Yahoo!ニュース

米大統領選 ヒラリー女子会VSプーチン男組「もしトラ」で微妙な安倍首相の立ち位置

木村正人在英国際ジャーナリスト
ワースト1とワースト2の争い(写真:ロイター/アフロ)

いよいよ米大統領選の投票日

米大統領選はいよいよ8日の投票日を迎えます。民主党候補のヒラリー・クリントン前国務長官(69)が逃げ切るか、共和党候補の不動産王ドナルド・トランプ氏(70)が大逆転するか。世界中が固唾を呑んで見守っています。

米データ分析サイト「538」によると、ヒラリーが大統領になる確率は68.3%、トランプは31.6%。ヒラリーの私用メール問題で米連邦捜査局(FBI)は訴追を求めない方針を明らかにし、一件落着しましたが、最後のTV討論会(3回目)が終わった直後の10月21日時点のヒラリー86.7%、トランプ13.3%に比べると随分、差は縮まりました。

「女性の下半身なんかすぐ触れる」と自慢げに語った女性蔑視発言が暴露され、最終盤、トランプの往生際の悪さが目立ちました。米選挙サイト、リアル・クリア・ポリテックスの「嫌われ度世論調査」の平均値ではヒラリー-13.5ポイント、トランプ-19.8ポイントです。

米メディアは「ヒラリーは米大統領選史上、ワースト2の大統領候補だ」と言います。トランプがワースト1だからです。どちらがなっても有権者にとって史上最低の大統領になることに変わりありません。11月6日に公表された16の世論調査でヒラリーが平均で3.3ポイントもリードしており、ヒラリー優位は揺らいでいません。

「もしトラ」シナリオ

しかし、それでも40~45%近い有権者がトランプを支持し続けています。悪夢のトランプ米大統領という「もしトラ」シナリオも完全に消えたわけではありません。米大統領選後のカギを握る影の主役はロシアのプーチン大統領です。日本の安倍晋三首相を中心に人脈図を作ってみました。

出所:筆者作成
出所:筆者作成

ロシア下院選をめぐる抗議行動を生放送し、世界的に注目を集めた露民間TV局ドーシチの編集長Mikhail Zygar氏の話を聞く機会がありました。Zygar氏の書いた「All the Kremlin’s Men: Inside the Court of Vladimir Putin(筆者仮訳:クレムリンの男たち ウラジミール・プーチンの宮中)」はロシアで大ベストセラーになりました。

Zygar氏によると、プーチンは第二次大戦で戦後の世界秩序を決めたヤルタ会談を再現する野望を抱いているそうです。米大統領ルーズベルト、英首相チャーチルと会談したソ連の独裁者スターリンのようにプーチンは21世紀の世界地図を描きたいのです。

露民間TV局ドーシチの編集長Mikhail Zygar氏(筆者撮影)
露民間TV局ドーシチの編集長Mikhail Zygar氏(筆者撮影)

プーチンにとってトランプは現代のルーズベルトなのです。プーチンの計算が狂いだしたのは2005年。ドイツ総選挙でメルケルが首相になったことです。ロシアの石油・天然ガスを必要とする工業国ドイツに接近したプーチンは1998~2005年までドイツ首相を務めたドイツ社会民主党 (SPD)のシュレーダーを取り込みます。

当時、プーチンになびいたのはイタリアの首相ベルルスコーニ、フィンランドの首相リッポネンらです。今ではハンガリーの首相オルバンやギリシャの首相チプラスに急接近しています。プーチンには旧東ドイツ出身でロシアへの警戒心が強いメルケルが煙たくて仕方ありません。

プーチンはメルケルの犬嫌いを知りながら、大型犬を伴って首脳会談に臨むことが多いそうです。マッチョ政治家のプーチンにとってヒラリーは、05年ドイツ総選挙のメルケルに見えて仕方ありません。

プーチンがトランプに秋波を送るワケ

ドイツのメルケル、英首相のメイに続いて米国初の女性大統領ヒラリーが誕生したらプーチンの野望は完全に潰えてしまいます。だから同じマッチョ型思考のトランプに秋波を送り、米民主党メールのハッキングなどヒラリーの不利になるような暴露を行っていると言われています。

ヒラリーとプーチンの関係は最悪です。ヒラリーはプーチンが大統領に返り咲いた時、真っ先に欧州の親ロシア政策を見直すよう呼びかけました。そしてクリミアを併合したプーチンをヒトラーになぞらえました。ヤルタ会談の再現を目論むプーチンにとって「ヒトラー」と呼ばれることは最大の侮辱です。

「もしトラ」シナリオだと、プーチンは安倍首相を抱き込んで、プーチン、トランプ、シンゾーでアジア太平洋版「ヤルタ会談」を開く方向で動くでしょう。「ヒラリー女子会」が世界を主導するか、それとも「プーチン男組」が新たな世界秩序をつくるのか。

日本も重大な岐路に立たされています。Zygar氏に北方領土交渉の見通しについて質問しました。「ロシア側に北方領土交渉を進めるメリットは何一つない。クレムリンからもそんな声は全く聞こえてこない」との答えでした。

シリアやウクライナ問題で、プーチンが何を語ったかではなく、どう動いたかを見る必要があります。KGB(ソ連国家保安委員会)出身のプーチンはしたたかです。プーチンの口車に乗せられると日本は取り返しのつかない過ちを犯すでしょう。米大統領選で米国の有権者がワースト1ではなく、ワースト2を選ぶことを祈らずにはいられません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事