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『ガンダム』富野由悠季監督が語るオーバーツーリズム問題 失われる文芸との「境界線」

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
個別インタビューに応じる富野由悠季監督

「ガンダム」シリーズの生みの親として知られる富野由悠季監督(82)が、今年アニメ業界歴60周年を迎えています。その60年のキャリアの中で、一つの集大成とされる作品があります。1988年の映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』です。『逆襲のシャア』は、今や国民的キャラクターとも言えるアムロ・レイとシャア・アズナブルが登場する『機動戦士ガンダム』から続く物語の最終作とも言える作品で、今でもガンダムファンに愛され続ける名作です。

第2回新潟国際アニメーション映画祭のトークイベントで対談する富野由悠季監督(左)とメカニック・デザイナーの出渕裕さん(右)
第2回新潟国際アニメーション映画祭のトークイベントで対談する富野由悠季監督(左)とメカニック・デザイナーの出渕裕さん(右)

 映画としての完成度の高さから、これまで映画祭で『逆襲のシャア』は幾度も上映されています。今年3月15日から20日まで新潟市で開催された新潟国際アニメーション映画祭でも『逆襲のシャア』は上映され、チケットは即完売。全国や海外からファンが新潟に集まりました。映画祭には富野監督も訪れ、上映前にメカニック・デザイナーの出渕裕さんとのトークイベントにも登壇しました。

 今やアニメは大人も広く当たり前に観るものになり、地方創生にも積極的に活用されるように社会的な位置づけも変わっています。富野監督はアニメ文化の移り変わりをどう見ているのか、半世紀のキャリアをもとに伺いました。

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文芸化する漫画とアニメ

――富野監督のキャリア60年の中で、アニメの表現や社会的位置づけが変わり、今では地方創生にも役立てようとする動きもあります。富野監督ご自身も、アニメツーリズム協会の会長を務めています。この変化についてどのように受け止めていますか。

 「進化」という言葉を使っていいのかどうかわかりませんが、当然の趨勢でしかありません。かつて、漫画が「悪書」だと言われていた時代がありました。それがいつの間にか悪書ではなくなってしまって、漫画も「読む」ものだと言われるようになりました。僕が生まれ育った感覚だと、漫画は「読む」ものだと言えないんですよね。漫画は「見る」ものでした。

 特にここ数年の新人漫画家の作品を見ていても、その内容には驚かされるものがあります。そこにはきちんと人間が描かれており、これは「文芸」だと思わせてくれる作品が登場しています。なまじの小説よりも、「文芸」だと言える漫画作品も珍しくありません。そういった意味でも漫画も「進化」していると言えるでしょう。

 「進化」の理由は単純です。幼少の頃から漫画に触れていて、その種類も豊富です。82歳の僕の年代だと、見ていた漫画は『のらくろ』や『鉄腕アトム』ぐらいしかありませんでした。その後『巨人の星』や『あしたのジョー』が登場し、物語重視になっていきます。『巨人の星』が出た時はスポーツ根性が漫画になるのかと驚きました。こうした流れから、昨今の漫画家はかなりの人が文芸家、文筆家としての能力を備えているように思います。多くの漫画家が、読者心理を考え抜いた上で創作しています。

 アニメも同様に、この漫画の流れを辿っていると思います。漫画とアニメの区切りもなくなってきて、どちらも作品として評価されるようになっています。新潟国際アニメーション映画祭でも、出品した作品を見ていてもそれぞれ奥深い個性があり、一律ではありません。これは例えばディズニー作品のカラーが一様なのと比べると文芸的で、対照的だと思います。

 もはや漫画もアニメも不可分になっていて、小説のような文芸や実写映画の領域になっていると思います。従来のようにジャンルを区切って考えていたら、正しく作品評価ができなくなってきていると思います。

アニメをオーバーツーリズム対策に

富野監督はアニメツーリズム協会会長の職責も8年にわたり務める
富野監督はアニメツーリズム協会会長の職責も8年にわたり務める

――富野監督は「聖地巡礼」の動きについてどう見ていますか。

 僕はアニメツーリズム協会の会長を務めて今年で8年になるのですが、続けていてわかってきたことがあります。それは「アニメ」と付くことによって本来認知されなかったものが世間に認知されるようになり、作品だけで評価されなくなるという点ですね。これはアニメや漫画が文芸の部分に足を踏み入れていることと同じ動きだと思います。小説や漫画やアニメの境界線がなくなりつつあり、それを当たり前に受け入れている世代によって「聖地巡礼」は愛されています。

 一方で、オーバーツーリズムの問題をなんとかしなければなりません。そのために新しい観光地を見つけられるアニメツーリズムは、この問題に役立てられる点もあると思います。例えば、これまであまり注目されてこなかった山は好例だと思います。アニメツーリズムによって、新しい観光地を発見できることで、オーバーツーリズム解消の一助になるのではと考えています。こういった新たな観光地の魅力を協会としても発信し続けていきたいですね。

 資本主義的なものの考え方は正直嫌ではあるのですが、アニメによってこうした社会問題の解決に役立てられるのであれば、マイナスに捉えることはやめてもいいのではと思っています。アニメに社会的な存在感を認められるようになれば、その発信力もさらに広がっていくと期待しています。

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新潟国際アニメーション映画祭は、2025年に第3回の開催を決定しています。会期は2025年3月15日(土)から20日(木)の6日間を予定しています。

第3回新潟国際アニメーション映画祭のキービジュアル
第3回新潟国際アニメーション映画祭のキービジュアル

(写真は全て筆者撮影)

ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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