NHK「探偵ロマンス」がジェンダーについて思慮深く描く理由
NHK大阪局で制作された探偵活劇、土曜ドラマ「探偵ロマンス」は、脚本家・坪田文による“江戸川乱歩の世界のコラージュ”はきれいに起承転結になる全4回から成っている。
2月4日(土)に放送された第3回はみごとなまでの「転」で、これまで散りばめられてきた数々の要素の関わりがわかって盛り上がった。のちの乱歩・平井太郎(濱田岳)と名探偵・白井三郎(草刈正雄)に立ちふさがる謎の貿易商・住良木(尾上菊之助)との「結」末はいかに。謎解きの面白さと同時に、この世に生きるあらゆる者たちが自分らしく生きるには?というような社会派ドラマの一面もある。
とりわけ、第3回は、自分を表す言葉がみつからなくて悩むお百(世古口凌)の心の叫びが印象的だ。演じた世古口さんも交え、櫻井賢チーフプロデューサー、演出家の安達もじりさん、大嶋慧介さん、脚本家・坪田文さんが振り返る「探偵ロマンス」。
世古口凌とは? 2018年デビューの気鋭の俳優。舞台「『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stage」、テレビドラマ「機界戦隊ゼンカイジャー」などに出演
お百とは? 「探偵ロマンス」の登場人物。オペラ館で人気の踊り子だが、見た目の美しさだけが求められ、他人の声に合わせて歌ったものを評価され、自身の本質を理解されないことに悩んでいる
それぞれの物語を作家としていたずらに消費しようとすると悲劇が起こる
――「長い髪が好きだしきれいになることが好きだ。でも女じゃない。喉仏がでてきて声が変わった。でも男でもない。僕のことを表す言葉がどこにもない」というセリフが第3回にありました。お百の役をどう考えましたか。
世古口凌「これまで経験したことのない役でしたが、お百のような人物を描いた作品を見たうえで、ジェンダー指導も受けました。そこで学んだのは、誰もがひとりひとりが違うということです。そこで、既存の誰かのように演じるのではなく、お百だけの心情や生き方を発見しようと思いました。世の中には、男性、女性の2種類ではなく、無限の個性があるのだとお百を演じてわかりました」
坪田文「お百のことを言い表すとき“女装の踊り子”“女装している男性俳優”というような言葉を私は使いたくなかったんです。本来、この人はこういう人と一言で表現できる言葉はないということを『探偵ロマンス』で書きたくて。この世界、誰もが必死に生きていて、そのひとりひとりのなかに物語があります。他者の快楽のために自分の物語を捨ててしまってはいけない。そのことを、『自分の物語がわからないやつはばか』だと他者を否定してきた太郎が気づくまでの物語です。お百にも、ほかの登場人物たちにもある、それぞれの物語を作家としていたずらに消費しようとすると悲劇が起こるという話でもあって、そこは私も作家として自戒するところでもありました」
大嶋慧介「現場で世古口さんとは、お百は何者なのだろうという話をずっとしていました。今の言葉で言うトランスジェンダーということではなく、ひとりの人間としてお百をどう思うかということを大事にしました」
世古口「お百についていろいろ考えてもなかなか答えが見つからなかったですが、人一倍、時代と戦っていると思いました。なにかと冷めたような振る舞いをしますが、じつは必死に生きることについて葛藤しているんです」
――第3回、これまで影歌(上白石萌音)で演じていたお百が自分の声で歌い、銃を客席に向けるシーンが鮮烈でした。どんな気持ちで演じましたか。
世古口「第1〜3回までの物語のなかでお百は生きる希望を追い求めていました。自分らしく生きたいだけなのに、新聞記者・梅澤潤二(森本慎太郎)やラッパ(浅香航大)は彼らの尺度で見る。なんでみんなわかってくれないんだろうと辛く思っていたところ、太郎と出会って、わかってくれるひとがいるのかもしれないと期待をかけます。太郎が最後の希望のようなもので、意を決して彼の下宿を訊ねて本音を話したものの、意外と期待した反応が返ってこなくて、裏切られた気がして、もっと苦しくなって……。自分のことは自分でなんとかするしかないと自暴自棄になって最後の舞台に立ちます。お百にとって死ぬ手前のような、心が死ぬような時間です。カットを割って撮っていますが、カットとカットの合間もお百の気持ちが途切れないままで僕自身も辛くなりました。でもその分、とてもやりがいがありました」
安達もじり「劇中劇としてのお芝居の流れと、お百の感情を同時に表現するという高度なことをやっていまして、同じ劇中劇のシーンが2話と3話にありますが、お百の感情の違いによって、動きは同じながら、違うものになっています」
世古口「第2話では見た目の美しさを優先していて、第3話では、感情の揺れを身体で表現しました。劇中劇の撮影はエキストラさんとの連携もあって充実していました。劇中劇にも時代性が表されているので、じっくり味わってほしいです」
安達「ちなみに振り付けは牧勢海さんで、『カムカムエヴリバディ』に続いて今回もまたお世話になりました。射的屋の女将役でも登場していただき、短い出番ながら存在感を発揮していただきました」
心からやりたい仕事を選択できたり、一緒にやりたい人たちと仕事が常にできたりするように
――世古口さんをお百に抜擢した決め手は?
