どんどん稼いで、税金を払う時代が訪れる?
「マルサの女」から「トッカン」へ
日経新聞の1面で「税金考」という連載が始まった。とても懐かしい響きがした。実は産経新聞大阪社会部時代、大阪国税局を担当していた1992年に「税金考」というまったく同じタイトルで仲間と一緒に連載したことがある。
大阪の中堅商社・イトマンを舞台にした90~91年のイトマン事件、東洋信金、興銀を巻き込んだ元料亭経営者の巨額詐欺事件が一段落し、生活に密着しているもののサラリーマンには馴染みが薄い税金を追いかけてみようと社会部デスクが発案した。
筆者は大阪府警捜査2課、大阪地検特捜部、大阪国税局と口の堅い取材先ばかりを担当していたが、国税局はその中でもとりわけ口が堅い。言うことを聞かないと「税務調査が入るよ」と平気で冗談を言う。取材には相当な駆け引きが必要だった。
87年、88年には伊丹十三監督(故人)の『マルサの女』『マルサの女2』が公開された。金融バブルが崩壊したとは言え、92年当時は査察部が担当する脱税事件が多かった。大阪国税局にも「マルサの女」が実在し、国税局の広報課を通じて取材の便宜を図ってもらった。
不動産価格がまだ高く、相続した土地・家屋にかかる相続税を金納できないケースが相次ぎ、京都の料亭の物納が初めて認められたのを1面トップでスクープしたのを覚えている。バブル崩壊後、日本の相続税は軽くなった。
その後、「マルサの女」は活躍の場を失っていく。脱税しようにも儲からなくなった。土地も株も下がりに下がった。日本テレビで2012年、特別徴収部にスポットライトを当てた『トッカンー特別国税徴収官』が放送された時には、さすがに時代の流れを感じた。
時代にあわない税
さて日経新聞の「税金考」は「時代にあわない税が暮らしや企業を惑わし課税の公平も揺らぐ」と切り出し、配偶者控除と法人税の資本金基準に疑問を投げかけている。
その年の給与収入が103万円以下であれば、給与所得控除額65万円を差し引くと合計所得金額が38万円以下となり、配偶者控除が受けられる。この制度が女性の社会進出の壁になっているという指摘だ。
1200億円超の資本金を1億円に減らすことを一時検討したシャープ。資本金1億円超の企業を「大企業」、それ以下を「中小企業」にして、中小企業に軽減税率の恩恵を与える現行の法人税法が「減資」現象を起こしていると問題提起する。
92年の産経新聞の「税金考」は金融バブルが崩壊した直後、「失われた20年」が始まる前に書かれた。90年代、00年代を経て、日本全体にデフレマインドがこびりつき、縮み志向がいつの間にか税制に染み付いた。
税金を払いたくないから年収103万円以上は働かない。法人税を減らすため資本金を減らす。「縮み」を引き起こす税制もここらへんで終わらせる必要があるというのが日経新聞の「税金考」の狙いだ。どんどん稼いで、税金もこれまで以上に払いましょうというわけだ。
安倍晋三首相の経済政策アベノミクスと黒田東彦日銀総裁の異次元緩和で日本は20年来続くデフレから脱却できるか否かの正念場に立たされている。アベノミクスは経済成長による税収増で財政を健全化させることに軸足を置く。
租税負担率が低い日本
上は財務省のホームページに掲載されている租税負担率の国際比較である。米国型の経済財政政策をとる日本の租税負担率は、「高負担高福祉」型の欧州諸国に比べてかなり低い。
スウェーデン46.9%、筆者が暮らす英国36.4%に対し、日本は22.1%。その中でも個人所得課税と消費課税の割合はずば抜けて低い。
日本では消費税導入や増税を持ちだした政権は必ずと言って良いほど選挙で惨敗したり、退陣に追い込まれたりしている。消費税率を引き上げた後の景気への影響も深刻だ。
だから政治コストがまったくかからないアベノミクスで問題を一発解消しようという考え方が出てくる。インフレを起こして名目成長率を上げ、対国内総生産(GDP)比でみた政府債務を減らそうというわけだ。
アベノミクスの効果もあって2011年10月には1ドル=75.93円だった為替相場は124.18円まで円安が進んだ。対ドルで40%近く円は減価した。おかげで日本国内では日経平均株価は2万円を突破、輸出企業は過去最高益にわいている。
内閣府が目標に掲げる名目成長率は3%以上。総務省の家計調査(2人以上の世帯)4月分速報によると、消費支出は前年同月比で実質1.3%減少したが、勤労者世帯の実収入は前年同月比で実質2%、名目で2.8%も増加している。景気は緩やかに回復している。
インターネット上では「自国通貨の政府債務だから対GDP比で240%を超えようが何の問題もない」「日銀がどんどん国債を購入すれば済む話」という意見がまかり通る。
原油安でインフレ率は日銀目標の2%に遠く及ばず、日銀のマネタリーベース(資金供給量)は年80兆円のペースで積み上がる。さらに円安が進む。
円は有り難みが少ない通貨になってしまった。ドルを調達しようと思ったらコストが非常に高くついてしまう。これが果たして正しい姿なのか。
「課税」と「配分」にこだわる英国の政治
先の総選挙で勝利した英国のキャメロン保守党単独政権は施政方針で、所得税、日本の消費税に当たる付加価値税(VAT)、社会保険料を2020年まで据え置き、所得控除額を1万2500ポンド(237万5千円)に引き上げることを表明した。
社会保険支給額の上限を年間2万6千ポンドから2万3千ポンドに引き下げる一方、住宅組合の低中所得者向け賃貸住宅を入居者が購入できる法案や、イングランド地方で3~4歳児を対象に週30時間(年38週間)無料で子育て支援が受けられる法案を提出する。
2010年5月、キャメロン首相の懐刀、オズボーン財務相は予算責任局(OBR)を設置した。OBRは財務省とは独立の立場で経済財政の将来予測を行っている。透明性を保ちながら経済成長と財政再建を達成するためだ。
将来世代にツケは回さないという考え方が英国では徹底している。財政が不健全だと国債による資金調達コストが高くつくという現実的な側面もある。
ある時は涙を流し、またある時はハンバーガーにかぶりつきながら「働く英国」のビジョンを有権者に示してみせたオズボーン財務相は「すごい知恵者だ」と筆者は感心する。「課税」と「配分」が議会政治の原点であることも痛感させられる。
5年後には引くキャメロン首相の次の首相には、有権者には不人気のオズボーン財務相が選ばれる可能性がある。有権者が良薬を飲み続ける賢明さを持ち合わせていればの話だが。
それぞれの国にはそれぞれの政治のかたちがあるとは言うものの、日本の政治家からオズボーン財務相のような知恵もビジョンも感じられないのはどうしてか。
日経平均株価の2万円突破も輸出企業の過去最高益もひとえに日銀の異次元緩和のおかげである。世界金融危機のあと英国の中央銀行・イングランド銀行も量的緩和を実施した。しかしあくまで緊急避難措置としてであって、現在は終了している。かりそめの春を演出する日銀の異次元緩和を前提に「課税」と「配分」を組み立てるのは間違っていると筆者は思う。
(おわり)