「ノーベル平和賞は政治的に独立」ノルウェーの矛盾 現役議員が委員会に?野党やメディアが反発
15日、ノルウェーでのツイッターのトレンドワードには「カール・ハーゲン」と「ノーベル委員会」があった。
現役議員で、ノルウェーの政界でも最も物議を醸す一人とされる、右翼ポピュリスト政党「進歩党」の元党首カール・ハーゲン氏。
ノーベル委員会の新メンバーをノルウェー国会が選出する直前となり、第三政党である与党・進歩党の国会グループは、ハーゲン氏を推薦すると正式に決定した。
ハーゲン氏はバリバリの現役議員だ。
これまでオスロ市議会に座っていたが、9月の国政選挙の結果により、国会議員が休んだ時に代理で業務を務める国会の「代理議員」も兼務する。
他党は「国会議員と変わらない。ノーベル委員会に国会議員が座れば、これまでの伝統とルールを破る」と驚愕している。
もし、ハーゲン氏が国会での多数決で承認された場合、それは国際的にもスキャンダルなニュースとなるだろう。
「ドナルド・トランプ大統領のノルウェー版」といえば誰か?
進歩党のリストハウグ移民・社会大臣の名前は他国のニュースでよく出されるが、ハーゲン氏も「ノルウェー版ポピュリスト」の代表だ。ハーゲン氏がいたからこそ、今の進歩党やリストハウグ氏らが活躍する土台ができた。
「さぁ、大変だ」、「このままではノルウェーとノーベル委員会の国際的な評判と信頼が落ちる」と、慌て始めたのがノルウェーのメディアや野党たち。ノルウェー政治に詳しい者なら、当然の反応かもしれない。
「ノーベル委員会は独立機関であり、ノルウェー国会からの影響は受けない」というのが、表立ったこれまでのノルウェーと委員会の主張だ。
一方で、ノーベル平和賞といえば「世界で最も権威ある賞のひとつ」ともいわれる。人口520万人の小国の国会議員でいるよりも、ノーベル委員会メンバーでいるほうが、実は権力があったりもする。
大物政治家としてのキャリアを終えたノルウェー人にとっては、ノーベル委員会の席は「政界引退後の心地よいキャリア」のように筆者にはみえていた。政治家としての勝ち組路線だ。
進歩党がハーゲン氏を推薦すると発表したこの日、野党第一党である労働党は大慌てで反旗をひるがえした。
ストーレ労働党党首は、各党の党首に、「ハーゲン氏に投票しないように」とのお願いの手紙を書く。
現地メディアにも出て、「このままでは、国会とノーベル委員会の距離感を他国に説明することがさらに困難になる。私とハーゲン氏が政治的に距離があることは誰もが承知。しかし、今回はだから反対しているのではない。現役の国会議員はノーベル委員会に座るべきではない」と、進歩党に別の候補者をだすように懇願した(NRK)。
国営放送局NRKによると、オーレミク・トンメセン国会議長は、代理議員が推薦されることについて話し合うための会議を行う予定。
国会議長(保守党)は、「誰がノーベル委員会に座れるかという、これまで国会の政党らの理解に、疑問を投げかける事態」とNRKに話す。
ノーベル委員会と平和賞に関して、暴露本を出版したルンデスタッド元秘書も議論に参加。「ハーゲン氏は国際政治の知識がなく、良い候補者ではないことは明白だ。非常に物議を醸す人物であり、メディアにおしゃべりすることが大好きな人だ」と、現役議員が委員会に入ることはやめたほうがいいと話す(NRK)。
第四の権力とされる報道機関も、ハーゲン氏がノーベル委員会に座ることを疑問視。
ネットで最も読まれる地元メディアであるVG紙は、「ハーゲンは委員会メンバーになるべきではない。ハーゲンのようなアクティブな政治家がノーベル委員会に座れば、中立性は弱まり、ノルウェー政府との必要な距離感が薄れるだろう」という社説を公開した。
他にもベルゲン地元紙などが同じような社説をだしており、今後は他メディアも反発する社説掲載が続くとみられる。
「政治的に正しくない発言」を連発するスキャンダル王者
ハーゲン氏は気候変動は人間活動が原因であること、難民や移民の増加などに否定的だ。その発言の仕方が、ノルウェーではあまりにも「政治的に正しくない」ことから、発言後に党内から、「言い直すように」諭されることもある。
ハーゲン氏であれば、どのような人物や団体に「平和」賞をあげたくないか、予想するのはそれほど難しくはない。ドイツのメルケル首相など、難民、気候変動、メディア、多様な性というテーマ関連は、ハーゲン氏にとっては平和賞に「ふさわしくない」のではないだろうか。
進歩党は、ハーゲン氏が国会での代理議員だとしても、問題はないとしており、「ノーベル委員会に新しい風を吹き込むだろう」としている。
確かに、新しい風どころか、台風を引き起こすだろう。ノルウェー国内だけではなく、世界中に。
ノーベル平和賞の候補者予想が好きな日本のメディアに、ひとつだけ良いニュースがあるとしたら、もしハーゲン氏が国会に承認されれば、今後の予想が恐らく少し容易になる。地元メディアへの事前リークの可能性も、また上昇するだろう。ニュースには事欠かないはずだ。
ノルウェー国会はこれから各党の推薦人について話し合い、承認する流れに入る。これまでの国会の「伝統」では、各党からの推薦人はそのまま国会で承認される。しかし、今回のハーゲン氏においては、他党が対応に困っているのが現状。だからこそ地元メディアが「やめてほしい」と必死の抵抗をしているのだ。
一部のカール・ハーゲン語録
「経済学者というのは自分たちで知識がない分野において、奇妙な発言ばかりする。例えば経済についてだ」(2002)
「移民がいなければ、オスロに住宅不足危機は起きなかった」(1999)
「同性愛者であることを誇る意味はない。我々異性愛者は自分たちのことを祝ってこなかった。ユーロプライドのような祝福は、我々の社会において破滅的だ」(2005)
「イスラム教徒の受け入れは第三次世界大戦の始まりであり、リクルートされた自爆テロ犯」、「移民や異文化は制限されるべき」、「少数民族がいない世界は、波長がとれた世界」、「国連が何を言ってこようが、知ったものか」、「難民を全て送り返したい」、「気候ヒステリーだ。CO2排出量と温度変化に関係はない」、「過去30年間、地上の温度は上昇していない」、「私はドナルド・トランプを支持する。ついに物事を理論的に考えることができる、まともな人物が現れた」、「トランプの全ての言葉に私は同意する」、「ドナルド・トランプは私に似ているから、米国大統領になるべきだ」、「オバマは器の小さい男だ、プーチンは賢い」など。
Photo&Text: Asaki Abumi