大嶋「『機界戦隊ゼンカイジャー』を見たとき、表情がどんどん変化していくのが魅力的で、いつかご一緒したいと思っていました」
世古口「声をかけていただいたとき驚きましたが、NHKのドラマに出られることは俳優人生でも大きなことで嬉しかったし、難しそうだけれどやりがいのある役だったので撮影が楽しみでした。実際、現場は一流の方々ばかりいて、現場でのあり方などがとても勉強になりました」
――濱田岳さんや尾上菊之助さんとはなにか話をしましたか。
世古口「濱田さんとは、お百にとって大事なシーンが多かったので、大先輩に圧倒されないように役に集中していました。菊之助さんはもっと大先輩ですが、待ち時間、お芝居のことよりも、食べ物やファッションのことなどパーソナルなことを伺いました(笑)」
――お百ほどではないにしろ、自分の本心が他者に伝わらないことや、やりたいことがなかなかできない状況は誰もが経験すると思います。例えば、仕事をしていて、意に沿わないことがあったときどうやって乗り越えますか。
世古口「僕は、映画やドラマに感動をもらって、届ける側にまわりたいと思ってこの仕事をはじめたので、万が一、思いもかけない仕事を提示されても、求めてくれる人や喜んでくれる人がいるなら、自分のできる範囲でやって、待っているかたに届けたいという気持ちがあります。ただ、自分が心からやりたい仕事を選択できたり、一緒にやりたい人たちと仕事が常にできたりするように自分を磨いていきたいと思っています」
櫻井賢「『探偵ロマンス』のパート2があったら坪田さんがお百を出したいと言っていましたよ」
世古口「ほんとですか。パート2をぜひ実現してほしいです」
――時代と戦ったお百。いまの時代だったらどうでしょうか。
世古口「ドラマは百年前の設定で、2023年のいまは、ドラマの時代よりも人間のありかたに多様性が認められてきているから、生きやすい時代になっているのではないかと思いたいです。たとえば、お百がうまくSNSを使いこなせれば、幸せな環境を作ることができるのかな」
土曜ドラマ「探偵ロマンス」
毎週土曜 総合 夜10:00~10:49 <全4話>
【脚本】坪田文
【音楽・主題歌】大橋トリオ
【出演】濱田岳 石橋静河
泉澤祐希 森本慎太郎 世古口凌 杏花 原田龍二 本上まなみ 浅香航大 浜田学
/ 松本若菜 上白石萌音 近藤芳正 大友康平 / 岸部一徳 市川実日子 尾上菊之助 草刈正雄 ほか
【制作統括】櫻井賢
【プロデューサー】葛西勇也
【演出】安達もじり 大嶋慧介
物語
20世紀初頭、帝都では、世界大戦による好景気の終えんにより超格差社会が生まれ、犯罪や強盗がはびこるうえに、スペイン風邪がまん延していた。のちに江戸川乱歩となる平井太郎(濱田岳)は初老の名探偵・白井三郎(草刈正雄)とバディを組み探偵稼業をはじめる。やがて太郎は明智小五郎や怪人二十面相などの登場人物を思いつき傑作ミステリーを生み出していく。上海帰りの貿易商・住良木(尾上菊之助)、秘密倶楽部の妖艶な女主人・美摩子(松本若菜)、太郎を見下す新聞記者の潤二(森本慎太郎)、鬼警部・狭間(大友康平)、バーのマスター伝兵衛(岸部一徳)、魅惑の踊り子・お百(世古口凌)、三郎と昔なじみのお勢(宮田圭子)、太郎が文通している隆子(石橋静河)、太郎の友人・郷田初之助(泉澤祐希)などと関わりながら太郎が見つけ出すものはーー