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観光「絶望」立国:もはやコロナ禍に対する策がない観光庁

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

もうね、観光庁長官の年頭所感とか読むと、絶望しかないワケですよ。以下、トラベルボイスからの転載。

【年頭所感】観光庁長官 蒲生篤実氏 ― 政府一丸で観光回復へ、5本柱の政策プランで

https://www.travelvoice.jp/20210101-147851

観光庁長官の蒲生篤実氏が2021年を迎えるにあたって年頭所感を発表した。蒲生長官は、年末年始は全国一律に一時停止としたGoToトラベル事業について、感染拡大を早期に落ち着かせて同事業を再開することが最大の支援策とし、2021年も適切に運用していく考えを示した。

さらに、感染拡大防止と観光需要回復のための政策プランについて、本年に取り組む5つの柱を紹介。国内旅行の需要喚起とともに、2030年6000万人の目標に向けてインバウンド回復への備えを進めるとしている。

感染再拡大と新たに始まった営業自粛要請に苦しむ観光業界を前にして、未だこんな大本営発表を年頭所感として発表する観光庁ってどうなんすかね、としか申し上げようが御座いません。蒲生長官が示した「5本柱」と称される2021年度施策は以下の通り;

1. 感染拡大防止策の徹底とGoToトラベル事業の延長等

2. 国の支援によるホテル、旅館、観光街等の再生

3. 国内外の観光客を惹きつけるコンテンツ造成

4. 観光地等の受入環境整備(多言語化、Wi-Fi整備等)

5. 国内外の感染状況等を見極めた上でのインバウンドの段階的復活

私は政府によるGoToトラベル構想が企図された当初のころから、現在我々が直面しているコロナ禍はその疾病の性質上「行きつ戻りつ」の繰り返しにしかならない前提で、観光業界自身がこのwithコロナ期に順応する為に、業界構造、ビジネスモデル、そして収益性に至るまで「変容」をして行かなければいけない。GoToトラベルはその様な変容を完了するまで、業界が「最低限生き残る」為のカンフル剤でしかなく、それ自身はなんら問題解決となるものではない、と申し上げて来ました。

【参照】GoToトラベル:変わらなきゃいけないのは観光産業

http://www.takashikiso.com/archives/10261280.html

ところが、観光庁は感染再拡大が始まったこの期に及んでも「GoToトラベルの再開と感染拡大防止策の徹底でこのコロナ禍を乗り切るのだ」との大本営方針を崩さず、業界そのものの質的な変化に関しては一切進める気がない。上記の5本柱でいうのならば、1に示された「感染拡大防止策の徹底とGoToトラベル事業の延長等」以外は、コロナ禍が発生しする前から存在した施策の焼き直しの施策ばかりです。それのどこが「コロナ禍対応なんだ」と。

そのことは、冒頭でご紹介した観光長官の年頭所感における以下の部分に象徴されていると言えるでしょう。

年末年始においては、12月11日の新型コロナウイルス感染症対策分科会の提言を踏まえ、全国一律に本事業を一時停止しておりますが、感染の拡大を早期に落ち着かせて、本事業を確実に再開することこそが最大の支援策であると考えており、本年においても、感染拡大防止策を徹底しつつ、本事業を適切に運用してまいります。

上記には「本事業(GoToトラベル)を確実に再開することこそが最大の支援策」などとのコメントが紹介されていますが、要は観光庁としては、カンフル剤(GoToトラベル)を投与して延命を図る以外にコロナ禍に対応する策を持っておらず、医者で言えば完全に患者の治療を諦めた状態であるということであります。本当にこの国の観光政策には絶望しかない、これはコロナ禍が発生したこの1年弱のあいだ、何度も当ブログで申し上げて来たフレーズであります。

