「FIM世界耐久選手権」再メジャー化へ!ルマン24時間で知った2輪耐久レースの本当の魅力。
4月13日(木)〜16日(日)にフランスのルマンで開催された「FIM世界耐久選手権」2016-17シーズン第2戦「ルマン24時間レース」を現地取材した。今年から日本の「鈴鹿8耐」がシリーズ最終戦となる「FIM世界耐久選手権」とはいったいどんなレースなのか。今回はそれを探るため、シリーズの中で最も重要な大会「ルマン24時間レース」をレポートする。
元MotoGPライダー参戦でハイレベルな戦いに
想像していたよりも走行ペースが速い!これが初めて見る2輪の24時間レースの率直な感想だ。スタートから夕刻、夜間、朝方、昼間、そしてゴールまで59チームのマシンは24時間、一瞬たりともペースを抑えることなくアクセル全開で走り続ける。国内では「鈴鹿8耐」が耐久レースの常識では考えられないほどペースが速い「スプリント耐久レース」と言われて久しいが、その3倍の時間を走行する24時間レースは、無理をせずに完走第一で戦い切る、もっとゆったりとしたペースで行うレースだと勝手に思い込んでいたからかもしれない。
40回目の大会を迎えた2017年の「ルマン24時間レース」で優勝した「#94 GMT94 YAMAHA」(ダビド・チェカ/マイケル・ディメッリオ/ニッコロ・カネパ組)は常設コースのブガッティサーキット(1周4.185km)を860周している。平均時速は概算で149.96km。数字を言われてもピンと来ないが、実は2015年の鈴鹿8耐の優勝チームの平均時速(148.28km)よりも速い。サーキットの特性や季節が違い、8時間と24時間ではセーフティカー導入時間の割合が異なるため比較は適当ではないが、単純に数字だけを見れば、決してスローペースの耐久レースではないことがお分かり頂けるだろう。
世界耐久選手権はスプリント化している。その要因の一つに、メーカーワークス級のチームが参戦する「鈴鹿8耐」以外のレースでも、元プレミアクラスのライダーが昨年あたりから多く参戦するようになった。ポールポジションを獲得した「#11 SRC KAWASAKI」のランディ・ド・ピュニエ(フランス)、優勝チームのマイケル・ディメッリオ(フランス)、2位の「#7 YART YAMAHA」のブロック・パークス(オーストラリア)などはロードレースの最高峰、MotoGPクラスのレースを経験したプレミアライダー達である。ちょっと前までの24時間レースにこういったプレミアクラス経験者が参戦するのは非常に稀で、耐久レースには耐久レースのスペシャリスト達が存在し、そういったライダーの活躍の舞台でもあった。その様相は近年、急激に変わり始めている。
再びメジャー化する世界耐久選手権
「FIM世界耐久選手権」は1980年から始まった耐久レースの世界選手権シリーズで、かつては日本でもかなりメジャーな存在だった。開始初年度から「鈴鹿8耐」もシリーズの1戦になっているが、ケニー・ロバーツなど元グランプリライダーが参戦するようになり、鈴鹿でも世界グランプリロードレース(WGP)が本格開催されるようになる1980年代半ばまでは「FIM世界耐久選手権」を戦う耐久ライダー達はファンから崇拝される存在だったという。
その時代のスター選手で1983年の「鈴鹿8耐」優勝ライダーでもあるエルブ・モアノーは「FIM世界耐久選手権はこれから数年でどんどんと大きな選手権になっていくと見ている。なぜならランディ・ド・ピュニエやジュール・クルーゼルのようなスプリントレースのライダーが今回のルマンにも参戦しているよね。今、多くのスプリントライダー達が鈴鹿8耐や耐久レースに興味を示している話をいろんな所で聞くよ」と嬉しそうに語る。
人気復活の背景にあるのはテレビ放送。2015年からヨーロッパのスポーツ局「ユーロスポーツ」がフランスに限らず世界各国80カ国以上に「FIM世界耐久選手権」の生中継を始め、「鈴鹿8耐」でも「ユーロスポーツ」による独自の放送が配信されている。シリーズのプロモーターとして同選手権に参画する「ユーロスポーツ」の映像製作力は見事の一言で、長い耐久レースでも飽きさせないコンテンツ作りはさすがWTCC(世界ツーリングカー選手権)などの中継でモータースポーツに精通したテレビ局である。
「鈴鹿8耐」を今季の最終戦にしたいと申し出たのは「ユーロスポーツ」。元世界チャンピオンや現役MotoGPライダーも参戦し、イベントとしても成熟した「鈴鹿8耐」はシリーズにとってクライマックスとして相応しいというテレビ製作者の観点が活かされた発想である。
耐久レースを愛するフランス人たち
