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佐藤天彦九段、対局中にマスクをはずしたままで規定により異例の反則負け A級順位戦、永瀬拓矢王座戦

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月28日。東京・将棋会館において第81期A級順位戦4回戦▲永瀬拓矢王座(32歳)ー△佐藤天彦九段(34歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は、途中から佐藤九段がマスクをしていなかったという理由により、深夜0時6分、佐藤九段の反則負けとなりました。総手数は124手。過去に例のない決定での終局です。

 リーグ成績は永瀬王座2勝2敗、佐藤九段1勝3敗となりました。

前例なき終局

 永瀬王座先手で戦型は角換わり腰掛銀。永瀬王座が仕掛けたのに対して佐藤九段も反発し、激しい中盤の戦いとなりました。

 佐藤九段は相手の攻めをしのぎながら、自玉の上部を開拓していきます。佐藤九段がややリードしている時間は長いものの、永瀬王座も容易に崩れず、見応えのある最終盤に入ったかと思われました。

 本局は朝日新聞社のYouTubeチャンネルでも中継されていました。112手目。佐藤九段は飛車を逆サイドに転換します。(映像4:18:40のあたり)

 佐藤九段はこの時点までずっと、黒いマスクをつけていました。そして着手から約1分。佐藤九段はマスクをはずして、左耳にかかった状態にします。

 日本将棋連盟では今年2月から、対局者のマスク着用を規定により義務化しました。

 佐藤九段がマスクをつけていない時間は、次第に長くなっていきます。対局相手の永瀬王座は対局中に席を立ち、佐藤九段がマスクをしていない旨を運営側に伝えたそうです。ただし、永瀬王座や運営側が佐藤九段に注意するようなことはありませんでした。

 深夜、終盤戦たけなわの124手目。佐藤九段はあたりになっている守りの金を逃げます(映像5:23:20あたり)。マスクをはずしてからは約1時間ほど経っていました。

 佐藤九段着手のあと、日本将棋連盟の理事を務める鈴木大介九段が対局室に入り、対局を中断します。

鈴木「対局中、失礼します」

佐藤「はい」(少し驚いた様子)

鈴木「ちょっと席をはずしてご相談がありますので、一回対局止めてもらって、よろしいでしょうか」

佐藤「え? はい」

鈴木「すみません、じゃあちょっと、あちらの方で説明しますので。対局者に来ていただいて」

 対局者、関係者は対局室の外に移動しました。

 それから約8分後。佐藤九段が悄然とした面持ちで対局室に戻ってきます。そして盤の前に座り、手を目に当てて、がっくりとうなだれました。佐藤九段に下った裁定は、マスク不着用による反則負けでした。

「おつかれさまでした」

 観戦記を担当する関浩七段が声をかけると、佐藤九段は小さくうなずきました。そして席を立ち、対局室をあとにします。

 それから少しして永瀬王座が戻ってきます。そして退室。駒は片付けられることなく、最終盤の局面のまま、残されました。

規定は是か非か

 今回のアクシデントはA級順位戦という、大変注目される場で起こりました。永瀬王座は現タイトルホルダー。佐藤九段は元名人。両者ともに文字通り、現代のトップクラスの棋士です。その両者による対局の結末が非常に味のわるいものになってしまったのは、非常に残念であると言わざるをえません。

 マスク着用が義務であると現行の規定に定められている以上、佐藤九段がマスクをはずしたままだったのは、たとえ無意識だったにせよ、重大な落ち度であったのは間違いないでしょう。

 また永瀬王座の指摘も当然、正当なものでしょう。対局後に指摘しては、無効になってしまう可能性もあります。

 一方で、注意、警告もなく「一発レッドカード」で反則負けは、規定として、やや厳しすぎるようにも感じられます。ネット上では佐藤九段を擁護するファンの声も多く見られます。

 佐藤九段は今後規定により、理事会側に不服を申し立てる権利があります。いずれにせよ今回の件を機に、規定はこれでいいのか、運用はいかになされるべきかが、改めて問われることになりそうです。

 佐藤九段と永瀬王座の対戦成績は佐藤5勝、永瀬6勝となりました。

 両者の次回の対戦がわだかまりなく迎えられるよう、祈りたいと思います。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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