観光業界ではコロナ禍が発生した直後、安倍政権下で発令された緊急事態宣言下において、「withコロナ」期を乗り切る為の施策としてマイクロツーリズムという新しい観光の形式が一時的にもてはやされた時代がありました。マイクロツーリズム振興とは、感染症と共に生きるwithコロナ期の生き残り策として、近隣都市からの小グループ旅行を中心に産業が維持できる体制を早急に作るべきだとする考え方。事業者でいうのならば、いまや日本国内最大となった温泉旅館業者である星野リゾートの星野佳路さんあたりが強力に旗振りをしていた考え方であり、私も業界専門家として同時期に同テーマでメディアに引っ張り出されたりもしました。

【参照】東洋経済:特集『賢人100人に聞く!日本の未来』#31

観光産業で生き残る地域・企業の条件、「人数から金額重視」に転換せよ

https://diamond.jp/articles/-/249002

一方で、この業界の「変容」を推し進めようとするマイクロツーリズム振興に対して完全無視を決め込んだのが、こともあろうか観光庁そのもの。各観光地で商業を営む業者よりも、そこに送客を行う旅行代理店や公共交通業者の生き残りを重視する観光庁は、一時は業界内のみならず、一般メディアをもあれだけ席巻したマイクロツーリズムの「マ」の字にすらあらゆる行政文書の中で言及せず、GoToトラベル事業に邁進。その後のGoToトラベルによる「俄か景気」の狂乱によって、業界変容の必要性を訴える声は全くかき消されてしまったのは、皆さんもご承知の通りであります。その辺りの詳細に関しては以下リンク先を参照。

【参照】この国の観光政策には絶望しかないんだな、という話

http://www.takashikiso.com/archives/10266631.html

一方で、ただただGoToトラベル景気の狂乱に踊り、その間になんら感染再拡大に向けた準備を行わなかった事のツケが今になって致命的な打撃となって帰ってきているのが観光業界であるわけですが、一方でコロナ禍開始当初から「業界の構造的変容」を主張し、その準備を重ねて来たホンノ一部の業者はこの感染再拡大にあたって何とか準備が間に合った、ともいえる状況。以下、1月14日に報じられた星野リゾートのプレスリリースからの記事。

星野リゾート、旅館客室で地域の伝統工芸を制作する体験を提供

コロナ禍のおこもり滞在時に

https://www.travelvoice.jp/20210114-147932

星野リゾートの温泉旅館ブランド「界」は、全施設で「界のご当地おこもりグッズ」の提供を開始する。地域の伝統工芸品や文化にちなんだプログラムを、客室で自分だけで完成・完結できる体験を用意するもの。

コロナ禍で旅行に制限があるなか、地域の温かみが伝わるグッズでおもてなしとしてプロジェクトがスタート。宿泊者に客室で、土地ごとの個性や地域色が味わえるオリジナルグッズとともに充実した滞在時間が過ごしてもらい、完成品を持ち帰ってもらう。

このタイミングでこのプレスリリースが出せるということは、要は周辺競合業者がGoToトラベルの「にわか景気」に狂乱して、舞い踊っている中、足元でコツコツとその準備を重ねていたということ。「そりゃあ、そういう事が出来る業者は強いわ…」という感想しかございません。本来ならば、そうやって観光業者と地域連携の促進を旗振りするのが観光庁の役割であったわけですが、残念ながら九分九厘の観光業者はそういう準備もなく、沈没して行くしかないのが実情であります。

コロナウィルスに対するワクチンは治験段階を終え、一部でその投与が始まったものの、それが社会的に行き渡り集団免疫が機能する状態になるまでには、まだまだ時間がかかるとも言われています。もはやコロナ禍が始まって1年弱を経過してしまい、「遅きに失し」まくっている状態ではありますが、いまから改めて観光業界の構造変容を目指すのか、もしくは最早ここに至っては頭を窄めながら「早くこの災禍が終わりますように」と神頼みをするしかないのか。

観光業界はもはや「進むも地獄ならば、戻るも地獄」まさにそんな状況であるとしか申し上げようがない。本当にこの国の観光政策には絶望しかありません。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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