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裁判例に見る<労働時間>の記録の取り方

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
タイムカードは残業代請求事件の証拠の女王(ペイレスイメージズ/アフロ)

みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

こんなニュースがありました。

残業時間を自動記録!iOS向けアプリ「残業証拠レコーダー」リリース

残レコという残業時間を自動的に記録するアプリです。

他にも残業時間を記録するものとして、次のアプリもあるようです。

ブラック企業撲滅アプリ『ブラゼロ』 「声を上げる勇気を与えたい」と社長が語ってくれた

さて、両アプリとも記録を取るという点が特徴的ですが、これは残業代請求では、労働者が労働時間を立証する義務を負うというところから来るアイディアだと思われます。

実際、労働時間の記録を取っているかどうかが勝負の境目となります。

ですので、労働事件を労働者側で行う弁護士は、労働時間を記録するように奨めています。

私の所属するブラック企業被害対策弁護団でも、労働時間の記録を取ることを、できるだけたくさんの人に知ってもらいたいという思いから、動画を作り、啓発活動をしています。

・・・この動画の方向性に対する疑問は、そのうち受け付けますので、本記事では、裁判例に見る労働時間記録の取り方を少し説明します。

労働時間とは?

まず、労働時間とはなんでしょう?

それは最高裁判例で、「労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」(三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件・最高裁平成12年3月9日判決)と、示されています。

労働時間を管理するのは誰の義務?

この労働時間、これを把握する義務は誰にあるでしょうか?

これは、使用者にあります(労基法109条、平成13・4・6基発339号)。

では、なぜ、自分で記録を取る必要があるのでしょうか?

それは、上記の義務違反には罰則がないために、使用者は必ずしも正確に記録を取っているわけではなく、また、ひどい使用者は記録を全然取っていないことがあるからです。

そして、変な話ですが、使用者が労働時間の記録を取っていない場合、労働者が残業代が未払いだとして裁判で訴えても、労働時間を立証できないということで負けてしまう場合があるのです。

ですので、使用者に頼るのではなく自分で記録を取っておかないと後々不利になってしまうわけです。

というわけで、どんな記録を取ればいいか、以下見ていきましょう。

労働時間の記録の取り方

タイムカード

刑事事件においては「自白は証拠の女王」(Confessio est regina probationum) というフレーズは有名です。

これと同じく、残業代請求業界では、「タイムカードは残業代請求事件の証拠の女王」(Tempus card est regina probationum on overtime litigium)と呼ばれています。

このタイムカード、企業には3年間の保管義務があります。

裁判例でもタイムカードは一目置かれた証拠となっており、例えば、千里山生活協同組合事件(大阪地裁平成11年5月31日判決)では、

「タイムレコーダーは、その名義の本人が作動させた場合には、タイムカードに打刻された時刻にその職員が所在したといいうるのであり、通常、その記載が職員の出勤・退勤時刻を表示するものである。そこで、特段の事情がないかぎり、タイムカードの記載する時刻をもって出勤・退勤の時刻と推認することができる

と判示されています。

したがって、タイムカードがある職場では、タイムカードをスマホで写真に取るなどして、記録を取っておきましょう。

ただ、場合によっては、タイムカードの時刻を否定してくる使用者もいますので、以下の証拠もあれば取っておきましょう。

労働時間管理ソフト

これはタイムカードに準じるものなので、タイムカードとダブルである職場は少ないかもしれません。

もっとも、ソフトによっては時刻の打ち込みを自分でできる場合があり、そうした場合は「手書き」として扱われ、証拠価値が低いこともあります。

他方で、ソフトによっては、上司の「承認」を要するものもあり、これがある場合は、非常に堅い証拠となります。

いずれにしても、この記録を自分の手元に置いておくよう、記録を取っておきましょう。

入退館記録

セキュリティ会社が会社のビルの出入りを記録している場合があります。

これはかなり有益な資料になります。

先日起きた電通事件でも、労働時間の立証に一役買ったということです。

裁判例では、みずほトラストシステムズ(うつ病自殺)事件(東京高裁平成20年7月1日判決)や、立川労基署長(東京海上火災保険)事件(東京地裁平成15年10月22日判決)でも、入退館記録が労働時間の立証に用いられています。

この記録は、自分では取るのは難しいので、弁護士や裁判所などを介して入手することになります。

パソコンのログイン、ログアウト記録

先の動画でも紹介されているパソコンのログ記録も大事です。

客観性が高く、仕事をしているという推認も働きますので、取れる場合は取っておきましょう。

裁判例になっているものでも、PE&HR事件(東京地裁平成18年11月10日判決)やマツダ(うつ病自殺)事件(神戸地裁姫路支部平成23年2月28日判決)、国・中央労基署長(日本トランスシティ)事件(名古屋地裁21年5月28日判決)があります。

