有馬記念に挑戦するカレンブーケドールの担当者が勝利を願う特別な理由とは?
恩師に出会い、G1にも挑戦
「アーモンドアイが去った現在、厩舎の看板馬になってほしいです」
そう語るのは国枝栄厩舎のムードメーカーでもある中村雄貴。1985年12月5日生まれだから先日35歳になったばかり。有馬記念に出走するカレンブーケドール(牝4歳)を担当する調教厩務員だ。
父・充、母・美智子の下、東京の福生市で生まれた。2人兄弟の末っ子だった彼が競馬を知ったのは偶然みたテレビ中継。「マヤノトップガンやサクラローレルに心を奪われ、騎手になりたいと思った」。
しかし、身長、体重とも規定をオーバー。諦めた。
「それでも競馬の世界で働きたい気持ちはあったので、馬術部のある高校に入りました」
ひとづてに二ノ宮敬宇(当時調教師)を紹介してもらい、卒業後、育成牧場で働いた。
「2006年には二ノ宮先生に助けていただき、フランスのトニー・クラウト厩舎でも研修させてもらいました」
エルコンドルパサーが過ごした厩舎で3カ月、馬漬けの生活をした。凱旋門賞の舞台となるロンシャン競馬場で馬を曳かせてもらうなど「全てが勉強になった」。
帰国後、競馬学校に入学。在学中に二ノ宮を介して国枝と初顔合わせをした時の事を、苦笑交じりに述懐する。
「失礼ながら国枝先生の事を存じ上げていなかったので『どの程度、馬に乗れるの?』との質問に『デットーリ程度には乗れます』と返事をしてしまいました」
07年1月にトレセン入り。半年後の7月から国枝の下で働くことになった。
「国枝先生は話しやすく、厩舎は雰囲気が良くてすごく働き甲斐のある所だと感じました」
15年に担当したディープジュエリーはデビューから3連勝。秋華賞にも出走し、中村自身初のG1を経験。同馬は後に腸炎となり生死の境を彷徨ったが、一命を取り留め戦列に復帰した。
「大事に接していれば奇跡は起こると教えられました」
17年にはオウケンムーンを担当。翌18年に共同通信杯(G3)を制すと、皐月賞、日本ダービー、菊花賞の3冠全てに参戦した。
「お陰で大レースでも普段通り仕事が出来るようになりました」
第一印象は美人さんという馬との出合い
オウケンムーンが菊花賞に挑む2週間前にデビューしたのがカレンブーケドールだった。
「綺麗な顔をした美人さんというのが第一印象でした。乗ってみると自分のバランスでしっかり走れました。ブラシをかけられるだけで尻っ跳ねしそうになるなどうるさい面があったけど、能力的にはオープンでも活躍出来そうだと感じました」
デビューするとそんな手応えを裏切らない走りを見せた。スイートピーS勝ちなど5戦2勝でオークスに出走。12番人気という低評価を覆し、2着に好走した。
「相手がグンと強化されたのでどこまでやれるか半信半疑でした。結果、クビ差の2着。悔しいというよりよく頑張ってくれたという気持ちの方が強かったです」
むしろ悔しかったのは秋華賞だと言う。稍重で行われた3冠最終関門も2着。オークスでは先着したクロノジェネシスに逆転を許した。
「相手に向いた馬場になって負けた感じがしたので悔しかったです。でも、好勝負が出来たので続くジャパンCも期待しました。3歳牝馬で斤量が軽いし、東京の2400も合うと思いました。状態も凄く良かったけど、今度はオイシン(マーフィー騎乗のスワーヴリチャード)にやられました。今までで1番悔しかったです」
勝ちたいと願う特別な理由
今春は京都記念(G2、2着)を叩かれた後、ドバイシーマクラシックに挑戦すべくドバイへ飛んだ。アーモンドアイと一緒に現地入りしたが、レースまであと1週間を切った時点で、新型コロナウィルスの影響を受けての中止が決定した。
「ここまで来て嘘でしょ?!って思いました。カレン自身、輸送で飼い食いが落ちて体が減ってしまったけど、回復してきたところでの中止決定だったので、ガッカリしました」
緊急帰国。競馬に使う事無く極東と中東を往復したカレンブーケドールは大きなダメージを受けたと言う。
「輸送でガレてしまいました。でも、思い切って休ませた事で秋には以前よりむしろしっかりして戻ってきました」
休み明け初戦のオールカマーでは道中、他馬にヨラれて掛かった分、最後にハナだけ差されて2着。しかし、使われて上向いた事で、この後のジャパンCはひそかに期待を持てたと語る。
「まずアーモンドアイと一緒に走れるのが嬉しかったです。それにコントレイルとデアリングタクトもいて、そんな凄い舞台に臨めるのは楽しみでしかありませんでした」
パートナーをゲートまで送り届けた後、レースを見守った。2400メートルのスタート地点からゴールまで向かう直線の脇の通路を、アーモンドアイの担当者と共に歩きながら観戦。最後はウィナーズサークルから目を凝らした。
「一瞬『勝てるか?!』と思ったけど、アーモンドアイが先頭に立ったのが分かったので、そこからは2頭どちらにも視線を送りながら応援しました」
結果は3冠3頭に続く4着でのゴール。
「あれだけの豪華メンバーを相手によく頑張ってくれました。やっぱり走る馬だと改めて思いました」
そんなカレンブーケドールが今週末の有馬記念に挑む。中村は言う。
「前走後は疲れもなく順調に来ています。最終追い切りに騎乗した池添(謙一)さんも『並びに行く時の脚が速くて良い馬』と褒めてくださいました。正直、ジャパンC以上の状態と言って良いので期待しています」
相変わらず触ると嫌がるそうだが、ブラッシングを手際よく済ますなど努めるうちに、気難しさを少しずつ改善。調教時はメンコ(耳覆い)を外せるまでになった。しかし、こと“勝ち鞍”に限れば昨年4月のスイートピーSが最後。だから、言う。
「勝ちたいです。厩舎の看板馬になるためにも勝ってほしいです」
高校時代に知り合い、10年以上の交際期間を経て13年に籍を入れた夫人との間に、昨年、ついに待望の女の子を授かった。誕生日は12月26日。有馬記念前日に1歳の誕生日を迎える愛娘に、グランプリ制覇をプレゼントしたいと中村は願っている。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)