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北朝鮮に最後通牒 中止された米朝首脳会談 トランプ政権の超タカ派におののく金正恩 一線越えれば攻撃か

木村正人在英国際ジャーナリスト
北朝鮮に最後通牒を突き付けたペンス副大統領(右)とトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

核兵器を使用しないで済むことを神に祈る

ドナルド・トランプ米大統領は5月24日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長への書簡で「6月12日にシンガポールで予定されていた米朝首脳会談を中止する」と明らかにしました。

トランプ政権の北朝鮮に対する最後通牒です。北朝鮮の核・ミサイル開発をにらんだ米朝の緊張が再び一気に高まりました。「親愛なる委員長へ」で始まる書簡の内容をまず見ておきましょう。

「悲しいことだが、最新の声明で示された大きな怒りと明らかな敵意をみると、今回の会談を行うのは適当ではない」「あなたは北朝鮮の核兵器能力について語るが、私は圧倒的で強力な我が国の核兵器を使用しないで済むことを祈っている」

「究極的に意味があるのは対話だけだ。人質を解放し、家族のもとに返してくれたことを感謝する。もし米朝首脳会談について気が変わったら、ためらわずに連絡してきてほしい」

「斬首作戦」F22が演習に参加

トランプ大統領が3月8日、ホワイトハウスで金正恩と会談したばかりの韓国の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安全保障室長と会った際、「やろう」と即座に米朝首脳会談の開催を決断しました。

しかし北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)が5月16日予定されていた南北閣僚級会談を中止すると同日に報じてから雲行きが急におかしくなりました。

同月14~25日予定の米韓合同空軍演習「マックス・サンダー」が発端でした。北朝鮮は当初、マックス・サンダーの実施には理解を示していました。

しかし金正恩を爆殺する能力を持つステルス戦闘機F22が朝鮮半島に飛来したことや、核爆弾を搭載できる戦略爆撃機B52が参加予定だったことが金正恩を刺激してしまったのです。

英有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック米国本部長のブログによると、昨年のマックス・サンダーにも、4月の米韓軍事演習フォウル・イーグルにもF22やB52は参加していなかったそうです。

米朝首脳会談を控えた今年のマックス・サンダーにF22とB52の参加が計画されたのは、トランプ政権にありがちな手違いなのか、トランプ政権内の超タカ派が「交渉では妥協しない」というメッセージを発したのか、はっきりしたことは分かりませんでした。

しかし、後者のメッセージだったようです。

昨年8月、トランプ大統領が北朝鮮の核・ミサイル開発に対して「北朝鮮がこれ以上アメリカを脅かすなら、世界がこれまで見たこともないような炎と怒りに直面することになる」と警告したことからも分かるように、トランプ大統領はもともと対北朝鮮強硬派です。

リビア型の非核化

そこに北朝鮮への攻撃論を強硬に唱える「悪魔の化身」ジョン・ボルトン国家安全保障担当大統領補佐官が加わりました。ボルトン氏は今年4月29日、フォックス・ニュース・ラジオでもこう話していました。

「米国はリビア型の検証可能な非核化を念頭に置いている」「我々は楽観的であり、同時にリアリスティック(現実的)であろうと努めている」

北朝鮮に対して完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄に応じるよう求めました。リビア核放棄では、独裁者カダフィ大佐が国際機関による無条件の査察を受け入れた後、欧米諸国が制裁を解除しました。

しかしカダフィ大佐は2011年のリビア内戦で殺害されました。米英仏は空爆で反体制派を支援しました。

これまで何度も北朝鮮の非核化交渉で支援の食い逃げを許すばかりか、核・ミサイル開発を止めることができなかった米国としては(1)制裁解除(2)非核化の順で交渉を始めると歴代政権と同じ轍を踏む恐れがあります。

このためトランプ政権内の超タカ派は(1)非核化(2)制裁解除の順で交渉を進めたリビア型を主張していました。

最後通牒

トランプ大統領は5月18日「米国は北朝鮮の非核化についてリビア型を追求していない」と金正恩の懐柔に努めました。

しかしマイク・ペンス副大統領は22日、フォックス・ニュースで次のように発言しました。

「トランプ大統領を手玉に取れると考えているとしたら大きな間違い」「金正恩が取引に応じなければリビアのような結末を迎えるだけだ」

「トランプ政権は北朝鮮が米国や同盟国を脅す核兵器や弾道ミサイルを保有することに寛容ではない。北朝鮮の非核化を達成するまですべての選択肢はテーブルの上にある」

これに対し北朝鮮側は「ペンス副大統領の発言は無知で愚かだ」と猛反発し、米朝首脳会談は政権内の言い出しっぺ、トランプ大統領によってキャンセルされました。

イランとの核合意を一方的に破棄したことからも分かるようにトランプ政権は単独行動主義の傾向を強めています。拘束されていた米国人3人を取り戻したトランプ政権は北朝鮮が非核化に応じない限り交渉に入るつもりはなかったのでしょう。

これで北朝鮮が米全土を攻撃できる核・ミサイル能力を獲得したとみなした時点で、トランプ政権が北朝鮮の核・ミサイル施設の全面破壊攻撃に踏み切る可能性が一気に膨らんできました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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