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片野坂知宏監督の待ち人来たり/齊藤未月が川崎フロンターレ戦で待望のホームデビュー

下薗昌記記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家
U-20ワールドカップではキャプテンとしてもチームを牽引(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

 3月6日に行われたJ1リーグの川崎フロンターレ戦は終了直前に、GK石川慧の痛恨のミスで、同点ゴールを献上。ガンバ大阪は、川崎フロンターレ相手に勝ちきれなかった。しかし、試合後にパナソニックスタジアム吹田に足を運んだサポーターが送った拍手は、チームが見せ始めているポジティブな変化を物語っていた。攻守で機能していた宇佐美貴史が負傷交代するまでは、公式戦6連敗中と相性が悪いJリーグ王者に対して、互角以上に渡り合ったガンバ大阪。チームを攻守で支えたのが東京五輪世代の逸材、齊藤未月だった。

湘南ベルマーレ育ちの齊藤がガンバ大阪でのプレーを選んだワケ

 FWの層にはやや不安があるものの、今季ガンバ大阪が獲得した新戦力は、各ポジションに即戦力の実力者が揃っている。とりわけ期待が大きいのは東京五輪世代の一人だった齊藤だ。

 湘南ベルマーレの下部組織育ちで2016年には高校3年生でJ1リーグデビュー。ハードワークを持ち味とする湘南ベルマーレならではのプレースタイルを持ち味とする齊藤ではあるが、世代別代表の常連でもあり2019年のU-20ワールドカップではU-20日本代表で背番号10を託され、キャプテンとしてもチームを牽引。全4試合にフル出場し、決勝トーナメント進出に貢献していた。

 当然ながら、東京五輪出場は大きな目標の一つだったが、湘南ベルマーレから期限付き移籍で加わったロシアのルビン・カザンで負傷。母国で行われた五輪のピッチに立つことはなかった。

 再起を期す齊藤が選んだのは、常勝軍団としての復権を目指すガンバ大阪でのプレーだった。齊藤は言う。「湘南に帰るという選択肢もありましたけど、ガンバからのビジョンを色々聞いた上で『ここでやりたいな』という気持ちが強くなりましたし、強いガンバを取り戻して、上を目指せる。その輪の中に自分がいられたらいいなと思いました」。

 自らが育った湘南ベルマーレではなく、あえて期限付き移籍でガンバ大阪の一員となることを決意した理由の一つは、今季からチームを率いる智将の存在だったと齊藤は明かした。

 「日本に帰って来るにあたって、スタイルであったり、ベースとする何かを持っているチームに行きたいという気持ちが強くて、カタ(片野坂)さんが、やはり大分であそこまでのサッカーをしていたことは、Jリーグの中でも皆が認知していましたし、僕も対戦した時に思っていた。学べることが多いんじゃないかなと」

「箱から箱へ(box-to-box)」。齊藤のストロングポイントとは

 もちろん、指揮官にとっても齊藤のスタイルは「相思相愛」だ。片野坂監督から加入当初「攻守においてハードワークして欲しい」と言葉をかけられたという齊藤だが、自身のプレースタイルを表現する上で、最も分かりやすく語ってくれた言葉がある。

 「攻守でボックス・トゥ・ボックス(box-to-box)でプレーできるのは自分の一番の良さ」(齊藤)。

 ペナルティエリアは「ボックス」とも呼ぶが、その言葉通り、自陣のペナルティエリアから敵陣のペナルティエリアまでを縦横無尽にプレーするのが齊藤の最大の持ち味である。

 3月2日に行われたルヴァンカップの大分トリニータ戦で移籍後初先発し、前半45分を「試運転」した齊藤は4日後に行われた川崎フロンターレ戦で、ホームデビューを飾った。

 「川崎さんは非常にボールの扱いが上手いので守備のところでも未月のような汗かきというかハードワークしてボールを取れる選手が必要だなと思ったのでプレーさせました」(片野坂監督)。まだ100%のコンディションではない齊藤ではあるが、指揮官にとって王者撃破を目指す上で欠かせないピースだった。

ホームのサポーターを前に「名刺がわり」の好プレーを連発

 連戦を考慮して後半12分でピッチを後にした齊藤だったが、57分間のプレーで「ボックス・トゥ・ボックス」の持ち味は随所で披露した。

 川崎フロンターレに今季加わったタイ代表の技巧派、チャナティップを見張りつつも、その役割は単なる守備的MFのそれに留まらない。

 16分、脇坂泰斗にボールが入る瞬間を狙い撃ちし、川崎フロンターレの攻撃を遮断。ガンバ大阪に攻撃の流れを引き寄せると、直後に黒川圭介の突破から作り出した決定機ではゴール前に鋭く顔を出し、齊藤は枠こそとらえなかったがシュートも繰り出した。

 そして、齊藤の真骨頂が現れたのはガンバ大阪の先制点の直前に生まれた好プレーである。

 試合前日、川崎フロンターレ戦の勝負の鍵は先制点の有無だと片野坂監督は話していた。

 「ゲームプランのところでも早い時間で先制されたくないし、逆にこちらが先制点を取れれば、少し優位に気持ちも余裕を持って試合を進めることができる」(片野坂監督)。

 ACL出場による日程で、開幕からJ1リーグでの5連戦目となる川崎フロンターレは、大黒柱の家長昭博がベンチスタート。疲労もあってか本来の鋭さをやや欠いていたが、それでも要所ではやはりJ1リーグ連覇中の地力を見せて来る。32分、右サイドでボールを動かし、知念慶からペナルティエリア内に入り込んできた脇坂に決定的なパスが渡った瞬間、ペナルティエリア内で素早く体を張って、ピンチの芽を摘んだのが齊藤だった。

 ピンチの後にはチャンスあり、である。直後にボールを丁寧に繋いで敵陣に攻め込んだガンバ大阪だが、齊藤は川崎フロンターレのペナルティエリア内に入り込んで、右サイドでの崩しにも貢献。先制点につながる高尾瑠のクロスを演出していた。

 ルビン・カザンでは負傷に泣き、本来思い描いた活躍は見せられなかったが、再び海外を目指す逸材は、自身の課題と伸びしろも見つけている。「海外に行って『日本と違うな』と思ったのは日本は誰かのためにとか、あの選手を助けてあげようというプレーが多いけど、(海外では)ボールを持ったら孤立することも多い。守備は僕の特徴だけど攻撃でアクションを起こすことが必要かなと思いました」(齊藤)。

 指揮官が全幅の信頼を置いていた宇佐美が右足アキレス腱断裂で戦線離脱。攻撃のあり方の再構築を余儀なくされる片野坂監督だが、「ボックス・トゥ・ボックス」でチームを支える小柄なMFは、間違いなく不可欠な存在になるはずだ。

記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家

1971年、大阪市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)でポルトガル語を学ぶ。朝日新聞記者を経て、2002年にブラジルに移住し、永住権を取得。南米各国でワールドカップやコパ・リベルタドーレスなど700試合以上を取材。2005年からはガンバ大阪を追いつつ、ブラジルにも足を運ぶ。著書に「ジャポネス・ガランチードー日系ブラジル人、王国での闘い」(サッカー小僧新書)などがあり、「ラストピース』(KADAKAWA)は2015年のサッカー本大賞で大賞と読者賞。近著は「反骨心――ガンバ大阪の育成哲学――」(三栄書房)。日本テレビではコパ・リベルタドーレスの解説やクラブW杯の取材コーディネートも担当。

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