「年金生活者等に対する臨時特別給付金」は選挙対策なのか
15日、自民党・公明党の幹事長・政調会長が岸田首相と面会をし、年金受給者である高齢者に対して新たに「年金生活者等に対する臨時特別給付金」を創設し、1回限り5000円を臨時に給付する政策を提言しました。岸田首相も前向きな回答をしたとされており、実現する可能性が極めて高くなっています。高齢者の選挙対策を「シルバー民主主義」と揶揄する声もありますが、急に湧いたような給付金はなぜ提案されたのか、そして実際のところ選挙対策ではないのか、検証してみます。
自民・公明・国民の連携とは別スキームで公明の顔を立てる目的か
去る13日に行われた自民党大会では公明党代表が来賓として呼ばれていました。自民党からすれば友党の公明党代表が来賓として呼ばれることは例年のことであり、特に取り上げるようなことではありませんが、最近では選挙協力についてぎくしゃくしていた自民党・公明党の選挙協力がどうなるか関心が高まっており、岸田総裁や山口代表の発言にも注目が集まっていました。
結果として、岸田首相は、「我々は友党・公明党とともにこの20年間、政治の安定を導いてきた。来る参院選を自公連携の下、勝利しよう」と発言し、来賓の山口代表が「具体的にあらゆる選挙区の状況を確認し、互いに中身のある、結果の伴う歩みをしっかり進めたい」と述べるなど、少なくとも自民党大会ではこの選挙協力が実現する展望となったようです。この党大会に先立って行われた自民・公明の幹事長・選対委員長による4者会談では「①自民が5選挙区で公明候補を推薦、②38選挙区で地方組織間の協議を開始する」という方針が了承されており、先週末から急速に自民・公明間の融和が進んだといえるでしょう。
この背景に、今回の「年金生活者等に対する臨時特別給付金」があると筆者はみています。その背景に迫る前に、「年金生活者等に対する臨時特別給付金」についてみていきたいと思います。
「年金生活者等に対する臨時特別給付金」の詳細と原資
まだ政策要望のレベルである「年金生活者等に対する臨時特別給付金」の詳細は不明ですが、支給の理由(根拠)については既に明らかになっています。高齢者が受給している年金の受給額はあくまで年金支給額は物価や賃金変動を考慮して決まることになっていますが、2022年度は物価変動率や賃金変動率が下がったことでマイナス改定になったことから、今年4月から減少するということになっています。
そのため、(今後見込まれる)賃金上昇などの恩恵をすぐには受けられない高齢者の対策として、「年金生活者等に対する臨時特別給付金」が登場した、という形です。支給対象は約2600万人とされており、支給総額は約1300億円、さらに事務経費を含めると総額は2000億円程度となる見通しです。
この原資には予備費が充てられることとなっています。予備費の拠出には閣議決定が必要となるため、(今年度の予備費のため)3月中に閣議決定をしてから実際の支給スキームが決定し、その上で実際に支給される見込みですが、これまでの給付金の流れなどをみると、閣議決定から約3ヶ月程度、具体的には6〜7月ぐらいには着金するような形で動くものとみられます。なお、この時期は、参議院議員選挙の時期に重なります。
いきなり「年金生活者等に対する臨時特別給付金」が登場した理由
この急転直下な流れには、衆院選で「トリガー条項の凍結解除」を公約に掲げた国民民主党が衆院で審議された予算案を可決にまわる戦略(詳細は筆者稿「ガソリン価格急騰で「トリガー条項凍結解除」に焦点、与野党の思惑と駆け引きは」を参考)により、与党入りが近づいたとの観測があったことから、自民党・公明党が危機感を覚えたのが背景だという見方があります。玉木代表が岸田首相との「トリガー条項の凍結解除」の約束を結べていたかどうかはわかりませんが、ウクライナ情勢を見極めていれば原油の更なる高騰から、約束の有無にかかわらず現実的に「トリガー条項の凍結解除」を行わなければならない状態になることは明白であり、この点において先を見通していた玉木代表(が率いる国民民主党)は当初の目的を達成することができたといえるでしょう。
こうなると、国民民主党の与党入りといった展望も懸念されることから、公明党が「公明党が要望する形での政策実現」を落としどころとしての選挙連携をはかったとみることもできます。「トリガー条項の凍結解除」とともに、「年金生活者等に対する臨時特別給付金」を実現することによって、特に高齢者を中心とした世論の関心をガソリン代から臨時特別給付金に移すことで、公明党の参院選に向けての実績アピールに繋げたい考えでしょう。金額面としてはこれまでの特別定額給付金と比べると極端に低いですが、原資は予備費を充てていることを考えれば、参院本会議で予算が通過し「トリガー条項の凍結解除」が実現する前にスピーディーに実現するために財務相との折衝において妥協できるレベルの金額感が、この「5,000円」だったということだと考えられます。
結局、この政策は「選挙対策」なのか
では、この施策は結果として選挙対策を目的としているのか、そして選挙対策になりうるのでしょうか。公明党の石井啓一幹事長は昨日の首相への要望提出後のぶら下がり会見で記者からの問いに「政策、選挙両面で連携を強める流れにちょうどマッチした」と述べるなど、選挙対策の側面を部分的に認めるような発言もありました。このことから、自公の連携協力を強化するための「給付金」という側面があるのは間違いなさそうです。
高齢者に対する支給金額としては、これまでの給付金と比べると額も少ないものの、少額でもインパクトはあるとみられます。普段の年金に上乗せする形で支給されればインパクトは薄れるかも知れませんが、あくまで年金とは別に5,000円が支給されるようなスキームで支払われれば、今回の政策要望以降も、閣議決定、支給スキーム決定、支給とマスコミに話題を提供し続けることにもなり、それなりの効果を及ぼすことは間違いないでしょう。特に支援者の高齢化が著しい公明党にとっても具体的な実績としてアピールするには十分と考えられます。
一方、支援が必要なのは高齢者だけではありません。政府は賃金上昇の恩恵を受けない年金受給者という建て付けでこの給付金を進めようとしていますが、賃金上昇の恩恵を受けない労働者(アルバイトやパート)も多くいるのが実情です。更に、今回の給付金はまだ要望段階とはいえ、住民税非課税世帯などに対する給付金の受給世帯を除いては、特に所得の制限などを設けない方向のようです。従って、年金額や貯蓄の大小にかかわらず支給する形が果たして本当に必要なのか、という疑問と共に、特に若年層や学生などといった支援を必要としている方への支援と天秤にかけても、今回の「年金生活者等に対する臨時特別給付金」が必要な支援なのかをみていく必要があります。国会審議でもこの点を中心に野党などが追及することも考えられるでしょう。