また、私自身もこのパソコンの記録で多くの残業代請求をしていますので、タイムカードに次ぐくらいの証拠価値といっていいかもしれません。

電子メールの送信時刻

電子メールの送信時刻も重要です。

仕事のメールを送った時刻は少なくともその時間まで働いていることが推認されます。

ただし、自宅からも送信できるような設定になっているときは、これだけでは弱いことがありますので、会社から送信したことが分かる記録も合わせて取っておく必要があります。

また、動画でも言及されている家族などへの「今から帰る」メールも証拠になり得ます。

長時間労働による労災などでは用いられることが比較的あります。

客観性の面ではやや低いので、他の資料と合わせるなどして補強しておくとよいでしょう。

給与明細書

会社によっては、給与明細書に残業時間が書いてある場合もあります。

エスエイロジテム(時間外割増賃金)事件(東京地裁平成12年11月24日判決)では、日々の労働時間の立証はないものの給与明細書に記載された月の総労働時間が労基法上の労働時間を超えていることから、時間外労働を推認し、月間法定労働時間を超える労働に対する割増賃金の請求を認めています。

給与明細書はとっておいて損はありませんので、できるだけ保管しておきましょう。

開店・閉店時間

飲食店など、店舗で働いている場合は、開店・閉店時刻も証拠になることがあります。

三栄珈琲事件(大阪地裁平成3年2月26日判決)では、喫茶店に1人で勤務していた場合の実労働時間は開・閉店時刻を基準とするものとして、認定しています。

他にも、トムの庭事件(東京地裁平成21年4月16日判決)では、営業開始時刻を労務提供開始時刻とし、終業時刻をレジ締め時刻から15分後として認定しています。

トップ(カレーハウスココ壱番屋店長)事件(大阪地裁平成19年10月25日)では、終業時刻を閉店時刻後としています。

開店・閉店時刻なので誰でも分かるのだからそんなの記録しておかなくても・・・と思うかも知れませんが、これらの時刻が変わってしまうと、特定の期間の開店・閉店時刻の立証が意外と難しいところもありますので、記録に取っておいた方が、後で困ることはありません。

日報、週報

時刻を記載する日報や週報も、証拠になることがあります。

郡山交通事件(最高裁平成2年6月5日、大阪高裁昭和63年9月20日判決)では、「運転日報」を資料として、タクシー運転手の実働時間を算定しています。

また、ピーエムコンサルタント事件(大阪地裁平成17年10月6日判決)では、上司が確認している「整理簿」に記載された時刻から認定しています。

時間が書いてある記録は、意識的に保管しておくとよいでしょう。

労働者自身のメモ

最後にメモです。

メモは客観性が劣る資料になりますが、東久商事事件(大阪地裁平10年12月25日判決)では、

「原告が退職後に作成した〔書証=メモ〕のみであって、正確な時間を認定するに足りる客観的な証拠は存在しない。」

としつつも、

「そもそも、正確な労働時間数が不明であるのは、出退勤を管理していなかった被告会社の責任であるともいえるのであるから、正確な残業時間が不明であるからといって原告の時間外割増賃金の請求を棄却するのは相当でない。」

として、メモを元に労働時間を算定しています。

また、メモだけだと客観性が弱いのですが、他の証拠と合わせ技で認定される場合もあります。

HSBCサービシーズ・ジャパン・リミテッド(賃金等請求)事件(東京地裁平成23年12月27日判決)では、労働者の手帳の記載は、Suica利用明細及びオフィスの入退室記録により信用性が補強されるとして、その限度で手帳記載のとおりの労働時間が認定されています。

合わせ技一本です。

これもメモをしていたからこそ、取れたわけです。

最初に紹介したアプリなども、合わせ技の一つとして使えるかもしれません。

労働時間の証拠まとめ

取るべき記録で、裁判での強さを比較すると、以下の通りです。

労働時間管理に使っている資料

客観的に事業所にいたという資料

業務での労働者作成資料

業務でない労働者作成資料

できるだけ強いのを記録しましょう。

また、弱いものでも、「ない」よりは全然いいので、取っておくことをおすすめします。(了)

♪K・I・R・O・K・U・S・H・I・R・O(記録しろっっ・・・!)<歌詞>

画像

♪出勤退勤手帳にメモれ

♪労働時間の証拠になるぞ

♪記録しろ 記録しろ

♪出退勤時に誰かにメール

♪労働時間の証拠になるぞ

♪記録しろ 記録しろ

♪パソコンログオン、ログオフとっとけ

♪労働時間の証拠になるぞ

♪記録しろ 記録しろ

♪GPS付スマホのアプリ

♪労働時間の証拠になるぞ

♪記録しろ 記録しろ

♪会社に頼るな己に頼れ

♪労働時間は自分で記録

♪働く我らの新常識

♪記録しろ!

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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