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神宮でも「清宮劇場」。ところで、サヨナラの殊勲者はだれ?

楊順行スポーツライター
写真は2015年夏の甲子園から(写真:岡沢克郎/アフロ)

清宮、清宮、清宮。史上初のナイター決勝となった春季高校野球東京都大会は延長12回、4時間を越える熱戦のすえ、早稲田実が日大三にサヨナラ勝ちした。早実は、荒木大輔(元ヤクルトなど)を擁した1982年以来、35年ぶり9回目の優勝だが、注目の球児・清宮幸太郎が2打席連続ホームランを放ったこともあり、スポーツ紙や朝のワイドショーはその話題でもちきりだった。

なにしろ、異例ずくめ。決勝戦は当初、23日に神宮第二球場のデーゲームで行われる予定だったが、4強に実力校がそろった時点で、都高野連はこの日の神宮球場でのナイターに変更。神宮第二は収容人数も少なく、安全面などで懸念があったためだ。そして実際、早実と日大三という黄金カードになると、前日26日の午後からチケット売り場に列ができはじめる。この日には400メートルまで伸びたため、午後5時に予定されていた開門は1時間20分前倒しされた。試合開始前にも、勤め帰りの会社員などが詰めかけ、5時40分には外野席も開放……。

そんななかでもきっちり存在をアピールするのだから、やはり清宮は"持っている"のだなぁ。1点リードの8回、右翼上段に2ラン。逆転された9回裏には、センターへ劇的な同点3ラン。2万という、プロ野球なみの観客の前で高校通算83、84号を連発したのだ。9回、値千金のアーチには「やったことはなかったですけど、思わず出ちゃいました」とガッツポーズである。

センバツでも千両役者だった

センバツから、千両役者だった。明徳義塾との1回戦。1点を追う9回2死一塁、早実の二番・横山優斗の打球は、投手・北本佑斗へのゴロとなり、ダグアウトの明徳・馬淵史郎監督が「終わった、思うてベンチから一歩出ようとした」。ところがボールは、「次が清宮(幸太郎)という意識もあって、焦った」北本のグラブをはじく。清宮に、回るはずのない5打席目が回ったわけだ。

初球、ボール。2球目、ボール。3球目、ファウル。ネクストバッターズサークルで待つ四番・野村大樹は、「ああ、これで四球になりそうだ、と。あのスイングを見たら、捕手は絶対に甘いコースに投げさせないことを考えますから」。実際、清宮が四球で歩いた2死満塁から野村も四球を選び、早実は土壇場の押し出しで追いつくと、延長10回、野田優人のタイムリーで、難敵・明徳を寄り切っている。

東海大福岡との2回戦は8対11で敗れたが、魅せたのは6回の第3打席だ。ファウル5本でタイミングが合ってきた8球目を強振すると、高〜いフライが右中間へ。ライトの前原生弥がゆうゆう追いついた……ように見えた。だがボールは前原の頭上を越え、カバーに入った中堅手の前にぽとり。前原が振り返る。「落下点に入ったつもりが、そこからさらに2、3メートル伸びました。あんな打球、見たことがありません。でも、日本で一番の打者と対戦し、間近で打球を見られてうれしかった」。

もっとも、その間に三塁に駆け込んだ(記録は三塁打)当の清宮によれば、

「あれは打ち取られたセンターフライ。ただうちの練習でも、打ち上げた打球を野手が捕れないことがあるので、何かあるかも……と全力で走っていました」

そういう「清宮劇場」は、神宮でも再現されたわけだ。準々決勝から3試合連続となるホームラン。ただ18対17というラグビースコアには、

「いや〜、疲れました。点を取っても、取られて。思わず笑っちゃうような……。でも、いくら取られても取り返す自信はありました」

それにしても……苦言を呈すれば、ワイドショーまで大はしゃぎするのは、ちょっとやりすぎじゃないの? たかが春季大会、甲子園につながるわけでもなんでもないのだ。ワタクシゴトながら、野球にさほど詳しくない家内などは「単なる"はやり"でしょ?」。なんでも、詰めかけた報道陣は150人とか。ふだんは春の東京都大会などに見向きもしないメディアも殺到したためだろうが、それを聞いた知人のカメラマンは、球場に行く気が失せたらしい。

「とにかく軸がぶれないし、清宮より怖い」と明徳・馬淵監督が警戒していた四番・野村大樹も、この試合で2ホーマーを放ったのだが、そのことにふれたのはスポーツ紙でも申し訳程度だし、野田がサヨナラ打を放ったことなど、ワイドショーの視聴者は知るべくもないだろう。先述のようにこの野田、明徳とのセンバツ1回戦でも、延長10回にサヨナラ打を決めた殊勲者なんだけどね。

ただいずれにしても早稲田実と日大三、夏本番のライバル対決がますます楽しみになったのは確かですけど。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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