Yahoo!ニュース

世界最速のボルトが11人いても勝てない。イニエスタ、メッシの「速さ」の真実

小宮良之スポーツライター・小説家
メッシと抱擁するイニエスタ(写真:ロイター/アフロ)

日本サッカー界では昨今、走行距離やスプリント回数(時速24km/h以上)を取り上げるのが"流行"となっている。

その理由の一つとしては、競技の一部を数字化することで「サッカーを知らない人にでも分かる」という手に取りやすさがあるのだろう。日本人は国技とも言える野球において、数字に慣れ親しんでいる。打率や防御率などで選手の能力を測る、という作業を経験してきた。

もう一つは、代表の新監督に就任したヴァヒド・ハリルホジッチの存在があるだろう。ハリルホジッチは走行距離やスプリント回数だけでなく、体脂肪率まで例に出すなど数字が好きな人物。日本人は「この外国人監督が言うなら」と外国人コンプレックスを甘やかに刺激され、「選手の判断基準として正しい」という印象を持つ。なにより、マスコミもファンも飛びつきやすい。

しかし、こうした数字はしばしば嘘をつく。

Jリーグは毎節ごと、チームの試合走行距離を発表している。だが対戦カードを見ると、走行距離の多さやスプリント回数と勝敗は符合しない。第13節を一例に挙げるが、距離数の少ないチームの方が5勝3敗と勝ち越し。この節、106.20kmと最も走行距離の少なかったヴィッセル神戸がモンテディオ山形に勝利を収めている。122.62kmと最も走行距離が多かった松本山雅は横浜F・マリノスに0-3と完敗。松本はスプリント回数も217回とトップだった。ちなみにスプリント回数2位のアルビレックス新潟も敗れている。

走行距離やスプリント回数にどこまで意味があるのか?

言うまでもなく、一つの特長ではあるだろう。戦力の低いチームはそこに頼らざるを得ない部分もある。しかしフットボールのプライオリティを考えた場合、少なくとも最重要ポイントではない。

足が速い選手、長く走れる選手が優れている。

フットボールというスポーツにおいて、その発想が独り歩きしてしまうのは危険だろう。

世界最高峰リーグ、リーガエスパニョーラでスプリント最高記録35.71kmの記録をたたき出しているのは、イニャキ・ウィリアムスである。日本代表の永井謙佑がJリーグ開幕戦で33・7kmを出したらしいが、それを2kmも上回るわけで陸上短距離ランナー並み。しかしそのウィリアムスは、所属するアスレティック・ビルバオですらレギュラーポジションを取り切れていない。

リーガエスパニョーラのスプリントトップ10は他にもずらりと35km台が並ぶが、アルメリアでレギュラーに届かないティエビ、ミチェル、エドガル、同じくマラガのボカ、同じくセビージャのデウロフェウなど、「ポテンシャルはあるんだが・・・」という選手が顔を並べる。快足ランナーたちはスプリント回数も自ずと多いが、早い話、足の速さという武器を使いこなせていない。そもそもトップ10に4人もの選手を出しているアルメリアは俊足揃いのチームだが、その順位は20チーム中19位。スプリント力のある選手を集めても、高いレベルでは打ちのめされる証左だ。

世界最速のボルトがいても、サッカーでは勝てない。

メッシが「速い」理由

では、トップ10に入らないリオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドは、どうしてスピードのある選手という印象を受け、同時にゴール数やチーム成績で成果を上げられているのか?

フットボールは、ボールを受けるためにどこにポジションを取り、受けたボールをどこにコントロールできるか、というスポーツである。そのプレー精度によって、2,3kmはすぐに挽回できるし、相手を簡単に上回れる。

「時間を操り、空間を支配する」

そういう表現で一流のフットボーラーは賞される。そうした選手にとっての速さとは精度の高いコントロール&キックであり、そこにおける判断と思考のスピードを意味する。ボールを受ける前、もしくはコントロールするとき、相手の視界から消え、あるいは裏を取り、スピードを倍加させる。"相手のスピードを奪う"という表現でもいいだろう。その場合、神懸かった韋駄天も七つの肺を持つ持久力の持ち主もお手上げである。

世界最高選手の一人であるアンドレス・イニエスタは、体格も足の速さも平均的である。しかしイニエスタは常に敵の重心を崩し、裏を取れる。それ故、不思議とボールを奪われることがない。

メッシはベースとなる走力が大きな落差を生むのは事実だが、単純な走力に頼っていない。リーガエスパニョーラ優勝を決めたアトレティコ・マドリー戦、彼は決勝点を決めたが、相手の裏を取っている。エリア内でバックパスを受けると、自分のスピードを殺さず、左手にいた敵DFと入れ替わるように左足裏でボールをコントロール。右手からブロックに来たDFを誘うように左へ一度ボールを動かし、足を広げた股を抜く左足シュートを決めた。

まるでメッシを中心に時間と空間が存在しているようだった。

無論、速さや持久力は一つのアドバンテージになり得る。スピードのある選手に対応するディフェンダーは、基本的走力が欠かせないだろう。また、技術的に乏しいチームが頼る術として、「走力アップ」という戦略は否定されるべきではない。それは強者に抗う一つの有効な策となる。連係を含めた技術力を上げるよりも、走力を上げる方が手っ取り早いからだ。

しかし、フットボールの世界では数字がしばしば嘘をつく。

そのことも忘れてはならない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事