローペースの立ち上がりとなりました。

 16手目。山崎八段は飛車側の銀を上がります。解説の横山泰明七段は、次のように語っていました。

横山「8割方居飛車ですね、これは。2割ぐらいは振り飛車の可能性あるんですけど、ほぼ間違いなく居飛車です」

 しかし20手目。飛車を手にした山崎八段は、中段に2枚並べた銀の下を通して、大きく逆サイドに移動させました。

横山「出ましたね・・・。出ましたね、これは(苦笑)。この△2二飛車は、あまり指せる人はいないですね」

 山崎八段は現代調の駒組から遠くかけ離れた、江戸時代のような布陣で臨みました。

 永瀬王座が手堅く指し進めるのに対して、山崎八段は自由奔放。思いつくまま、自分の指したいように進めていたようです。

永瀬「▲3七桂が少し問題だったような気もするので。序盤で主張する形にできればと思ったんですけど。本譜だとこちらも▲8八銀から手損していますので。判断が難しいのかなと思いました」

 とはいえ、永瀬王座の構想が疑問だったとも思われません。コンピュータ将棋ソフトが示す評価値は、少しだけ永瀬王座よしで推移していきました。

 終局直後、山崎八段はなかなか言葉がまとまらなかったのでしょう。序盤を振り返って、次のように語っています。

山崎「序盤ちょっと、振り飛車ではなくて。形は決められたんですけど、わかんなくて。最初ちょっと危ないなと思いつつ、見たことない形にしないと厳しい、ということで。ちょっと無理やり。勢いよく思いついたまま指していこうっていう。そういう感じで指した方が慎重に指すより最近はいいので。ちょっと危ない。正確には成立してない手順だと思いますけど」

 山崎玉はぽつんと、味方の駒から離れてさびしい状態。セオリー通りに指すのであれば、玉形を整備してさてそこから、ということになります。しかし山崎八段の指し手は変わらず奔放。中段に桂を跳ねて動き、そのあとで玉を中央二段目に構え、向かい飛車を再び居飛車の筋に戻します。

山崎「振り飛車党なら普通にミレニアム的な感じで組むのかなあとは思いつつ。ちょっと頭の中に途中から、こういう感じで指したら難しいのかなあという感じに思ったので。居飛車党なので本譜の順を選びました」

 うっかりすれば空中分解しそうな形できわどくバランスを保ち、力でまとめあげるのが山崎流です。山崎八段は永瀬陣の銀冠上部から積極的に攻めていきました。

山崎「やっぱり序盤がちょっと不安定なんで。ちょっと序盤、時間を使いすぎたので。夕食休憩前少し、読んだ手をとばして、早めに指したので、読み抜けがあったら、っていうのは怖かったんですけど。まあでも決断よく。前回、決断よく指すって言ってたんですけど、それがちょっと迷いながら指してたんで。決断よく指さないと、と思って。そうですね、勝負勝負で。激しい戦いを慎重に。ギリギリだったらいいという感じで。開き直ってやってました」

 対して永瀬王座も的確に反撃。山崎玉は一気に危ない形となりました。どちらかといえば永瀬王座リードと見られたところで、夕食休憩に入ります。

 再開後の69手目。永瀬王座はじっと攻めの銀を四段目に進めます。強者らしい、落ち着いた一手。この手が間に合うのであれば、やはり永瀬王座がよさそうです。

 じっとしていては押しつぶされる山崎八段。攻め合いに活路を求めます。やがて永瀬王座に誤算があったか、じっと受けに回る手が続いたあたりで流れは逆転。次第に山崎ペースとなっていきました。

永瀬「(桂取りに)▲7四歩を打ちそこねたような気もしたので。ただそうですね、うーん、少し組み立てとしては自信がない可能性はあるのかな、と思いながら指してはいました」

 優位に立った山崎八段。会心の寄せ手順で永瀬玉に迫っていきます。序盤、自陣で大きく左右に動いた飛車は、永瀬陣へとなだれこんで「龍王」に出世。永瀬玉の死命を制する駒となりました。

 強靭な粘りが身上の永瀬王座も、本局では粘る余地がありませんでした。最後は盤上中央、「天王山」の位置にまで玉を進めます。そこで詰まされる順を選んで、永瀬王座は投了を告げました。

 両者の通算対戦成績はこれで山崎3勝、永瀬7勝となりました。

 山崎八段はA級昇級へつながる1勝、そして竜王挑戦へとつながる1勝を、強敵・永瀬王座から挙げたことになります。

 山崎八段は2012年以来の挑戦者決定三番勝負進出です。前回は丸山忠久九段を相手に1勝2敗で敗退しました。

 はたして今期はどうなるでしょうか。

山崎「最近の自分の実力ではちょっと、自分自身も考えてなかったというか。なんとかギリギリの勝負にしたいな、という感じで。そういう、ちょっと思い切って、駒が前に進むような将棋を指そうっていう感じでやってたら。三番勝負のことはちょっと、日程を含め見てなかったので。あまり意識してなかったです。まあ、そうですね、のびのび・・・。もちろん、自分にとっても、ものすごく大きな勝負なんですけど。竜王戦は途中からのびのび指してきてるので、それがたまたまいい結果につながってるので。今期は最後までのびのびと指したいなと思っております、はい」

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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