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シリア:砂漠バッタが襲来

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2021年4月20日過ぎから、シリアの東部・南部に砂漠バッタが飛来し始めた。当初は既に砂漠バッタが襲来していたイラク・ヨルダンと国境を接するダイル・ザウル県、ヒムス県、スワイダ県、ダラア県、クナイトラ県への飛来が報じられていたが、次第にダマスカス・ダマスカス郊外県、さらには中部のハマ県、地中海沿岸のラタキア県でも当局が砂漠バッタ対策に乗り出すに至った。また、砂漠バッタはレバノン東部にも飛来した。

 砂漠バッタは、アラビア半島からイラク、ヨルダンを経てシリア、レバノンに至ったが、これらの諸国はいずれもこれまでの紛争や、中国発の新型コロナウイルスの蔓延とそれに伴う経済危機のような苦境に見舞われている諸国である。イラク、シリア、レバノンについては、これまでも政治のマヒや経済危機について紹介してきたが、そうした危機が原因で、砂漠バッタの襲来を前に十分な対策をとることができるかは心許ない。レバノンでは、軍のヘリを動員して殺虫剤の散布を行っている。シリアにおいても、農地や公園での殺虫剤の散布などの対策が取られている旨の報道が増加している。しかしながら、レバノンでは政治・経済危機に伴う通貨の下落により、軍も含む行政機関の活動のための予算が著しく目減りしており、軍や警察による治安維持にも支障が出ることが懸念されている状態である。シリアについても、紛争被害や経済制裁などに起因する燃料・電力不足、食糧価格の高騰が深刻化しており、砂漠バッタ対策で殺虫剤を散布するにしても、そのための薬剤や車両を十分確保できるかは定かではない。そのため、シリアの当局が砂漠バッタの飛来により重大な被害は出ていないと主張しても、それが事実なのか、今後も被害を防ぐ対策を十分講じられるかについて、到底楽観はできないのである。

 ここで忘れてはならないのは、シリア・レバノン方面では春から初夏にかけて、小麦をはじめとする様々な農作物が収穫期を迎えるということだ。戦闘の舞台としてすっかり有名になってしまったダマスカス近郊のグータと呼ばれる地域は、本来は果樹園が広がる農村地帯で、今頃はサクランボが旬を迎えているはずである。シリアの農業当局によれば、サクランボの収穫は砂漠バッタの飛来により被害を受けていない由だが、今後もそうであり続けてほしいものだ。また、近年は小麦の収穫期を迎えると「イスラーム国」が収穫前の畑への放火や収穫妨害を「軍事作戦」と称して行うことが増えている。社会の混乱や敵対者に打撃を与えることを目的としていると説明できないことはないが、自分が生きるためだけに農作物を食い荒らす砂漠バッタに比べると、専ら人殺しのためだけに農作物に火を放つ「イスラーム国」という現象の不毛さもまた際立つ。

 紛争や経済封鎖により、医療・福祉・教育・農業など様々な機関・組織が荒廃すれば、それらを再建するのは容易ではない。4月24日には、イラクで新型コロナウイルス患者のための病院で火災が発生し82人が死亡したが、火災の原因と目される不適切管理や施設の荒廃の原因は、近年の紛争や汚職だけでなく、イラク戦争前からの経済封鎖も関係していると考えられているようだ。シリアやレバノンでは、諸当事者により人民の生活水準を下げるような政策が取られたり、対策が意図的に遅らされたりしているような場面も多いが、それは砂漠バッタの飛来のような天災を、人災に転換して更なる被害を招くことだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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