ディズニー新作『ラーヤと龍の王国』、苦境続く映画界の明るい兆しとなるか
コロナの影響による日本映画界の苦境において、いまもっとも注目されているのがハリウッドメジャースタジオの新作洋画がいつ劇場に戻ってくるか。2020年に公開予定だった大作の多くが延期され、いまだ公開日が決まらない作品も多い。今年に入っても週末映画興行ランキング(興行通信社)のTOP10はすべて邦画という異常事態が続くなか、ようやくディズニーの新作『ラーヤと龍の王国』が劇場とディズニープラス(プレミア アクセス)で3月5日より世界同時公開された。
■新たな領域へと踏み出したディズニープリンセスの新作
本作への期待と注目度は高い。まずその理由のひとつはディズニーの新作ということ。ディズニーといえば、コロナ前まではコンスタントに大ヒットを連発し、洋画メジャーのなかでも1強と言ってよい状況を誇っていた。
2020年の年間洋画興収ランキングでは『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(73.2億円)が1位を獲得しているほか、2019年は年間洋画興収TOP4を独占。『アナと雪の女王2』(133.7億円)『アラジン』(121.6億円)『トイ・ストーリー4』(100.9億円)の3作が興収100億円超えを記録。コアファンのファミリー層だけでなく、若い世代の一般層も作品ごとに劇場へ足を向けさせる作品力とブランド力で、近年の洋画シーンをけん引してきた。
そして、もうひとつ注目したいのが、今回の『ラーヤと龍の王国』がディズニープリンセス作品のなかでも従来とは異なる表現や物語性を取り込み、新たな作品性を模索するディズニーがひとつの答えにたどり着いたことを示す傑作に仕上がっていること。さっそく鑑賞して驚いたのが、王道のストーリー構成と物語の展開はありながらも、決してマンネリではなく、登場人物のキャラクター性や仲間との関係のあり方には新たな領域へ踏み出したことが感じられ、明らかにこれまでにはない作品性を有している。
ストーリーのポイントポイントに差し込まれる笑い、泣き、怒り、悲しみといった感情を揺さぶるシーンもテンポがよい。逆にそこは深掘りせずにサラリと流していくことで、ラストの劇的かつ大きな感情の変化へとつなげる機能を果たしていることも、保守的にはならずに、より先鋭的な表現と意外性のあるストーリー展開への一歩を踏み出したことが感じられる。
ディズニーファンであればあるほど、本作から感じることは大きいだろう。これまでのディズニー作品の流れでありながら、次の時代へのディズニーの変化と挑戦をしっかりと体感させられるからだ。ディズニー傑作のひとつに名を連ねるであろう新たなプリンセス作品の登場であり、深く考えずともコアファンから一般層まであらゆる世代が心を打たれる名作であることは間違いない。
■封切り後の興行的な成功は難しい? 期待される作品力からの社会的ヒット
一方で気になるのが、その作品クオリティに対して、本作が過去のディズニー作品とならぶ大ヒットになるかということ。コロナ禍という劇場の状況と観客マインドの問題もあるが、それに加えて、昨年からのディズニーの方針により、本作は劇場公開と同時にディズニープラスでもネット配信される。また、劇場公開におけるスクリーン数も、従来のようなシネコンチェーンを横断する特大規模の数にはなっておらず、上映するシネコンが限られている。
さらに、週明け3月8日からは『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開され、劇場やメディアの話題はこちら一色に染まっていくことも予想される。100億円規模のヒット作となるポテンシャルはありながらも、『ラーヤと龍の王国』が興収において苦戦を強いられることは想像に難くない。
しかし、封切り直後の出足が鈍かったとしても、その作品力からロングヒットになっていく可能性は十分にある。社会的ヒットには、コア層だけではなく一般層を動かすことが欠かせない。いかに劇場公開から話題を換気し、若い世代を中心に世の中にうねりを起こすことができるか。これまでのディズニー作品は平時においてそれを現実のものにしてきた。
本作はその物語性やメッセージから、コロナ禍においてこそ、それだけの口コミと話題を巻き起こす力のある作品とも思われる。観客の心になにかを残すその作品力から、じわじわと世の中的な大ヒットを巻き起こしていくことを期待したい。
■分断された現実社会を投影する社会性の高いメッセージを内包する作品
『ラーヤと龍の王国』は、ディズニー・アニメーションが初めて東南アジアを舞台設定としてインスピレーションを受けた新作であり、『モアナと伝説の海』のオスナット・シューラー氏と『アナと雪の女王』シリーズのピーター・デル・ヴェッコ氏が製作を務める、新たなディズニーヒロイン・ラーヤの物語。
かつてひとつだったが分断された世界に平和を取り戻すために、ラーヤは各国を旅し、個性豊かな仲間たちと出会っていき、“最後の龍”シスーの力を蘇らせる。そして、世界を滅亡の危機に陥れた邪悪な魔物ドルーンを倒すため、幼少期に裏切られた敵国のナマーリと対峙する。
政治により分断された現実社会を投影する社会性の高いメッセージが込められた作品であり、国境や人種、言語、思想を超えた人と人とのつながり、信頼関係の大切さを訴えかける。ラストには、温かく穏やかなあるべき理想の世界が、鮮やかな色彩で美しく映し出される。