4度の世界耐久チャンピオンのエルブ・モアノーは現在、「#50 TEAM APRIL MOTOR EVENTS」のチーム監督を務めており、フランスの耐久レース界の重鎮だ。パドックにいる彼の元には多くの関係者が挨拶に訪れる。そんな耐久のレジェンドにフランス人はなぜこれほどに耐久レースが好きなのかを聞いてみた。
「それを語るには歴史に言及しなくてはいけない。ルマンは40回目だけど、ボルドール24時間レースはもっと長い歴史を誇る。MotoGPのようなバイクレースを見ることが主な目的のスピードレースと違って、耐久レースではイベントを見たり、別の場所にいって食事をしたりと、ずっとバイクばかりを見ているばかりじゃないんだ。このいろいろ楽しめるレースイベントは鈴鹿8耐もきっと同じ哲学だよ」と1980年代から90年代に異様な盛り上がりを見せていた全盛期の「鈴鹿8耐」に参戦した経験を振り返り、耐久レースの楽しみ方は今も昔も変わっていないと語る。
モアノーが語る通り、「ルマン24時間」の約7万人の観客は24時間のレース中、キャンプ場と観戦スタンド、イベントブースを行き来してレースの雰囲気全体を楽しむ。もちろんスタートの時はグランドスタンドは鈴なりの大観衆で席が埋まり、スタート前にはフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」を大合唱する。レースがスタートすると24時間の間、思い思いに1日を楽しみ、酒を飲んで酔っ払う。街中で泥酔することが無礼であり、許されない行為であるヨーロッパだが、お祭り会場と化すサーキットでは朝から酒を飲み続け、陽気に練り歩く。こういう自由な空間が提供されているのも耐久レースがフランスで愛されている理由なのだと感じた。
バイクを愛するフランスの人々
もちろん、フランスのファンは単に騒ぎたいから来ているわけではない。我々、日本のレースファンが想像している以上にフランスのファンは日本製のオートバイを愛用し、そのオートバイで戦うライダーたちを尊敬している。
今年、チャンピオンチーム「#1 SUZUKI ENDURANCE RACING TEAM(SERT)」のライダーでFIM世界耐久選手権のワールドチャンピオン、アンソニー・デラール(フランス)がテスト中の不慮の事故で亡くなった。「ルマン24時間レース」のスタート前には彼の功績を讃える1分間の拍手がサーキット全体から送られた。日本でもフランスの通信社「AFP」が彼の事故死を報道したことで日本のYahoo!ニュースでもトップページに取り上げられたが、改めてフランスで耐久レースのライダーがいかに尊敬されているかを実感した瞬間だった。
また、サーキットの観客を見ると、9割以上がバイクを愛するファンである。今回の優勝チーム「#94 GMT94 YAMAHA」は「鈴鹿8耐」ではいち世界耐久外国チームとしか認識されていないかもしれないが、サーキットではグッズショップも出店し、多くのファンがペアルックでチームウェアを着用して応援するほどの人気チーム。ウェアは「YAMAHA」と「SUZUKI」が特に人気で、耐久レースのサーキットでは日本メーカーのウェアがまるで正装かのようだった。
多くのバイクファンが来場する「ルマン24時間レース」。実はあまり日本では知られていないが、2輪車で来場するファンのための大事な施策がある。それはレースウィーク中、なんと2輪車はルマンまでの高速道路が無料になるのだ。料金無料に留まらず、料金所ではドリンクが提供されるなど、オートバイ乗りに手厚いサービスが行われているそうだ。サーキットにもオートバイ来場者のための特別入場ルートが設けられたりと、何かとバイク乗りに優しい施策が行われていた。
ん?ここはどこだっけ?=「フランス」。フランス製のバイクってレースに出場していたっけ?=「1台も居ない」。2017年の「ルマン24時間レース」で上位10台は全て日本製のオートバイである。フランスがなぜここまで日本製オートバイが活躍するレースをお祭り化しようとするのか、その真意までは取材できなかった。いや、それを聞くのはナンセンスなのかもしれない。フランス人からしてみれば、オートバイを作っている国がなぜオートバイ乗りを優遇しないかの方がもっと不思議に感じるだろう。
日本の「F.C.C. TSR Honda」(ホンダ)「EVA RT WEBIKE TRICKSTAR」(カワサキ)などが年間参戦し、国内でも少しずつメジャーな存在になりつつある「FIM世界耐久選手権」。オートバイ生産大国=日本が、耐久レースの本場=フランスから学ぶことはまだまだありそうだ。