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ダム表層水のセシウム「1.63Bq/L」→「検出下限値未満」に訂正 毎日新聞

楊井人文弁護士
大柿ダム(東北農政局ホームページより)

毎日新聞は9月25日付朝刊1面トップで「ダム底 高濃度セシウム/福島第1周辺 10カ所8000ベクレル超」と見出しをつけ、福島第一原発周辺のダムの底に放射性セシウムが高濃度でたまり続けている問題について、3面「クローズアップ」とあわせて詳しく報じた。この中で、ダム表層の水のセシウム濃度を1リットルあたり「1〜2ベクレル」と記し、大柿ダム(福島県)の図にも昨年11月16日採取分として「1.63ベクレル/リットル(表層水)」と記載。しかし、いずれも「検出下限値未満」の誤りだったとして、10月4日付朝刊1面に訂正記事を掲載した。ニュースサイトの記事も上書き修正(図は削除)されたが、訂正した旨の説明はなかった(【追記あり】10月5日夜に訂正が追記された。さらに10月9日朝刊で新たに追加訂正が掲載された。詳しくは後述。【続報あり】=「ダム底セシウム」報道に複数の誤り 毎日新聞、3度目の訂正は見送りへ)。

毎日新聞2016年10月4日付朝刊1面
毎日新聞2016年10月4日付朝刊1面

「検出下限値」とは検出できる最小量を意味し、「検出下限値未満」とは対象物質を検出できなかったこと(不検出)を意味する。毎日新聞の記事は、ダムの底だけでなく表層水からも微量ながらセシウムが検出されていたとの誤解を与えるものだった。

毎日新聞2016年9月25日付朝刊1面
毎日新聞2016年9月25日付朝刊1面

森口祐一東大教授(環境システム工学、元・国立環境研究所資源循環・廃棄物研究センター長)は、記事掲載直後から誤りをツイッター上で指摘したほか、毎日新聞の知り合いの記者にも伝えていたという。だが、27日発行の毎日小学生(毎小)新聞にも「ダム底に高濃度放射性セシウム」と題する記事で、ダム表層水のセシウム濃度について同じ誤記があった。当機構も同社に指摘していたが、10月4日現在、毎小の記事は訂正されておらず、ニュースサイトの記事もそのままになっている(【追記あり】10月5日に訂正された。後述)。

2016年9月27日付毎日小学生新聞(3面)。ダムの図は25日付本紙に掲載されたものとほぼ同じ。
2016年9月27日付毎日小学生新聞(3面)。ダムの図は25日付本紙に掲載されたものとほぼ同じ。

毎日新聞が今回の記事化にあたって参照したのは、環境省がウェブサイトで公表している水質モニタリング結果とみられる。そのうち福島県の調査結果の資料には、大柿ダムの昨年11月16日採取分の表層水(水深0.5メートル)の測定結果として、セシウム134は「<0.75」、セシウム137は「<0.88」と記載されていた。記事に書かれた「1.63ベクレル/リットル(表層水)」はこの2つの値の合計値とみられる。だが、「<」の記号について、環境省の調査概要の資料では「不検出の結果については、検出下限値を四捨五入して有効数字 2 桁とした値に"<"を付して示した」と説明されていた。

森口教授は、日本報道検証機構の取材に対し「担当記者は検出下限値の意味を知らなかったわけではないようです。ではなぜこのような記事になってしまったのか。きちんと経緯を検証して読者に説明した方がいいと伝えたのですが、今日の訂正記事は必要最小限のことしか書かれていませんでした。これが新聞社の限界なのでしょう」と話している。

この訂正記事に対してはすでに識者らから批判が相次いでおり、同社の広報担当者は当機構に対し「今日、訂正記事を出しましたが、改めて紙面上の対応を検討しております」とコメント。近く追加的に記事を出す可能性を示唆した。

【追記1】

毎日新聞は10月5日夜、「高濃度セシウム 福島第1周辺のダム底に堆積」と題したニュースサイト記事に訂正を追記した。追記されたのは、紙面版に掲載された訂正記事の約4倍の分量。同紙は通常、ニュースサイト版記事の誤りは上書き修正のみで対処しており、訂正文を追記するのは異例の措置。

この中で、「環境省の調査の放射性セシウム134と137の濃度の検出下限値(測定器で検出できる下限の値)を誤って足したものでした。実際の調査結果は不検出(検出下限値未満)でした」と説明。「検出下限値の意味を十分に理解しないまま同省のデータを引用し、社内のチェックも不十分でした。今後は事実関係の確認を徹底します」としている。

毎日小学生新聞の記事も、ニュースサイトの問題箇所が修正されるとともに、訂正のリンクが掲示された。紙面には5日付で訂正が掲載された。

(全文)

<訂正しました>この記事では当初、表層水の濃度を「1リットル当たり1〜2ベクレル」、図で2015年11月16日採取の大柿ダムの表層水を「1リットル当たり1.63ベクレル」としていましたが、誤りだったため訂正し、図は削除しました。これらの数値は、環境省の調査の放射性セシウム134と137の濃度の検出下限値(測定器で検出できる下限の値)を誤って足したものでした。実際の調査結果は不検出(検出下限値未満)でした。

この記事は同省の調査をもとに、東京電力福島第1原発の周辺にある10のダムの底に、放射性セシウム濃度が1キロ当たり8000ベクレルを超える土がたまり続けている問題点を指摘しました。その上で、表層の水の濃度は国の飲用水基準(1リットル当たり10ベクレル)を大きく下回る現状を伝えています。

検出下限値の意味を十分に理解しないまま同省のデータを引用し、社内のチェックも不十分でした。今後は事実関係の確認を徹底します。

毎日新聞ニュースサイトより)

【追記2】

毎日新聞は10月9日付朝刊で、9月25日付朝刊1面の記事冒頭で「東京電力福島第1原発周辺の飲料用や農業用の大規模ダムの底に、森林から川を伝って流入した放射性セシウムが濃縮され、高濃度でたまり続けていることが環境省の調査で分かった」と報じた部分について、濃度の上昇は確認されておらず、「濃縮」は「蓄積」の誤りだったと訂正する内容の「おわび」記事を掲載した。

さらに、「おわび」記事では、9月25日付朝刊3面の解説記事「質問なるほドリ ベクレルって何?」についても、「8000ベクレルの廃棄物の近くにいると、1時間当たり0・23マイクロシーベルトの影響を受けるとされます」との記述を「8000ベクレル以下なら、周辺での被ばく線量が年間1ミリシーベルトを下回るとされます」に訂正し、「年間摂取量の基準値は全年齢で100ベクレルと定められています。それを超えた場合の限度値は、体格や代謝を考え、13〜18歳男子が最も厳しい120ベクレル、妊婦は160ベクレルです」の部分と関連する図も削除した。

「おわび」記事はニュースサイト記事にも掲載された。日本報道検証機構も同社に複数の問題点を指摘していた(続報あり)。

毎日新聞2016年10月9日付朝刊3面
毎日新聞2016年10月9日付朝刊3面

(*) 当初、タイトルで「bq/L」と表記していましたが、「Bq/L」に修正しました。

(*) ニュースサイトに訂正記事が掲載されたため、追記をしました。(2016/10/5 22:30)

(*) 10月6日付朝刊に訂正の説明記事が掲載され、毎日小学生新聞にも訂正が掲載されたため、追記しました。ダムの写真を差し替えました。(2016/10/6 18:10)

(*) 10月9日付朝刊におわびが掲載されたため、追記しました。(2016/10/9 11:25)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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